第十二話 超国家旅団レエティエム(Ⅱ)~動き出す元首達
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(ナユタ……。
やっぱりあなた、すごいわ。私の技に着想を得て、こんなアイデアを思いつくだなんて。
この魔工と、サタナエル秘伝の技術をもって建造した船があれば、大海原も乗り切れるわね)
(お褒めに預かり感謝するよ、レエテ。あんたのおかげさ。見てのとおりまだまだ問題山積みだが、大陸の元首皆が心を一つにしてくれてる以上、1年もありゃ船は完成する。そうすりゃあんたも、あたしら一行と一緒に、また旅に出られるってことだよ)
(……気を遣ってくれてありがとう、ナユタ。けど、いいのよ。私はもう今年30歳になる。1年だって猶予があるとは思えない。そしてまだ試作段階の魔工船は、どう低く見積もっても完成に5年はかかる。……この船に乗って旅立つのは、私が遺志を託すあなた達。そして次の世代の若者たちなのよ)
(バカ云ってんじゃないよ。そんなに掛かってたまるか。あたしはあんたと一緒に行きたいんだ。そして――絶対に、あんたを生かす手段を見つけて見せる。あんたは10年だって20年だって――50年だって、まだまだ一緒に生きるんだ。生きていてほしいんだ!!)
(……わかった。ありがとう。期待しているわ……ナユタ)
「……ユタ!! ナユタ!! どうしたの、ナユタ!!!」
「――え――?
あ、あああ。な、何ですか、師兄――」
ナユタは、物思いに耽りすぎて、現実とのコネクションをしばし遮断してしまっていたようだ。
首都レエティエムの伯爵居城の上、険の中腹にある会議場。かつて組織サタナエルの“七長老”が非道なる魔の会議を行った円卓に、彼女は大陸元首のひとりとして座していた。
彼女の他にも大陸の各元首や重要人物20名ほどが円卓を囲む。
そのような公の場で、今現在彼女にとって唯一の「目上の人間」といえる人物の呼びかけで、ようやく現実に戻ったのだった。
「何ですか、じゃないわよ。魔工船の考案者である貴女が黙りこくって、ここからの議題が進むわけがないでしょう。急にボーッとして、体調でも悪いの?」
目上の人物、皇国皇帝ヘンリ=ドルマン・ノスティラスⅠ世は心配そうな表情で、かつての「妹弟子」を見やる。
ドミナトス=レガーリアのソルレオンが国王を退いた現在、大陸の元首で最長の在位を誇る、大国ノスティラスの皇帝。元大導師最強の弟子としてナユタの恩師にもあたる彼は、カリスマながら女性の心を持つ男性である。豪華絢爛な紫のドレスの装いと化粧、女より美しいと云われた貌立ちは健在ながら、51歳の中高年となった今はさすがに衰えが隠せない。やや脂肪の乗った顎周りと腹周りにそれが顕著なのだが、彼が気にしているのを知っているナユタは何も云わない。円卓の上に置かれている左手と腕、左脚は過去の“魔人”戦での名誉の負傷により、変わらず金属の魔導義肢のままであった。
「着工より7年の歳月をかけ、我が大陸の総力を結集した“魔工船”は完成した。まずは考案者ナユタ陛下より改めて概要説明、目的背景の確認、次いでいよいよ『人選』と出立日に関して最終調整を行いたい。これが此度の会議の目的である。
――そういう訳で、ナユタ、まず貴女からお願いしたいわ」
大陸盟主ヘンリ=ドルマンの宣言を聞き、ナユタは先程まで回想していた相手に対し、再度心で呼びかけた。
(レエテ――。本当にごめんね。結局7年も、かかっちまった。
けど時間をかけた分、成功に絶対の自信を持つまでの物ができ上がったんだ。天から見ててくれ。あんたの遺志が実現する、そのさまをね――。)
「“魔工船”は――今は亡きレエテ元伯爵の最大の技、“音弾”に着想を得た発明である。そしてそこから派生し、シエイエス現伯爵の魔導生物クピードーの透明化の技も取り入れ、組織サタナエルが隠し持った技術すら取り込んだ――。
『周囲に音を発さず、姿を見せぬ』大陸史上初の遠洋航海軍用艦である」
ナユタは高らかに云い、さらに続ける。
「そもそも世界オファニムの死洋の深海部は、世界最大の生物の棲家である。
サーペント、クラーケン、そしてリヴァイアサン。これら体長数百mから数kmにおよぶ神代の怪物の存在によって――。歴史上における別大陸への渡航はことごとく失敗し、わずか数名がイスケルパ大陸への渡航を成し遂げた奇跡が記録されるのみ。
“魔工船”はこれらの怪物の耳と目を欺き、存在を無きものとすることが可能である。艦内に建造したエーテル体タンクに魔力を貯蔵。これをエネルギー源とし、艦の周囲に張り巡らせた魔工で発生音を相殺する音波を生成。さらに周囲に“障壁”を張り可視光を透過する機構を持つものである。構造自体も木材の他にオリハルコン、鋼鉄、はてはイクスヴァをも用い万全。
これをもって我々は――今だ渡航した者の報告されていない未知の大陸。
レムゴール大陸を目指すものである!」
滔々と語られるナユタの説明および宣言。歴史上渡航不可能とされてきた、決定的な目的地が告げられるや否や居並ぶ諸侯から息を呑む音や吐く音、唸り声などが発され、かすかなざわつきを見せた。
「次いで――。此度レムゴール大陸を目指さなれけばならぬ『目的』、これについてまず本計画の長たるシエイエス伯からご説明を頂きたい」
ヘンリ=ドルマンの促しで、彼を挟んでナユタの反対側に座るシエイエスが口を開く。
「本計画の目的は――。我が亡き伴侶、レエテ・サタナエルの存在を抜きに語れない。
彼女がその一員であるサタナエル一族は、驚異の身体能力と不死身の再生能力と引き換えに、30年に満たぬ短き寿命を運命付けられた者たち。レエテも過去の者らの例にもれず、7年前に天に召されていった。
残される我々もさることながら、レエテ自身もまた一族の未来を憂えていた。自身の事を省みぬほどに。――どうにか、この宿命を打破する方法はないのか? 未来永劫、人と異なる呪われた一族として、禍の火種と見られつつ、平和な人生を享受することはかなわないままなのか?
その宿命を打破する唯一の希望こそが、かのレムゴール大陸に関連するという“ヴァレルズ・ドゥーム”なる存在なのだ」
シエイエスは万感の思いを吐き出すように、一度深呼吸をしてから言葉を続けた。
「“ヴァレルズ・ドゥーム”は、サタナエル一族の始祖クリシュナル・サタナエルが200年前、記憶喪失で発見された際に――。『己の名前』『能力』『レムゴール大陸出身であること』以外で覚えていた唯一のキーワード。
それが人名なのか地名なのか、事象なのか何であるかすら分からない。だが文献によればクリシュナルは、それがレムゴール大陸のもので、己の能力と深く関係することだけは覚えていると語っていたというのだ。
それを知ったレエテはレムゴール大陸への渡航を渇望した。どうにか“ヴァレルズ・ドゥーム”の謎を手掛かりに、一族が人間になる方法を見つけ出したい。皆が寿命を克服し、幸せに生きられる方法を見つけ出したい。
ナユタ陛下が魔工船を生み出したのも、今回の計画を私が立案したのも、全てはレエテの血を吐くような思いに端を発したものであることをご理解いただきたい。そして諸侯には――ありがたくもレエテに思いを寄せて頂いていることに感謝を述べるとともに、ご協力を賜ることを切に希望したい」
円卓上で深く頭を下げるシエイエスに対し、各元首は腰を浮かせてなだめる発言を行った。
まず声をかけたのは、エストガレス王国女王、オファニミス・エストガレスⅠ世だった。
「シエイエス伯、どうかお貌をお上げになって。わたくしはレエテ殿の信奉者としてむしろ、本計画への参画を断られても熱望したい立場。加えて我が王配ジャーヴァルスは、レエテ殿と実の従姉弟どうしの関係です。何らご遠慮をなさるには及ばぬと、切に申し上げたいところですわ」
女王オファニミスは現在33歳。落ち着いた淑女の雰囲気と年輪を備えた大人の女性となったが、小さい身長も体つきも可愛らしい貌造り自体も、17歳であった大戦時から大きく変化していない。青みのかかった荘厳なドレスに、ブロンド色の髪を4つのロール状に下げたスタイルも健在だ。現在はジャーヴァルスを婿に迎えて出産も経験、妻であり母である立場となっていた。
同時に腰を浮かせていたのは、ドミナトス=レガーリア連邦王国国王、キメリエス・インレスピータⅠ世だった。
「オファニミス陛下の仰せられるとおり。私に取りますればレエテ殿は亡き弟、ホルストース・インレスピータが命を懸けてお護り申し上げた英雄。どうしてご協力せぬ理由がありましょうか? またそのご意思を無碍にするようなことがあれば、引退せし老父ソルレオンに愚か者と私が殺されかねませぬゆえに」
冗談を交えてシエイエスに手を差し伸べたキメリエス。シエイエスの朋友ホルストースの面差しを見せる彼ももう45歳。父である建国王ソルレオンは71歳になり、数年前に渋々衰えを認めて王位を譲っていたのだ。
大陸各国の団結を目の当たりにし、満足の笑みを浮かべるヘンリ=ドルマン。
彼は次いで、永世中立国リーランドの女議長にして大魔導士であるレジーナ・ミルムに声をかけた。
「それではレジーナ議長より、もう一つの目的に関してお話を頂こう」
レジーナは現在45歳。議長在位は20年以上に及び、ヘンリ=ドルマンの皇帝在位期間に次ぐ。結ばれた長い黒髪にはわずかに白いものが混じり、大戦時に比べ落ち着きが見られないこともないが、知力が間違った方向に行った奇抜な内面はあまり変化がないようだった。膝の上には豊富な金の毛束を誇る魔導猫キャダハムが、以前と変わることなく身体を丸めていた。
「承知。本計画には当初になかったある目的が追加されることとなった。
それは、『異常増大した気脈の謎を探る』事。云うなれば――壮大なる探索任務も同時進行にて行われるということである」
話しているうち興奮を抑えきれなくなってきたレジーナは、声量を上げて続けた。
「この3年ほどで、大陸の地下を流れる気脈のエネルギー量は、推定2倍にまで増加した。これに追随するように、気脈の乱れも異常頻発するようになり、度重なる探索任務で大陸全体が疲弊を余儀なくされる状況! 由々しき事態だ!
気脈は、ハルメニア大陸だけに通ずる現象ではない。世界オファニム全体を覆うものだ。大導師ナユタ陛下の依頼を受けわたくしが解析した結果によれば、直近の気脈の乱れはある一定の流れにそって起きていることが明らかになった!
すなわち――北東から南西に向かっての流れに沿って全て起きていたものであったのだ!
レムゴール大陸から、このハルメニア大陸に向かって、気脈が異常増大! 史上に例がない奇怪事象! 何と、なんと興味深いことか――! コホン、いや、失礼!
要は本計画においては封印を行う魔導士、封印者としての経験を積んだ戦闘者が必要不可欠ともなるということだ。
――先だっての最大の探索任務、コルヌー大森林の封印をなしとげた封印者のような者たち、がね」
そう云ってレジーナは、円卓の末席に陣取る、ある数名に目を向けていた。
まさにコルヌー大森林探索任務の封印者たちを。
アトモフィス自治領元帥シェリーディア、ボルドウィン大導師府導師ラウニィー。
この両名はまだしも、元首に次ぐ地位の重要人物として列席していても不思議はない。
しかし――。彼女らの奥で、座っていたのだ。
この場にそぐわない、若き少年少女たちが。
好奇心に目をくるくるさせるエイツェル、冷静な中に野心を漂わせる眼差しのエルスリード。
怒りに似た不機嫌な様相を崩さないレミオン、そして頂点の大物が集う会議に緊張で石のようになっているアシュヴィン。
4人は故郷に到着するなり突然、国主シエイエスにこの会議への列席を命ぜられていたのだ。
あまりに意外な命令に動揺し、会議においても4者4様のさまを見せる彼らだが――。
共通していることがあった。
それは、この会議で発される一語一句、内容を聞き漏らさんと集中していること。
そして語られる計画が縁遠い政治の話などではなく――。極めて自分たちに深いかかわりを持つことを理解するにつれて、熱い思いが高まっていく心の様相であった――。