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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第六章 魔領アケロン
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第九話 指揮官の資質

 *


 ハルマーへの襲撃と同刻、遠く北東。アケロン州砂漠地帯。


 北上途中で、運命的不運によってアケロンの“騎士”三名と遭遇。

 その中で最強を謳われる戦士、アンヴァー・マクライアンの蹂躙によって壊滅的打撃をうけたレエティエム本隊は、敵の追撃を逃れるべく逃走を続け――。

 負傷した兵士の落伍、リザードグライドの限界を機に、足を止め、野営を決めていた。


 魔力の探知、および状況からして幸い、もう敵の追撃は無いものと判断して良いものと思われた。


 しかしそれは――甚大な犠牲を払うことで成し遂げられた成果だと、誰もが知っていた。


 アキナス、レイザスター、イシュタム、ミネルバトン、フォリナー、レミオン、エルスリードは。

 ここに居ない、一人の老練なる英雄の犠牲によって成り立った脱出だと。


 ぐったりと倒れるように砂漠に座り込む一同。一様に苦痛に満ちたその表情は、逃走により上がった息と疲労によるものなどではなかったのだ。


「うっ……!」


 その時――うつむいていたエルスリードが、明らかに過剰な貌のゆがめ方で額を掴み、皆から貌をそむけた。

 失った下半身を再生中で、そこに布をかけた状態で彼女に介抱されながらのレミオンは――。その異常を察知し、即座にエルスリードに声をかける。

 


「おい……大丈夫かよ」


 エルスリードは貌をしかめながらも額から手を放し、小声ながらしっかりとレミオンに応えた。


「……ちょっとめまいが……。

今、ここでは……ありえない……魔力を強く感じて……。

あの……あの子の……魔力を……」


「皆……すまない。

全部、アタイの……責任だ」


 戸惑いながら継ごうとしたエルスリードの言葉はしかし、アキナスの悲痛な声にかき消されてしまった。


 皆の視線が地にうずくまるアキナスに集中する。


「アタイは……ダルダネスでは自分を犠牲にアシュヴィンを逃がしてやれた。例えおんなじ状況がきても大丈夫だと思ってた……でも……。甘かった。

次元のちがう相手に……。今度はアタイ一人じゃなく、何人かの犠牲も覚悟しなきゃ逃がせねえって分かったのに……。それにビビッて、まともな指揮ができなくて……。

それでガレンス師……あの人が、アタイを護って、自分から死にに行くような……状況に……追い込んで……ううっ!!!!」


 ついに抑えつつも泣き崩れたアキナス。レイザスター、弟弟子にあたるフォーグウェン兄弟が声をかけようとするが、彼女はそれを、手で制した。


「お師匠には申し訳がたたねえけど……アタイはやっぱり、あの人のようにはなれない……。

アタイは指揮官を、降りる」


「アキナスさん!!」


 口を開きかけたレイザスターより前に、明瞭で鋭い言葉を発したのは――。

 エルスリード、だった。


「私は、そうは思わない!!

アキナスさんは師範代として、あれだけの探索任務(クエスト)を率い成功させてきた!

お母様だって、いつも云ってた。

『アキナスは、凄い子だよ。ガキの時は弱っちい泣き虫だったけど、将来の最強魔導士も見込めるほどになったし、姐御肌であれだけの人望も行動力もある。あたしの弟子の中でも一番の誇りだよ』って。

弱気にならないで! 私たちを率いることができるのはアキナスさんだけです!!」


 思わぬタイミングで、厳しい師の自分への評価と愛情の言葉を聞かされ、一瞬驚きの表情と感極まる様子を見せるアキナス。

 涙をぬぐいフッ、と微かな笑いをもらして、彼女は言葉を返した。


「ありがとうよ、エルスリード。オメーも、変わったよな。そんな熱いこと、まっすぐにいうヤツじゃなかったのに。

お師匠のお気持ちも、オメーの気持ちも、すげえ嬉しいよ……」


「アキナスさん……」


「けどな、アタイの気持ちは変わらねえ。

新たな指揮官を、ここで任命する。

それはな――オメーだ。

エルスリード・インレスピータ・フェレ―イン」



 一瞬――。


 時が止まったような空気感とともに、一同の表情が凍り付き、その目は一斉に赤毛の少女の元に向いた。

 そして当の本人はそれらに増して、目を見開いた彫像のような姿で固まり、完全に言葉を失っていたのだった。


 アキナスが言葉を継ぐ。


「決して、話の流れの当てつけでも、冗談でもないぜ。

指揮官には、職位の存在しねえレエティエムにおいて制限なく自分の後継を決める権限がある。

――オメーはナユタ様譲りの頭の良さは勿論、この中で最も冷静で的確な判断力の持ち主だ。

理由はそれだけだ。王女だとか、連邦王国の血筋だとかってのは、一切関係ねえ」


 ここでようやく脳が追いついたエルスリードは、首を横に振り唇を震わせながら反論した。


「ちょ……。ちょっと……ちょっと待って……ください。何で……私……?

そんな……無理です、絶対……。私には……無理です。し、指揮官? ……だなんて……!

私は実戦経験の浅い……16の……子供です。とても、とてもそんな……!

じょ、序列でいったら、アキナスさんの次はレイザスターさんで……当然そうなるべきで……」


 座っていたが後ずさるような仕草を見せるエルスリードに対し、直ぐ横から飄々とした男性の声が流れてきた。


「その通りだが、オレもアキナスと同意見だぜ、エルスリード」


 目線を合わせてかがんでいた、レイザスターだった。言葉は飄々としているが、その両眼は真剣そのものだった。


「お前はさっきの戦いの中で、オレたち全員の中で一番冷静に周囲を見極め、動揺することなく自分のできる範囲のことに最大限の対処ができてたんだろ。

そりゃお前は年はそうだし自分自身の実力は、云う通りまだ未熟かもしれないが、関係ない。指揮官に必要なものはそれじゃない。

対局を見、仲間の実力を見極め、敵を見極め、組織として最大限の力を引き出す。

それができるのは、オレじゃなく、お前だと思う」


「レイザスターさん!」


「こいつは……回るべくして回ってきた、てもんとして、受けるべきだと思うぜ、エルスリード」


 はっとエルスリードが下を見下ろすと、レミオンがゆっくりと起き上がっていた。

 下半身の再生が完了したのだ。当てられていた大きな布を腰に巻き付けながら半身で起き上がったレミオンは、エルスリードに手を貸し、立ち上がらせた。


「俺としちゃあ願ってもねえ話だ。祝福するし全力でお前をサポートする。

今の俺たちの最大の目的は、エイツェル姉ちゃんとラウニィー様を救い出すこと。

それからいっても、二人と関係の深いお前が指揮官ってのは至極真っ当な話だし――。

お前らだって、当然異論はねえよな、イシュタムと、魔導士の双子よお?」


 レミオンの視線と言葉を受けたイシュタム、ミネルバトン、フォリナーはそれぞれ反応度合はまちまちながらも、一様に頷く所作と、賛同の言葉を返した。


「気に入りは、しないが……。妥当だし、認める」


「僕が反対するわけないじゃん~~! エルスリードちゃんが指揮官、大歓迎さあ!」


「全てアキナス様の仰る通りだと思います。僕はエルスリードに、従います」


 皆の言葉を、ずっと下を向いて聞いていたエルスリード。

 未だその貌色は青いままではあったが――。


 やがて、覚悟を決めたかのように唇を噛み、力のこもった眼光で前を見据え、口を開いた。


 その表情には――過去に父と母が迷いながらも見せた偉大な英雄の王器、その片鱗が確かにあった。


「わかり、ました――。

このエルスリード、レエティエム指揮官の責、謹んでお受けいたします――。

ハルメニアのため、サタナエル一族のため、身を尽くす所存です」


 そして一歩前に出、決然と――指揮官として最初の命令を、下したのだった。


「レエティエム総員に、命ずる!

現時点より、日の出まで野営を継続!

敵に気取られぬよう糧食での補給、砂漠の夜の寒気にやられぬよう、炎熱魔導ふくめ充分な暖を。

怪我人は早々に手当を施し、必要ならリザードグライドの翼の中で温めさせよ。

それに先んじ、まずは――。

我らの危機を救った英雄、ガレンス・マイリージアス師への最大限の感謝を表し、黙祷と祈りを捧げる。

祈りは各人の作法に任せるが――できうるものならば師に敬意を表し、シュメール・マーナの儀礼に則る作法にて――」


 そして連邦王国王家の血を引く自らが率先し、祖父ソルレオンから伝えられたシュメール・マーナの祈りの作法、両手を貌の前で抱え込むようにする所作を行うと――。


 皆がそれに続き、逃れてきた東方に迎い、厳かに祈りを捧げたのだった――。

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