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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第六章 魔領アケロン
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第八話 対峙する魔獣

 自分に対峙するヴィーヴルの姿を認識した“セラフィム”は――。

 初めて、「表情」を変化させた。


 目をやや大きく開き、はっきりと笑み、のような貌を形作ったのだ。


 そして、美しい見た目にそぐわない、掠れた低音で声を発した。


「マ――リョグ――ニヨリ――セイブツ――ヲゾウゾウ――トハ。

オモジロ――イ。ヤルデワ、ナイガアアxxxx!!」


 最後はほぼ聞き取れない奇声、叫びとなり――同時に巨大な触手を鞭のようにしならせ、ヴィーヴルに向けてまっすぐに叩きつけてきた。

 数十mにもなる触手の攻撃には、それ自体の質量に加えはっきりと重力魔導の付加が見て取れ、大規模破壊のエネルギーを有していた。この場に居る実力者の誰も、この攻撃を受け切る自信はないほどの強撃だった。


 それを自身に向けられたヴィーヴルは、これまでの明確な意識があるのかも定かでない様子から――。

 一転、歯と牙を食いしばり、貌を上げて真紅の眼を大きく見開いた!


 そして敵と対称的に声を発さず、静かで鋭い音を爆発的に響かせると――。

 巨大触手は瞬時に十等分以上に裂かれ、己が作り出した慣性とともにヴィーヴルを避けて後方へ吹き飛んでいった。


「グウオオ!!」


 悲鳴とともにセラフィムを二度慄かせる、風魔導をまとった黒い翼の斬撃。数往復したにも関わらず一度しか音を発さない高速攻撃を見せたそれは間髪を入れず、己を攻撃する前の先手とばかりに即座に付近の触手に刃を向けた。


「――――!!!」


 口を開け叫びにならない気勢を発すると、ヴィーヴルは目視も困難な高速で周囲の触手を薙ぎ払いにかかる。


 触手の一本はメリュジーヌと、彼女の手当に渋々ながらかかっていたオリガーの頭上に迫っていた。

 そこにヴィーヴルの翼手が迫ると――。


「危ねえ!!!」


 ムウルが叫び飛び掛かり、素早くメリュジーヌの身体を抱えつつオリガーの身体を突き飛ばした。


 一寸後、二人のいた建物の壁と大地は、深さ2m以上にわたって破壊しつつえぐられていた!


「なっ――!!!

こ――こ奴、この魔導生物、は我らの味方ではないのか!? たった今我らもろとも斬り刻もうと――」


 自分たちの安全を塵ほどもかえりみないヴィーヴルに対し、オリガーが放った驚愕の言葉にムウルは苦々しい表情で応えた。


「そんなご立派に分別のあるやつならよ、あんな厳重に船底に封じられて秘密にされてる訳ねえだろ。ありゃあんたらハーミア教徒から隠すためじゃねえんだ。

今のあいつはな、壊す事と殺す事しか頭にねえ凶暴なケダモノなんだ。辛うじて、自分の生み出したガーネットを持つ人間にだけは従う。それ以外は獲物にしか映っちゃいねえ。

昔はああじゃなかったんだが――あいつの生まれ持った変異が、変えた。ナユタ様もエルスリードから引き離し封じるしかなかった。

だが、強さに関しちゃご覧の通りだ。ご自身の力に代わる一つ、切り札としてナユタ様はボルドウィン船に積込んでたって訳さ」


「ぐ……度し難い愚行だな、女王ナユタ……。摂理に背く生物もどきを創り出すでは飽き足らず、人の子に危害を加えるに至ったものをこの苦難行に加える危険を犯すとは……」


「今の緊急時だ……それぐらいにしとかねえと本気でぶん殴って顎外すぜ。

その度し難い愚行のおかげで、あんたはすでに二度も命を救われてんじゃねえか。

ヴィーヴル(あいつ)なら、あの化け物をやれる。あんたはメリュジーヌの治療に専念してろ。

俺は俺のやるべきことをやる」


「……」


 貌をしかめるオリガーを睨み据えると、ムウルは駆け出していった。セラフィムと――ヴィーヴル、の攻撃から味方を護るためだ。


 一方、巻き添えの危険を負いながら、ジャーヴァルスは当初立っていた位置からほぼ動かず、真正面から戦いを見守っていた。

 戦況によってはヴィーヴルへの命令を適宜下さねばならないからだ。

 それには、ガーネットに込める膨大な魔力の消費を余儀なくされる。

 さらに理性がほぼ失われ、闘争本能の権化となった彼女の現在の性質上、命令の内容によってはそれを拒絶する逆干渉が働き、主の肉体へは絶大な負荷がかかる。よって複数の命令を同時に遂行させることと、戦闘の中止を命じることは極めて難しい。それが、ジャーヴァルス以外の味方への攻撃を禁じられない理由となっている。万一負荷によって彼の意識が失われる状況になれば、ヴィーヴルは完全に制御不能となる。収束までを見据えれば、余裕は全くないなのだ。


 厳しい視線を崩さないジャーヴァルスだったが――。

 戦いの趨勢は、ほぼ決まっていた。


 ヴィーヴルが圧倒する機動力と、極限に研ぎ澄まされた斬撃。これらの特性は巨躯と打撃を押し出すスタイルのセラフィムにとっては天敵といえるものだった。魔力量で拮抗する今、ヴィーヴルは優位を保ちながら多数の触手を斬り刻みことごとく無効化させ――。セラフィムの頭脳と思われる少女の身体をその照準にとらえていた。


「――!!」


 少女の目が大きく見開かれる。

 もはや触手を3本しか残さぬ状態で、自身へ20mの距離までヴィーヴルに接近を許した状態。

 決定的な距離で、ヴィーヴルはいっさいの躊躇なく「止め」の一撃を放った。


 右翼を斜めに倒し、そのままの角度で左翼を一気に振り下ろす。

 会心の攻撃の入りと、完全に乗った渾身の風魔導。

 それらは容赦なく、敵の物理、魔導両面の防壁を突き抜け切り裂いた。

 少女、の左肩口から斜め一閃に――。

 その向こうの花型頭部、長い首、巨大な胴体もろとも、完全に両断した!


「グ、グぐ……!!」


 巨躯から透明の体液を多量噴出させ、少女は、こちらも同様の体液を目や口から噴出させ、呻きながら嗤った。

 そして体を崩し、地に崩れ落ちつつ、先ほどよりも明らかにはっきりとしたレムゴール訛りの人語で、言葉を発したのだった。


「何ト――。すバラしい……。

創られし、竜人……。その力……必ず、我がモノニ……!」


 そして少女の身体はみるみるうちに老女のように朽ち果てていき、セラフィムの巨躯全体も急速に皺がれ萎み――。

 大量の液を染み出させながら、大地に散らばっていったのだった。


「お――おおおおおお!!!! ジャーヴァルス様!!! 万歳(エルール)!!

万歳(エルール)・ハルメニア大陸!!!!」


 大敵の滅びに、生存した兵員たちがエストガレスに倣った鬨の声を上げる。


 しかし事態を収めることに成功したはずのジャーヴァルスの貌は、極めて厳しく息も荒かった。


「ヴィーヴル!!!

我が元に、戻れ……!!」


 ガーネットを掲げて命令を下すジャーヴァルスの表情は、さらに険しくなった。


 獰猛に牙を剥きだすヴィーヴルは、殺気すらはらんだ視線で仮の主を睨みつつ、命令に従いその元に飛翔して来る。


 10mほどの距離でその様子を見守るオリガーには、黒い翼をはためかせ、高みから主人を食い殺さんばかりに見下ろすヴィーヴルの姿は、神の宿敵である悪魔にしか見えていなかった。


 大きく息を吐き出したジャーヴァルスは、次に歯を食いしばりながら最後の命令を下した。


「ヴィーヴル!!!

今すぐに己の意識を閉じ、再び眠りに付け!!!!」


「キイイアアアア!!!」


 命令を拒絶するヴィーヴルの極高音の叫びと――。


 全身が脈打つように飛び上がり、次に胸を押さえてうずくまるジャーヴァルスの動きは、ほぼ同時だった。


「ぐうううう――ああああああ!!!」


「アアアア!!! アアアアアア――!!!!」


 その他者からは異様に見える両者の戦い、は――。

 当事者には極めて長く感じたかもしれないが、見守るオリガーにはほんの2、3秒程の時間であった。


 命令に抗うヴィーヴルの逆干渉によって破裂しそうな心臓を押さえて耐えながら――。

 ジャーヴァルスは勝利した。

 

 ヴィーヴルは真紅の両眼を閉じ、一気に気の抜けた表情となり全身が脱力。

 そのまま地に落ち、身体も翼も横たえて動かなくなった。


「ハア、ハア、ハアア……グ、ウウウ……」


 滝のような汗をかき、息が全く整わないジャーヴァルスはそのまま前のめりに倒れたが――。


 その身体を逞しい男の腕が受け止めた。


「ほんと、ご苦労だったぜ、ジャーヴァルス。

お前のおかげで皆の命が助かって礼を云うが……。さっきは軽々しく無責任なこと云っちまって本当にすまなかったな。

こいつを操るのは、最後の手段とは一応聞いてたが、あれじゃあ……。

いくらラウニィー様が見込んだ魔力と素質をもつお前でも、下手すりゃ命を落としかねねえな。無理しすぎんじゃねえぜ」


「……ありがとう、ムウル……。気にしないでくれ。

僕も、できればこの役目を請け負うのは最後にしたいと、思ってるからね……」


 ムウルの肩を借り、ゆっくり立ち上がったジャーヴァルスは、呼吸すら止めて休眠状態と見えるヴィーヴルに向けて、優しく声をかけた。


「君には本当に感謝する、ヴィーヴル……。

これだけの働きをしてくれて本当にすまないが、君はもう一度ボルドウィン船に封じさせてもらう。

ムウル……僕はもう大丈夫だから、兵員の点呼を取ってくれ。

認めたくないがハルマーはもはや……敵の射程圏内にあることが確定した」


「……ああ、残念ながらな」


「メリュジーヌの話からの僕の想像が間違いなければだが……あの化け物は一体だけで終わりではない。いずれ、同じ手段で何度も襲撃を繰り返し、それは複数体同時すらもあり得るだろう。

おそらくは、上空の“気脈”――。メリュジーヌが最初に見たものは、“気脈”の膨大な魔力を糧にし、それさえあればどこででも細胞を増殖し変異可能な、“種子”のようなものと推測できる。

この脅威からは、逃げるしかない。そして、“元”を断たねばならないのだろう。

被害状況が確認できしだい、我々は一時ハルマーを放棄する。

ボルドウィン船に乗り込み、海路で、目指すんだ。

本隊のいる、ヌイーゼン山脈以北に――」

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