表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レムゴール・サガ  作者: Yuki
第六章 魔領アケロン
127/132

第七話 魔獣 ヴィーヴル【★挿絵有】

 *


 その組織については、いまだにレエティエムは全ての知識を持ってはいない。

 だがこれまでの戦争で得た知識経験と、ティセ=ファルが残した書物によって、当初に比べればかなり全貌を把握できつつある。


 組織“ケルビム”。現在レムゴール大陸の全国家を侵略・掌握し、支配する勢力。

 未知ではあるが過去の経緯によって、人類が確固たる文明を築いているであろうことは事前に予想されていたレムゴール大陸。そこでレエティエムが目的を果たすまでには、必ず何らかの国家的勢力が障壁になるであろうこともまた、予想されていた。まさにそれが現実となった明確な敵であった。


 情報によれば、その組織構成は1万名の兵卒、それらを束ねる100名の“エグゼキューショナー”クラスの将、将を束ねる4名の幹部――“アルケー”、“エクスシア”、“ヴァーチェ”、“ドミニオン”。

 そして――組織の創始者にして頂点に立つ存在、“セラフィム”。

 これら純ピラミッド構造に則る強固な階級を持つ戦闘集団である。

 さらには、彼らは末端の兵卒にいたるまで、全てがサタナエル一族と同等以上の異能の肉体か、常人の及びつかない戦闘能力のいずれかを持つという事実も明らかとなっている。


 奇しくも、ハルメニア大陸におけるかつての組織サタナエルと酷似しつつ、それ以上の脅威を有する勢力。

 場所は大きく異なっても、そこに人があり国家があり争いがある限り、このような明確な悪が形成されるのは必然となってしまうのか――。

 いずれにせよ、サタナエルとの交戦経験をもつ伝説たちの主導のもと、“ケルビム”に対する綿密な対応策と善後策がとられていたのである。


 しかしたった今――そのような対策も意味をなさぬ、予想もしようのない状況で――。

 レエティエムの本拠地は、脅威の襲来を許してしまった。 

 ヤン=ハトシュの言葉がそのまま事実を表すのならば、アケロンの彼の居城でラウニィーの前に現れた存在――“セラフィム”。最大の脅威そのものの、襲来を。



 *


 聖堂の外に出たジャーヴァルス、ムウル、オリガーの3人を待ち受けていたのは――。


 想像の、一段階埒外の光景であった。


 襲撃は受けている。城壁内部への侵攻を許し、さらに精強なレエティエム勢力が蹂躙を受けてはいる。

 だがその元凶の襲撃者は、ムウルの見知った“ケルビム”兵卒でも、その将“エグゼキューショナー”などでもなかった。


 異様な、怪物であった。レエティエムが“死洋(プルートゥリウム)”で遭遇したそれらと、同種の。


 粘液にまみれた、触手だった。鱗と分泌器に覆われた、長い、軟体生物のようなおぞましい暗灰色の触手。

 それが直径2m、長さおそらく50m以上の巨大に過ぎるサイズで――。視認できるだけで20本以上のそれが北側から縦横無尽に伸び――。建造物やレエティエムの兵員らに破壊の限りを尽くしていた。

 叩きつける、叩き潰す、突く。単純な破壊動作だが、そのパワーとスピードはあまりに圧倒的だった。

 頑健な木材と石壁で構成された建造物は粉砕され、武器を持った兵員たちが攻撃を受け、避ける術もなく吹き飛ばされ、あるいは刺殺されていく。身体を貫通された兵員は持ち上げられ、そのまま横殴りに他の兵員に対する投てき弾としてさらなる被害を生み出していく。


 一寸のみ思考が停止した3人に対しても、例外なく、即座にその暴挙は襲い掛かってきた。

 まずは、最も後方にいたオリガーに対し、側面から、触手の鞭打が襲う。


「……!!」


 オリガーは険しい表情のまま、メイスを高速で構え、腰を落してこれを受けた。

 彼は超一流の法力使いではあるが、法王庁を代表する人物として勿論、“背教者”が日常的に用いる血破点打ちなどを用いることは命が掛かろうが決してない。それに代わり、常識外れの分厚さの“聖壁(ムルサークレー)”と――己の肉体のみで、完全に触手を防御してみせた!


「オリガー殿!!」


「ぬうう!!!」


 オリガーは払ったメイスを振り上げる。ビキッ――と筋肉が膨張する音を響かせ、振り抜いたメイスは――。

 彼を襲った触手の先端を、完全に叩きつぶした!


 潰れた組織、まき散らされた粘液が身体に掛かるが、鬼神の如き表情のオリガーは、まばたき一つも動揺することはなかった。

 彼の身体能力は正真正銘の鍛錬のみの成果。一流の戦士も退ける“修道僧(モンク)”としての戦闘能力、それを達成するたゆまぬ精神力と神への信仰こそが、彼を大陸中の崇敬を集める存在としている所以であった。


 叩きつぶされた触手はたまらず引っ込んでいく。だが一本撃退したくらいでは、この惨状に対しさしたる効果はない。

 すぐに、次の触手が目前の櫓を破壊しに襲い掛かる。

 

 ――と同時に、その櫓の脇から、何か物体が高速で飛んでくる。

 それはムウルのすぐ脇の壁に激突、破片と粉塵を巻き上げる。


「う――ぐうう……!!」

 

 その物体が発する、女性の声を聞いたムウルが、即座に破片をかき分ける。


「メリュジーヌ!! メリュジーヌじゃねえか! 大丈夫か、しっかりしろ!!!」


 そう、その飛来物体は、メリュジーヌ――であった。


 すでにその身体は、満身創痍。右腕は触手によるものか粉砕され、複雑骨折していた。さらに触手では付けようのない、無数の創傷が全身にあり、貌から頭にかけても右目を巻き込み無残に斬れて大量出血していた。


「ム――ウル、それに、ジャーヴァルス――」


 片目で、盟友の姿を確認した彼女。すぐにその目は見開かれ、左手はムウルの肩を猛烈な勢いで掴んだ。そして尋常ではない蒼白の貌で、彼に訴えかけた。


「あ――あいつ!! あの、化け物――!!

正体は、わからないけど“ケルビム”よ――。あたしたちを知っていて、皆殺しにする、そう云った!

最初は、ただの枯葉だった! なのに――すぐに膨張してああなって、魔力も化け物になって――!!」


 ムウルはメリュジーヌの両肩を掴みかえしてゆさぶり、叫んだ。


「落ち着け、メリュジーヌ! じゃあ、お前が最初にあいつを見つけたんだな!? ならなおの事、お前にはここを生き残って情報を皆に持ち帰る義務がある!!

もうお前は充分に戦った! 後は任せろ!!」


 それを見たジャーヴァルスは、オリガーを振り返り、云った。


「オリガー殿。メリュジーヌに、法力の手当をしてやってください」


 それを聞き、オリガーは表情を強張らせた。


「ぬう――ジャーヴァルス殿、それは……」


「今感情でそのようなことを、云っている場合ですか……? 指揮官としての、私の命令です――!」


 ジャーヴァルスは決然とした表情でムウルに歩み寄り、云った。


「ムウル。非常に不本意ではあるが、結果的に君の進言に従わざるをえないようだ。

この圧倒的不利な戦況下では他に選択肢はないと判断する。

僕は――あいつを、起こす。

“ヴィーヴル”を――!!」


「ジャーヴァルス――!」


 目を見開くムウルが言葉を返すのと、ジャーヴァルスが行動を起こすのは同時だった。


 ジャーヴァルスは首にかけていたガーネットの首飾りをやにわに引きちぎり、頭上に高々とかかげ、全力の魔力をそこに充填した。


 すると次の瞬間。

 首飾りからガーネットと同色の、真紅の光線が発生し、それは瞬く間にある方向へ高速に伸びた。

 その方向の先、200mほど西には――。

 ボルドウィン魔導王国の魔工船、があった。


 その船底、のあたりに光線が突き抜けると――。

 

 次の瞬間、魔工船は猛烈な勢いで振動を始めた。


 しかし、その過程を驚愕の表情で追っていたオリガーは、別の悍ましい気配に身震いしながら背後を振り返った。



 そこには――。

 あの少女が、いた。

 悲鳴のような高域の雑音を、喉の奥から響かせながら。

 触手の本体である“それ”が、オリガーの目前に、迫ってきていた。


 高さ15mはある圧倒的な鱗の巨体。その中心から首を伸ばし、さらにその先で食中花が開いたかのような口の中から、その全裸の美少女は相変わらずの無表情でまっすぐにオリガーを見つめていた。

 間違いなく、囚われのラウニィーの前に現れたセラフィム、なる存在と寸分違わない姿であった。


 目の前にすれば、分かる。あの憎々しい、ふざけたサタナエル女子――メリュジーヌをして、恐怖に震えるしかできぬ状態になっていた、その理由が。

 なんという圧倒的な、殺気と魔力。このような高みの力、圧が存在するなどとは想像もできなかった。

 誰でも、屈するしかない。オリガーにとっては有り得ないことだが、神に祈ることすら、この時は忘れた。



 その、思考停止の時を打ち破るかのように――。


 再度、背後の魔工船から、今度は轟音が響き渡った。


 何かが、船の内部から甲板を突き破って、上空に姿を現した。


 だが姿を見せるまでもなく――その存在は真っ直ぐに、ジャーヴァルスに向かって高速で「飛行」してきた。


「キイイイエアアアアア!!!!」


 到達するやいなや、鼓膜を破るかのような高音を発しながら――。

 その存在はオリガーの目前で、何か途方もなく巨大な刃、のようなものを横薙ぎに一閃した!


 それ、が攻撃を仕掛けた先は、“ケルビム”の怪物――セラフィムの方であった。


 斬撃は、ハルマーを覆いつくさんばかりに広がったセラフィムの体躯のほとんどに届かせる、約300m幅にも及んだ。

 同時に強力な風魔導も発したその攻撃は、刻むだけでなく触手を弾き飛ばす効果も付加し、襲われるばかりであったハルマー兵卒の多数の危機を救った。


挿絵(By みてみん)


「グッ――!!!」


 セラフィムが喉の奥から苦悶のようなものを発する。ダメージを受けたようだった。

 そして目前の敵、を睨みすえる。


 その敵は、攻撃の規模と圧に比して、極めて小さなサイズだった。


 翼は黒く、比較的大きく、広い。翼長は20mを上回り、細いがドラゴンの翼そのものと云って良い造形と力強さを持っている。これが長く伸び、斬撃と魔導発動に使用された。

 しかしその本体については、人間の一般女性とそれほど差はない、160cmほど。

 全身がごつごつとした黒い鱗に覆われているものの、完全に若い女性のシルエットそのものだ。

 そして鎖骨のあたりから上は、白い人間の皮膚をもっていた。

 貌は、伏せ気味で完全には見えないが、十代後半ぐらいの美しい顔立ちに見える。

 表情は極めて獰猛であり、口からは長く伸びる牙が二本見え、上目遣いに睨むその瞳は完全に真紅であった。

 髪はウェーブのかかった非常に毛量多く長い金髪で、前髪も後ろ髪も風で全方向に大きく広がっている。


 

 進み出たジャーヴァルスは、魔工船から飛来したこの怪物に向け、凛とした口調で告げた。


「魔導生物、ヴィーヴル……!!

お前の仮の主として、僕はここに命ずる。

あの敵を、全力で退けろ。そして、我らが魔工船でこのハルマーを脱する手助けを、せよ。

これはお前の真の、主――。

エルスリード・インレスピータ・フェレ―インの名において、命ずるものである!!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ