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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第六章 魔領アケロン
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第五話 最後の英雄

「おらああああ!!!!」 


 レミオンは裂帛の気合とともに、受けた円月輪を前方に弾き飛ばす。

 その力に押された輪は弾丸のように後方へ飛ぶ。中心に居るアンヴァーは目を剥き嗤い、即座に片足を外に出して熱砂に踏みとどまった。

 

 そして戦法を変え、地に足をつけて円月輪を水平角度に持ち上げ、自身を分離した武器戦闘の体勢に入ろうとした――そのとき。


 信じがたい、ことに――。アンヴァーの目前1mほどに、すでに瞬間移動の様相でレミオンの姿が、あった。

 そして左手結晶手を円月輪に打ち当てながら押し込み、アンヴァーの体勢をゆるがせる。

 ほぼ同時の動きで、射程に入ったアンヴァーの左胸めがけて結晶手を繰り出す。

 彼女は難なく反応し、オリハルコンであろう手甲で弾くが――それを見越したレミオンの結晶手解除により、手甲の上から力ずくで掴まれた。

 そしてレミオンは迷いなく、凄まじい怪力で肘関節を逆方向に捻り、腕骨を完全に折った。

 アンヴァーの折れた腕骨の先端は対外に突き出、鮮血を噴いた。


「――!!」


 狂喜の表情を緩め、驚愕に目を見開くアンヴァーが、筋肉でぶらさがる左腕を凝視し、さらに体勢を崩す。

 麻薬で痛みを感じていない為に完全に崩れるには至らないようだが、彼女が意図した両手での円月輪操作は不可能となった。

 円月輪を捨て、左脚蹴りでの反撃を試みたが、その蹴りもレミオンの右膝で受けられ、先ほど彼女の腕を折るにいたった右腕で抱えこまれた。そのまま強烈な引きを受けて完全に体幹バランスを崩したアンヴァーは、遂に地面に仰向けに倒れ込む。


 巻きあがる砂塵が晴れると、そこには――。

 倒れるアンヴァーに、まとわりつくように素早く腹の上に馬乗りとなったレミオンの姿があった。

 勝利の体勢から躊躇も間髪も入れず、レミオンは最速攻撃の掌打をアンヴァーの胸部に全力で打ち込む。

 ジャブ攻撃ではあるがシェリーディア仕込みの強打であるそれは、一発でアンヴァーの肋骨を砕き肺を潰し、呼吸を止めた。


「ガッ――ハアアアアアアアッッ!!!!」


 体内に残る気体とともに大量の血を吐き出すアンヴァー。さすがに苦しみ貌をそらしたその首に、レミオンは素早く返り血に染まった左手をかけて掴み、掌打を引いた右手を結晶手に変え、首への狙いを定める。


 

 ――これだけの全攻防に要した時間は、わずかに1秒以内。

 アキナスやエルスリードなど魔導士と、兵卒しかいない現レエティエムの面々では介入することはおろか、目で追うことすら全く不可能な異次元の世界だ。

 同時に、間違いなく将鬼レベルであろう強敵に対し、その短時間で圧倒するレミオン。彼の別人のような爆発的戦闘力に目を奪われ不覚にも、一瞬場は凍り付いてしまった。


「――勝負ありだ。決めたぜ、てめえは殺る方だ。まだ二人も、無傷で残っちまってるからなああああ!!!」


 レミオンが右結晶手に力を込める。一方的に蹂躙した形の女性相手に、と考えれば冷酷残忍な判断ともいえるが、敵は強者がまだ二人。まして話が通ずることのない、人類鏖殺を目指す狂気の集団の一員だ。この場では妥当な判断であり、そして現実主義者のレミオンに、情による仕損じはない。


 エグゼキューショナーである可能性も考慮し、首を突き一気に頸椎まで両断するつもりだ。

 容赦ない殺意でその手を振り降ろそうとしたレミオンの視界に、一瞬――。

 動かず、表情を一切変えず、冷静そのものであるガリーシェルとドゥンの様子が入り――。

 次いで、脳を破壊ぜんばかりに突き抜ける激痛と、全神経がぐらつく強撃をうけた彼の手は、強制的に止められた。


「――レ――ミオンッ!!! ああああっ!!!!」


 蒼白のエルスリードが、気丈にも魔力を充填しつつ駆け寄る。アキナスやフォーグウェン兄弟も同様だ。


 絶対有利な状況を覆す、想像だにしない異常な緊急事態が、発生していたのだ。


 通常ならどんな戦闘者でも反撃は不可能とされる体勢を取られた上、念入りに動きを封じられていた筈の、アンヴァー。

 彼女の動く方の右手は動かせるギリギリの範囲であるレミオンの下腹部を中心までえぐり、腰骨に到達。何と握力で力任せに折り取っていた!


 腸と洪水のような血を噴き出し、支えを失ったレミオンの上半身は、大きく後方にぐらついていた。

 このまま、仮に心臓を狙われたら彼といえど命はない。失神しそうな激痛を堪えながら、レミオンは死に物狂いで右手、左手結晶手を振り――。敵の手をはねのけると同時に身体を敵の上から逃れさせ、わずかながら距離を取ることに成功した。


 アンヴァーは呼吸が苦しいためかすぐにはレミオンを追わなかった。

 そして咳き込みながら、幽鬼のようにユラリ――と立ち上がった。

 左腕は、完全に折れ筋肉のみでぶらさがっている。

 そして掌打でやや陥没したように見える胸部を右手でかばいながら、ニタッと、嗤った。

 尋常でない目つき、貌色。異常性のにじみ出た狂気の嗤い。それは見る者を心底ゾッとさせた。


「ゲハッッ――グアハアハッ――!!!! ガアッ――!! ハアハア……。

やる……じゃん……あんた……。一族ごときの……くせにさ……あ。

でもお…………これぐらいなら……ちょーど、いい……クスリ、切れてすっげえ痛く……なってきたしさ……。

こっから『本気出して』あげればあ……? 凄くちょーどいい、具合にい……気持ちよく、あんたらのこと……。

鏖に、してやれるじゃん……!!?? ガハ……ハハ……アア!!!!」


 両眼をギラリと光らせ、アンヴァーは――。

 ダメージなど、微塵も感じさせない――いや。

 むしろ、先ほどまでの動きが比較にならない高速で、吹き飛ばされた円月輪まで到達、拾い上げて攻撃態勢に入った。

 何と、折れて突き出た骨先端の裂け目を利用して円月輪の内グリップに押し当て、まったく問題なくこの大型武器を支えている。本人の血走った目と貌に浮き出た血管を見るまでもなく、気を失う激痛のはずだが、それですらこの狂人は快楽に繋げているように見えた。


 準備体勢と放つ殺気だけで、充分に分かった。

 この女には、本来ならば先刻の初撃のチャンス一度で、この場の敵を全滅しうるだけの力があった。

 手加減しわざとレミオンに己を傷付けさせた。一瞬で終わっては、己が愉しめないからだ。

 腕一本と呼吸困難による酸素不足というハンデをもって、それなりに実力差を埋めた上で敵全員を丁寧に葬る気だ。


 その第一標的はもちろん、気を失いかけ虫の息のレミオンだ。先ほどの回避で力尽き、上下半身をほぼ寸断された状態で、大量の血を吸った砂塵の上で全く動けない現状。

 

 足場の悪い中、魔導の射程範囲まで辿り着こうとするエルスリードら仲間だが――。レミオンが敵のほぼ足元という超近接位置に倒れる中、仲間は誰一人、遠距離魔導が届く位置ですら間に合わないのは明らか。



「ハハ――アッ!! し……んじゃエヨ……!!」


 苦し気な声と裏腹に鋭い動き出しで、回転刃をレミオンの首、頭部めがけて繰り出そうとしたアンヴァーの動作は――。

 急激に感じた抵抗によって、一気に止められた。



「そこまでに……してもらおうかの……!

その坊は――お主のような屑が自由にできるような御子じゃのおぞ……!

我ら大陸の――大英雄の御子ぞ……!!! んんんんっ!!??」



 魂のこめられた、裂帛の気合のしわがれた声。

 声の主は、失った右腕以外の全てを使って、アンヴァーを抱きすくめるように拘束し、万力のように締め付けていた。両脚を使い後ろから股間節をホールドし、左腕はアンヴァーが使用できる右腕を完全に抱え込み、動きを封じていた。


 ガレンス・マイリージアス師、だった。

 締め技の間にも――切断された右腕からは、法力使いにはありえない出血を続けている。

 初撃で斬られうずくまった場所から、はいずるように動いてきた血の跡、その場の誰にも気取られずにアンヴァーの背後を取れたことで明らかだ。己の治癒を完全に放棄し、魔力をゼロにして気配を消してこの機を待ったのだ。

 ――高所にいたガリーシェルとドゥンだけはガレンス師を視認していた筈だが、信じがたいことに知った上で警告の一つも発しなかったと見えた。


「じ――爺――い、何を……グウハアッ!!!!」


 脱出を試みたアンヴァーが苦悶にのけぞる。

 今ガレンス師の左手はアンヴァーの右脇腹付近にあり、そこにある血破点に法力が流し込まれたのだ。

 肺活を制限し、呼吸を完全に止める血破点に。


「今じゃあっ!!!! レイザスター!!!!!」


 

 ――いつ、ここに戻ってきたのだろうか。いや、丁度戻るタイミングを戦闘の外から遠目に見極め、むしろ計ったのだ。ガレンス師が自分の行動を合わせた。


 砂丘の上から飛来した、数羽のリザードグライド。レイザスターと、イシュタムらが騎乗していた。

 彼らは緊急事態をすでに見極め、迷わず動いた。


 風切り音とともに滑空し、まずイシュタムがレミオンに向かい、下方に伸ばした腕でしっかりと彼の上半身を抱え込んだ。

 千切れそうな下半身も何とか引き上げ、まっすぐに正面のフォーグウェン兄弟にも突進。

 兄弟は吹き飛ばされそうになりながら、どうにかリザードグライドの硬い鱗を掴んだ。


 そしてレイザスターは、苦悶の表情でアンヴァーとガレンス師の脇を抜け、真っ直ぐにアキナスとエルスリードのもとに飛んだ。


 成すすべなくそれに飛び乗るエルスリード。

 そして――。


「い――イヤ! 戻れよ、レイザスター!! 師が、ガレンス師が!! 助けないと!!! このままじゃ――」


「甘ったれんじゃねえっ!!!!!」


 救出を拒絶するアキナスを、叫びつつ抱きかかえ、強制的にレイザスターは捕らえ抱え上げた。


「師の覚悟と、お前への想いを無駄にする気か!!! 

生き残れ!! 分かってるはずだ!

誰がどうなろうと、俺たちはそうしなけりゃならねえんだ!!!! 俺らの番ならそのときは、俺らが身体を張る!!! それがレエティエムなんだ!! 目的の為なんだ!!!! そうだろ――ああああ!!??」

 

 ほとんど自分に言い聞かせるように叫ぶレイザスターの叱責で、アキナスは抵抗をやめた。


 そして涙を溜めた目で、手を伸ばし、叫んだ。


「ガレンス――ガレンス師いい――っっ!!!!」




 

 

 老人は、出血で薄れる意識の中、思った。


 元々悪くはない、人生だった。それを幸運にも、人にも恵まれながら長く続けてこられた。

 己が魂をささげるシュメール・マーナの教義も、ドミナトス=レガーリアに浸透させ、昇華させることができた。後進も育って、満足ではあった。


 だがそれ以上に、ここへ来て、本当に良かった。ハーミア教徒が大半を占めるレエティエムであったが、自分は進んで志願した。

 よもや70を過ぎて、これほどの胸躍る冒険、己の実力をぶつけられる血沸き肉躍る舞台に出逢えるとは、思っていなかった。

 そして――春を過ぎて久しいこの身に、まさか思ってもみなかった。

 一人の女性として、愛おしく情を注げる存在が現れ、幾度も結ばれるとは。


 感謝、したかった。そして彼女が率いる、前途洋々たる若者達にも、同じ感謝と、心からの祈りの心が湧きあがった。


(達者でな――皆。

そして、アキナスよ――。

ムウルのことは、よく見てやってくれ。もう結ばれとるんだし、できれば夫婦(めおと)になってくれること、祈っとるよ。ホルストースの心を継ぐ、あいつとのお――。

ワシは十分に、生きた。最後にこれほどの誉れとともに逝けるは、あまりに過ぎたる僥倖よ。

さらばじゃ。一足先に、ワシはドーラ・ホルスの御許に、召される――)



 やがて敵への法力が切れ、引きはがされる己の身体。


 倒され、上から覗き込む女が狂ったようにわめきながら己に振り下ろす、巨大な刃の感触を――。



 老人は安らかに、ただ静かに、受け入れたのだった。

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