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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第六章 魔領アケロン
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第二話 ドラギア

 レムゴール大陸北部中央に君臨する国家、アケロン州。

 南北の総距離2000km近くに及ぶ砂塵の国土に、1500万もの人口を抱える超大国である。


 国土から大量に採掘される“蒼魂石”が、三大州の戦乱を引き起こす火種となり、戦乱においても領内の多くが戦場となってきた最大の被災国でもある。

 そのような地を治めてきた王家が常に不安定で、血で血を洗う政争を繰り広げてきたことは想像どおりの事実となるが――。

 それは即ち、民衆に降りかかる試練をも意味していた。


 現在この地を支配し圧政を敷く“ケルビム”が現れる、はるか以前から――。アケロン王朝は脅威に対抗する莫大な戦費を賄うため、代々において民衆に厳しい身分制度と搾取を強いてきた。

 いわんや戦国時代の続く不毛の地では、金と、力。それが全てという価値観のもとに。


 歴代王朝に連なる、魔力や武力に優れた王侯、貴族。

 “蒼魂石”の鉱脈を所有し莫大な取引の権限を有する、大商家。

 大商家のもとで鉱脈の採掘に従事する鉱夫と、それを加工する職人。

 農業に従事する農民。

 そして――最下層に位置する奴隷。

 この順序で構成される、厳密な身分階層にしたがうのがアケロンの社会だ。


 住居地を区分され、利潤食糧の分配順位や法の適用にも明確な差異があり、その中で根強い差別も当然醸成されている。

 アダマンタインで形成された高さ数十mの城壁の向こう。

 辺縁を形成する、都市の大部分を占める外郭エリアには、砂漠に似つかわしくない広大な農地が広がる。ここが農民と、彼らに使役される奴隷の住居地。

 その内側には近代的な市街地が同じく円環上に広がる。ここは大商家と、彼らに使役される職人と鉱夫元締め達が住まう。

 そして市街に取り囲まれる都市中央部にそびえるのは――。高さ150mは超えるであろう、暗灰色の金属の城塞。

 似た構造をもつダルダネスの城塞が、ハルメニアの常識的な城塞の体をなしているのに比べ、まるで無数のブロックを積み上げたような幾何学的な、無機質で無骨な作り。

 あえて比較対象を上げるのならば、“石棺”と渾名されるノスティラス皇国のランダメリア城塞が近いが、比べてもあまりに異様で、異質さも突出したものだった。


「……という訳で、どうであろ? 我が故郷の威容は。圧倒されるであろう?

わらわは王家の正統な貴姫として、州都のアケロン城塞の中で生まれ、育った。当然、大公領であったこのドラギアについても熟知する身。

内部のことはよう知りつくしておるし、戦時に使用する通路についても詳細に教えられておる。今、そなたの役にこれほど立つ女は、わらわをおいてほかにおらぬであろ。どのように頼ってくれても、使ってくれても構わヌゾ」


 ティセ=ファルはドラギアを眼下に望む峰の崖に、アシュヴィンと並んで立ち都市を指さし、異様に明るい声で云った。

 ティセ=ファルの説明を聞き逃すまいとしながら、目的地を、見据えるアシュヴィンだったが――。その表情は困惑し、朱に染まっていた。

 理由は勿論、隣の少女のようにはしゃいでいる絶世の美女が、愛情と好意を全面に出して腕を組み、豊かな胸をはじめとした全身を自分に押し付けてきているからに他ならなかった。恍惚の表情で何度も頬を肩にこすりつけてくる様は、恋人との初めてのデートに浮かれる少女そのものの様相。

 山脈の小屋を後にした旅路の最中、ティセ=ファルは終始この調子でアケロンの実情や“ケルビム”の重要な秘密をペラペラと喋り、アシュヴィンは真剣に聞こうとしながらもすっかり調子を狂わされていたのだった。


 二人の後ろには、付き従う小屋の少年エトルシャンと、レエティエム剣士ヨシュア・リーザストの姿。

 エトルシャンは、貴人であるためか口で云う程には城塞外の地理を知らないティセ=ファルに代わって、一行の優秀な案内役としてスムーズな旅路に貢献していた。だが女神と慕う女性がすっかり自分から離れて打ちひしがれ、涙を浮かべて異大陸の剣士を終始睨みつけていたのだった。

 対照的にヨシュアの方は、極めて猜疑的な眼差しで、冷ややかにティセ=ファルの様子を監視している様子だった。


「わ、わかった……。ええっと、じゃあ……。教えてくれ。

あのドラギアの城塞にいるのは、誰だ? 僕らが欲するのは物資と、ギルディ=デボネア潜入に通ずる情報。今の話からすると……。お前がそこまで州都の情報に通じている以上、農地で物資さえ手に入ればあえてドラギアに深入りする必要はないと思えるけど……」

 

 ティセ=ファルはアシュヴィンを見上げ、ほんの一瞬――。かつての“アルケー”を確実に感じさせる、怪物の凄みに満ちた眼光を発した。が、その後すぐに破顔し、無邪気な笑顔でアシュヴィンに返した。


「良いぞ、教える。何でも教えるぞ。

ヤン=ハトシュめから、かの領内の全権を委任されておるのは――。奴の手足にあたる子飼いの幹部精鋭集団“騎士”、そのうちの2名。

“チャコール=スコルピオ”ゴルドゥル・ファーガソン、そして騎士最強といわれる戦士アンヴァー・マクライアン。

このアンヴァーという狂い()というか雌犬には、わらわは中々の因縁があるのだが、こやつは元の我が家であるアケロン城塞の重要なカギを握る存在デナ」


 笑顔で殺気のこもる言葉を口にするティセ=ファルに、内心身震いするアシュヴィンだったがさらに疑問を問いただす。


「……カギ、とは?」


「旧王家がもっていた、最大の脱出路兼地下要塞に通ずる3つのカギの一つだ。

ヤン=ハトシュめはこれを己と、腹心のガマガエル宰相ラヴァナ・ヴォルデングロウ、そして騎士の中で最も死の確率が低いアンヴァーの3者で所有する事を決め分けた。

この3つのうちどれか一つでも入手できれば、裏より最も安全かつ最速にてアケロン城塞に侵入することが可能となるのだ。

ここまで聞けば……後は分かるであロウ?」


 アシュヴィンはゴクリと生唾を飲み込んだ。充分に過ぎるほど、分かる。ドラギアを治める“エクスシア”麾下の騎士、アンヴァー。ヤン=ハトシュのいない地で、彼よりは確実に力の劣るこの部下一人を仕留めることができれば、場合によっては戦闘すら回避してエイツェルとラウニィーを救出することも可能かもしれない。あまりにも大きすぎる戦果であり、これを無視する選択肢は存在しないであろう。


「……わかった。ドラギアに潜入しよう。そして、斃す。アンヴァー・マクライアンを。

教えてくれ。今度はこのドラギアの侵入経路について――」


 アシュヴィンは途中で言葉を切った。ティセ=ファルが身体を放し、手を上げて制止する様子を見て取ったからだ。

 

 仕草自体は――。緊急事態の襲来を意味する緊迫したものだ。

 

 だがティセ=ファルの表情は極めて平静で涼やかで、むしろ笑みさえ浮かべる平常時と何ら変わりのないものだった。


「――なかなか、手早いではないか。

わらわは元より、同行のこの者らにも魔力を抑えるよう要望していたにも関わらず、もう我らの接近を嗅ぎ当てるとは。

元アケロン臣民であろうそなたらに、一定の慈悲を授けよう。

これよりわらわは、そなたらに攻撃を仕掛ける。無駄であろうとは思うが、防げるものなら耐魔(レジスト)を張る猶予を与えヨウ」


 ティセ=ファルは一瞬の間の後すぐに――。

 膨大な魔力を発生させたかと思うと、極めて広範囲にそれを放った。


 “打壊魔導”を。


「“圧縮殺爆裂力場コンプレスキリングフィルド!! 」


 アルセウス城内の戦闘でレエティエムの猛者10名以上を圧倒した、ティセ=ファルの範囲強撃。

 そして――モーロックの命と存在を奪った、あの忌まわしい技。


 高速で広がる力場は、一行の左右に展開していた山肌上の崖上まで広がる。そこで響く不快な粉砕音と、地獄の断末魔。


「ぐあっああああアア!!!!」


「ぎいイッ!!!!」


「ごおえぇええええええええエエ!!!!」


 そして血飛沫が舞う崖上から、おそらくは数十人分の血と体液の小雨が降り注ぐ。

 貌や身体に血がかかっても微動だにしないアシュヴィンやヨシュアと違い、非戦闘員の極みである存在のエトルシャンはたまらず半狂乱で悲鳴を上げ地を転がりまわった。


「ううううああああああああっ!!! ひいいやあああアア!!!!」


 そのエトルシャンの頭上を抜けて、一人の大柄な鎧騎士の上半身が飛翔し、ティセ=ファルの目前に堕ちる。

 ティセ=ファルは冷酷極まりない目線を落し、まだ息のある彼に対し、問うた。


「これはこれは……久しいな、オディハ。

我が近衛兵の一員であったそなたが、エグゼキューショナーとなりヤン=ハトシュに降ったは残念であったが……。今はそれを許そう。

かつての主に、最後に忠誠を見せよ。そなたに指令を下し者は何奴カ?」


 声をかけられた男オディハはしかし、極めて侮蔑を含んだ視線を返し、息絶え絶えに応えた。


「憐れ……なり、ティセ=ファル……。己を……輝姫と……見紛えた……憐れな道化よ……。

下民から……召された我ら……誰、一人……貴様に……忠誠を、捧げ……ず。

ドミニオンの、雌犬になり下がった……アケロンの恥晒しに……天罰が、降らんこト…………ヲ…………!!」


 最後の言葉を残し、激しく吐血してオディハは息絶えた。


 感情を殺した氷のような表情で、黙って言葉を聞きその最後をみとったティセ=ファルの身体は急に横からの激しい力につんのめり――。

 そして強く肩を掴むその相手に、強制的に正面を向かされ、詰め寄られた。


「ティセ=ファル……! お前、お前……!

どうしてすぐに、全員殺した。ケルビムかどうかも分からない、彼らを……!

いや、ケルビムであったとしても……どうして僕らを、一切頼らず一人で……!

僕らの、戦闘の機会を……!

この後も一人で解決し、奪う気なのか!」


 激しい感情が渦となったアシュヴィンは、自分でも想像できない位取り乱し、骨を砕きそうな勢いでティセ=ファルの肩を掴んでいた。

 強大な力で一方的に相手を虐殺するやり方への、反発。

 言葉どおりの、戦力にも換算してもらえない、そして女性に身を守られるだけの無力な自分への悔しさ。

 ヤン=ハトシュとも渡り合わなくてはならない今後において、このまま戦闘機会、実戦経験を奪われ続けることへの焦り。

 そして忌まわしい技を見たことで、モーロックを失った悲しみを思い出し、囚われた怒り。

 それら全てがない交ぜとなり、彼を襲ったのだ。


 ティセ=ファルは当然ながら痛みに貌を歪めた。傍から見ていたヨシュアは怒りで返す彼女の反応を予想したが――。実際は全く真逆であった。


「痛い――痛い……放してたもれ、アシュヴィン……。

そんな、怒らないでたもれ……わらわは、そなたによかれと思って……。然れども何かそなたの、気に障ることを……したなら……謝罪する……。謝る……から……。

わらわを、忌むのは……嫌いには、ならないでほしい……。

許して……許シテ…………」


 消え入るような、弱々しくしおらしい言葉で――。泣き貌から目をはらして大量の涙を流しながら、懇願したのだ。

 悪魔のような存在であったはずの敵が、可憐ともいえる憐れみの表情で自分に訴えかける様子を見たアシュヴィンは、一瞬で心臓に衝撃を受けて手を放した。


 そして片手で頭を抱え、膝をついて力なく、云った。


「……悪かった、すまない……。

僕が感情的に、なりすぎた。二度とこんな事は、しない……。

僕の方こそ、許してくれ、僕らには……お前が必要な、状況だから……」


 僕ら、ではない、僕には、だ。

 ヨシュアは冷ややかな目で、彼なりに見通した。

 アシュヴィンはダルダネスでの出会いを経て、あの小屋の一件から確実に、この女に心を掴まれかけている。

 そして完璧な演技ではあるが、ティセ=ファルはアシュヴィンの感情を誘導し、己の目的に利用しようとしている。

 そうとしか考えようが、なかった。


(ギルディ=デボネアに行き、目的を果たすまでは――。

こいつと敵対するわけには、いかない。調子を合わせるしか、ない。

だがアシュヴィンは確実に、危険だ。おれがどこかで目を覚まさせ、こちらがこの女を利用するよう仕向けなければ。

見ていろ、女悪魔。おまえの力は分かった。必ずおれが、おれたちがおまえを利用し、戦いに勝利してみせる)


 アシュヴィンの差し伸べた手を取り、立ち上がるティセ=ファルの笑顔を忌々しそうに見ながら、ヨシュアは強く心に誓うのだった。

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