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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第五章 監視者の山脈
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第二十話 窮地の魔女

 臨戦体勢のアシュヴィン。右手に突き出した“蒼星剣(エペシュトーラ)”には氷結魔導が充填され、引いた利き手の左手で握られた“狂公(ダレン)”は必殺の剣撃を繰り出せる体勢にある。


 現在のアシュヴィンは、戦闘者としてかつての組織サタナエルの統括副将にも匹敵する実力をもつ。この全力の攻撃を抵抗なく受ければ、無事でいられる者などこの世にいない。


「ひ、ひいイイ……」


 この小屋の本来の住人である――エトルシャンと呼ばれた少年は、彼の日常を大きく凌駕したアシュヴィンの力に恐れ慄き、片隅にうずくまって震えた。


 片や、瀕死といえる状態でベッドに横たわるティセ=ファルは、笑みすら浮かべてアシュヴィンに向けて云い放つ。


「……わらわを、殺すか、アシュヴィン?

……そうよの、そなたらにとっては千載一遇の好機であろう……。かつて手も足も出ぬ高みにあった敵が、見苦しくも深手を負い……死にかかっておる。……有無をいわさず襲撃に及ぶは正しい判断であろう……。

……ダガ」


 ティセ=ファルがやや目を細めた瞬間、アシュヴィンの周囲の空気は極度に重くなった。

 狂気的な、圧力。

 体調の悪化で弱まってはいるのだろうが、大元の馬鹿げた魔力量からすればそれを全く問題にしない恐るべき脅威――。

 ティセ=ファルの魔技、“打壊魔導”に瞬く間に取り込まれてしまっていた。


「……甘く見るで、ない……。伏せたりとはいえこのティセ=ファルにとっては……。

そなたらごとき雑魚を捻り潰す事など、全く造作も、ない。

同時に命も存在も消し飛ぶ覚悟があるのならば、かかって……くるが良い……ガッ!

ゲフッ……!! ゴホッ……ア……!!」


 絶対者であった時と同じく挑発を繰り出したその口から、しかしティセ=ファルはせき込んで大量の血を吐いた。

 血の量、色からしておそらく消化器系内臓の損傷が深刻だ。すぐに強い法力を施さねば命が危ういと見えた。


 少年エトルシャンはそれを見て蒼白になり、危険も介さずティセ=ファルに駆け寄って口をぬぐい背をさすろうとする。


「め、『女神さま』……無理しちゃダメです!! お腹の傷も腐ってきちゃってるし、喋るだけでモ体力ガ……!」


 見た目どおりの正確な呼び名とは云えるが、ティセ=ファルへのその名を聞いたヨシュアの目が丸くなった。この少年は何らかの経緯でこの女を介抱することになったようだが、完全に崇拝陶酔していることが明らかだった。これだけの絶世の美女の面倒を自分一人が見ることになったのなら、通常の男としてはごく当然の帰結かもしれないが。


「……その傷、誰にやられた、ティセ=ファル? そして……ディーネはどこへいったんだ?

例えばそれが彼女とお前が争った結果だったとしても、ディーネは傷ついたお前を置いて去るような人じゃない。

何があった? 話せ」


 構えは解かないものの、やや落ち着きと冷静さを取り戻したアシュヴィンは、ティセ=ファルに問うた。言葉のとおり、すぐに気になったからだ。

 彼にとって恩人であり、敵ながら正しい心をもった女性であるディーネ・ラシャヴォラクのことが。


 ティセ=ファルは紫の唇を歪め、言葉を返した。


「……追撃を、受けたのだ。

あの忌々しい、“バハムート”めニナ……」


「!!!!」


 アシュヴィンの目が大きく見開かれ、身体が大きく震えた。

 彼にとっても忌まわしい極致の、仇敵。元ダルダネス王家親衛隊長にして、敵の調略を受けエグゼキューショナーに成り下がった裏切者。ロザリオンの死の原因を作った女、フェリス・フォートモーナスの渾名を聞いて。


「油断したつもりは、全くなかった……。だが奴の実力は予想を超えていた……。

渓谷で襲撃を受け、空中戦にもちこまれた事もしてやられた。我が打壊魔導を避け、ディーネの翼を狙われ、我らは不覚を、とった……。

傷つき落下する中、ディーネは命を賭してわらわを渓谷の洞穴の中に投げ込んだ。そしてあやつ自身は……渓谷の底へと落下して、イッタ……!」


 冷血と見えたこの女にも、妹を思う愛情は存在していたのか。ギリッと歯を噛みしめる音をさせるティセ=ファルを見、アシュヴィンは苦悶の表情を浮かべた。

 エグゼキューショナーの生命力に賭けるしかないが、ディーネの生死は、不明。残念だが今はこれ以上彼女の事を考えても仕方がない。


「そしてわらわは、ここに居るエトルシャンに発見され……匿われた……。

周囲にヤン=ハトシュめの手先も徘徊する状況で2週間以上……傷を治癒する術もなく、今はこのザマという訳だ……。

そこで、そなたと交渉したい、アシュヴィン……。

そなたが今懐に、絶大な法力を内包する薬を、持っておることは感知している……。

それをわらわは、買いタイ……」


 アシュヴィンはハッとして、懐にある止血膏の薬篭に手を当てた。

 ティセ=ファルなら感知できただろうが、この止血膏にはハルメニア最強の使い手――ルーミス・サリナスの法力が内包されている。確かにこれを用いれば、心臓をやられている訳でもない今の彼女の傷の種類なら、瀕死の重傷であっても治療は容易いであろう。


「……買いたい、と云ったのか、ティセ=ファル?

今のお前が、僕らに売れる何を持っているというんだ?

それにそもそも――そんな交渉自体が成立すると、本気で思っているのか?

お前は間違いなく“ケルビム”の幹部であり、モーロック様を殺し、ロザリオン様を始めとしたレエティエムの人々の死の原因を作った。そのお前を僕らが救ってやる理由が一体どこに?」


 アシュヴィンは剣を握る手に力を込めながら、言葉を返した。


 ティセ=ファルは薄く笑いを浮かべながら、アシュヴィンに云う。


「確かにな……そなたの云うことは、正しい。

だがあれらは全て、戦争という枠組みの中で起きた不幸な結果といえる。……あの時は対立していた我らの利害も、現在では『一致』するとしたら、どうだ……?

すなわち、わらわがそなたに支払う対価は、わらわの強大な力。

ヤン=ハトシュに敵対し、そなたの協力者になってやろう、と云うノダ」

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