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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第五章 監視者の山脈
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第十五話 ダルダネスにて

 ヌイーゼン山脈にて、レエティエム主力部隊が早々最大級の試練に遭遇している頃――。


 彼らが出立してきた元地である、南のダルダネス。


 新国王をどうにか擁することができた急造体制の中、アルセウス城は未だ不安定な内情のままであった。

 その城内の政府、そして国民をまとめる実質の(くさび)となっているのは現在、異邦ハルメニアよりやってきた2名の有能なる女性たちだったのである。


 うちの一人、エストガレス財務大臣の地位にあった女史、ヘレスネル・ザンデは長い無機質な廊下の先にある大扉をゆっくりと開いた。

 扉の先では、巨大な一室の壁に目眩がするほどの大量の蔵書があった。そして、その下にある机の脇の大椅子に腰かけた一人の女性が、重々しく口を開いたのだった。


「“戻ったか、我がエグゼキューショナーよ。わらわは、そなたに厳命をくだす”――」


「お付き合いする気はございませんよ、レジーナ卿。ワタシにはアナタの演技が似ているのかどうか判定つきかねますし。『彼女』になりきった方が本の知識が入って来るのならば、止めはいたしませんが」


 自信のあったらしい渾身の演技に対し、にべもない冷淡な遮りで返すヘレスネルに――。

 女性、リーランド公国議長レジーナ・ミルムは大きなため息を吐いて本を閉じた。そして優雅に組んでいた両脚を元にもどして、椅子の上で口を尖らせ反論した。


「ちぇっ、相変わらずケチだよなあ、あなたは。せっかく、レミオンに“アルケー”の真似して教えてもらったの試したかったのに。

……けどまあ、正直演技してる余裕はないかな。それぐらいエキサイティングだよ、ここの蔵書は。

あなたはどうだい、ヘレスネル。政治的に見て、この国やレムゴールという土地は?」


 ――ダルダネス駐留が決まった日、レジーナは一方的に2人の役割分担を決め、告げた。

 政治実務面をヘレスネルに、情報収集役を自身に、という都合の良い役割分担を。

 それ以来ヘレスネルが孤軍奮闘で国内の治安維持に努め、レジーナは連日蔵書の山に埋もれて知識の吸収に努めるだけという、客観的に見て不公平な状況が形成されていたのだ。レジーナは年長で身分も上であるゆえ致し方ないことではあるが。


 ヘレスネルはため息をつきながら室内に入り、答えた。


「そうですね、文化的にも政治的にも、やはりワタシ達より数十年遅れているといった印象。

先王が云っていたとおりに、レムゴールそのものがというよりは、この地が大陸で隔絶された環境にあったことが原因として大きいようですね。ハルメニアでいえば過去のボルドウィン魔導王国に該当しますかね」


「あーそれ分かりやすい例え! あいつらほんっとに野蛮で遅れてたからなあ!」


「ただ国民性や文化の面ではそれとは真逆のようで。ダルダネスの国民はかなり楽天的で大雑把で、一難去ったところで完全に精神的には立ち直っています。個人の権利意識は強くコミュニケーションに貪欲、パーティを好む習慣はワタシに合わず、辟易しています。取引に謝礼を加算する慣習も、物資購入を取り仕切る身としては未だに困り果てているところです」


「それ! 聞いて納得だね。“アルケー”が居なくなってから持ち出してきた彼らの旗とか横断幕、衣装とかがさ、赤だの黄色だの青だの、原色バリバリの派手だもん。わたくしは凄く好みなんだけど皆には不評だよねえ」


「ともかく、サタナエル一族の来訪の記録すらない情報の無さに加え、気脈の発生・流れからも外れているという我々には得るものが非常に少ない土地であることは明確になりました。

大丈夫と判断できたら、物資の支援を受けて早々に立ち去るべきと愚考いたします。

それで? レジーナ卿の収穫については如何なものか、伺ってもよろしいでしょうか?」



 ――さぞかし、堰をきったような言葉の洪水が押し寄せるであろうと想像していたヘレスネルの予想は、見事に裏切られた。

 レジーナは、通常まず見せることのない深い険を刻んだ表情を見せ、しばらくの間押し黙っていたのだ。

 そして重々しく、言葉を継いだのだった。


「……我々は、本来足を踏み入れるべきでない、とんでもない場所に深く、分け入ろうとしているかもしれないな……。

地理書によれば、レムゴール大陸の大地はダルダネス地方を南端として、北に大きく広がる。その面積はざっとハルメニア大陸の3倍。人口もまた、ハルメニアの3000万を上回る推定5000万人。ダルダネスの規模を見てもらえば分かるとおり、総人口の実に95%以上が山脈以北大平原の三大州に属している。海岸の東から順にシエラ=バルディ、アケロン、アンカルフェル。文明も国力も、それら一つ一つの州が我らのエストガレスやノスティラスをしのぐ規模となる」


「……」


 常であれば、皮肉をとりまぜた的確な相槌を即座にうつヘレスネルであるが、現在のレジーナの言葉に対しては、固唾を飲んで聞いていることしかできなかった。


「彼らの歴史は、5000年もの過去にまで遡り、平原に三大州が形成されたのは約1500年前。

それ以来、血で血を洗う領土戦争を現在まで続けてきた。その際、領土以上に争奪の元となったのがやはり、我らハルメニアが持たないあの、蒼魂石だった。

あれは、ただの光る石などではない。エイツェルの報告にあったとおり、我々の常識とはかけはなれた『魔力を内包する石』。しかも小石の大きさで魔導士一人分の魔力を内包するといわれたそれが、山脈以北だけで数百万トン規模で眠っている。

ヘレスネル。アシュヴィンがエグゼキューショナー・ディーネの手引きで目にした、子供から“頸殻”を引きはがす“ネト=マニトゥ”施術の儀式。その理由として敵から聞いた言葉、覚えているかい?」


「は、はい……まあ。

“元々太古の昔、すべての人類は“頸殻”も魔力も持ってはいなかった。

欲望と悪しき意思が、人間に魔力という武器を与え――。力を得た人間の争いは激化し、現在の堕落・荒廃した世界がもたらされた。

だから、世界から魔力を根絶やしにする。人類をあるべき姿に、戻す。その後の世界を、“ケルビム”が管理し理想郷を維持する――。これが我らの目的である”

でしたね?」


「そうだ。“自分たちは都合よく魔力を保有しつつ”ね。技術も人工も歴史もあれば、人間が魔力を持たなくともそれをエネルギー源とした文明が築けると確信を持つ源が、蒼魂石。エイツェルの予感は正しかった。だから人類の『浄化』に彼らは迷わず邁進する。

そこで……サタナエル一族が重要な意味をもってくるんだ。

彼らは、北のドラン高原発祥の少数民族と書物にもあった。その短命かつ不死身の能力を利用され、長く三大州の戦用奴隷として虐げられた歴史を持つらしい……」



「そんな……」


 ヘレスネルは、痛ましさに身体を震わせた。ハルメニア大陸だけではなかった。彼らはルーツであると思しきこのレムゴール大陸でも呪いから逃れられず、差別を受けているのだという事実に。


「それだけじゃなく――。“魔人”ヴェルやレエテの例などを見るまでもなく、彼らは個人差はあれど生まれながらに常人をしのぐ潜在魔力をもっている。

これは当然――“ケルビム”にとっても彼らが看過できない敵であることを示している。

奴らはサタナエル一族の絶滅と、その『肉体の利用』を両立する術をもって、より効率的に目的を達しようとしているのさ」


 云うとレジーナは、机上にあった冊子をヘレスネルに投げて渡した。


 ヘレスネルがページをめくる。速読し素早くページをめくるヘレスネルの白い貌が、みるみる青ざめていくのが分かった。


「……こ……れは……!」


「“アルケー”ティセ=ファルは慎重な女で、万が一にも敵に情報を与えないよう、ここに“ケルビム”の情報にあたる書類は持ち込まず処分していたようだ。が……。

そのアケロン州の情報だけは、完全な形で残っていた。それは、このアケロン州こそが“ネト=マニトゥ”生産の要であり、かつ同時に“エグゼキューショナー”の『製造拠点』であり、日常的に記録・連絡が必要な場所だったからだ」



 ヘレスネルは、なおも冊子から目を離すことができないまま、震えて言葉を返した。


「……よく、分かりました……なんて、惨たらしい……悍ましい……。

想像してはいたことでしたが、やはりサタナエル一族こそが、あの“エグゼキューショナー”の能力の――!」


 その言葉と同時に、レジーナは立ち上がって歩き出し、ヘレスネルの肩を叩いて云った。


「そう、そうだ。そんな悪魔のような所業を平然と行う奴らが、絶大な能力を得て、ハルメニアの大国すら凌駕する国力の国家を意のままに操っている。北の三大州はそんな魔界のような場所だ。

皆今はおそらく、山脈の“監視者”によって苦境にあるだろうが――。本当に恐ろしいのは、その先だ。

その冊子にあるアケロン州王家はティセ=ファルを始め魔導と武の天才を多く輩出していると書物にあった。特に――冊子にも書かれてる州王ヤン=ハトシュは、あまりに危険で異常な男だ。

皆もだが、特にエイツェルや、レミオン達サタナエル一族が危ない。

こうしちゃ、いられないよ。大丈夫だったら、なんて事は云わず直ぐにこの国を発つ。ハルマーにいるジャーヴァルスにも要請が必要だ。シエイエスら主力に合流し、レエティエムとしての総力戦が必要だってね――!!」

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