第十四話 半神半人
前傾で力を溜めたアシュヴィンは、怒りの赴くままに大地を蹴り、二刀を構えて飛び出した。
その攻撃は、現実に「ダレン=ジョスパン」の場所に居たヤン=ハトシュに向けられたが――。
「――!!!」
あまりに凄まじい速度、圧力で背後に迫りくる攻撃を察知したヤン=ハトシュの貌色が、ここに出現して初めて、変わった。
姿が消えて見える超次元の攻撃に対し、慌ててラチェット・ソードで防御するヤン=ハトシュ。その重い刃はアシュヴィンの“狂公”の一撃に対する防御に間に合ったが、僅かな対処の遅れから、押し込みを許した。間合いに侵入を許した“狂公”の刃は、ヤン=ハトシュの貌に達しその頬を水平にざっくりと斬り刻んだ。
「おおお!? 小僧!? オ前!?」
驚愕の表情を刻んだヤン=ハトシュはすぐに凶相に戻り、その圧倒的パワーでソードを振り抜き、アシュヴィンの身体を弾丸のように弾き返した。
アシュヴィンの身体は再び細胞壁に激突し、呻きながら身体を床に沈み込ませていく。
「アシュ……ヴィン……! あなた……!」
驚愕に目を見開くラウニィー。その視界の中でヤン=ハトシュは、緋の目を輝かせ、震えていた。
やがて下がっていた口角が上がる。「喜悦」だ。彼のこれまでの上辺の笑いとは次元の異なる、それは狂喜だった。
「小僧……そうか、そうかお前……! お前があのエグゼキューショナーが云ってた……!
ケハハハハハハハハハ!!!! ハア―ッハハハハハハアアアア!!!!!
凄え、凄えぜお前!!! まだ瞬間的だが確かに、このヤン=ハトシュ様と同じ、“半神半人”級の“異能者”の力をお前は見せた!!!
こいつは世紀の発見だ。今からオレの標的はお前に変更だ、小僧。オレは飢えてんだ! 今までカスしか相手にしてきてねえオレに、本気の剣闘って奴を与えてくれる本物の敵に!! さあ、さあ、さああああああああああ!!!!! やろうぜ、今すぐに!!! 斬り刻み合おうぜ!!! 血を流そうぜ!!!! 肉を喰らい合おうぜ!!!! なあああああああああああアア!!!!????」
もはや目は血走り飛び出し貌は歪み、頬まで裂けた血塗れの口は開き舌が飛び出している。完全なる狂気だ。かつての“剣帝”ソガールも求道者として似た狂気を抱えていたが、ある種健全なそれとはかけはなれた、「血に飢えた悪魔の狂気」。衝撃で正気に戻ったアシュヴィンは、怒りも忘れて身震いしていた。
と――。
アシュヴィンの視界、相対するヤン=ハトシュの背後で――。
信じがたい光景を彼は見た。
魔導義手を戻し構えを取り、なんと「魔導」を充填しているラウニィーの姿、だった。
鬼気迫る凶相のラウニィーは、アシュヴィンに向かって鋭い叫びを放った。
「アシュヴィン!!! エイツェルを!!!!」
そして――規格外にまで高まった掌の中の魔力を、彼女は一気に開放した。
エイツェルが高々と細胞壁に磔にされている、その真下の細胞壁に向けて。最強クラスの魔導を。
「“壊嵐滅烈刃圧殺獄・収束”!!!!!」
ショウジョウ200体を塵にまで屠った、暴風と真空刃の嵐。そのエネルギーを、直径5m台の「砲」と化し、前方一点に指向性を持たせて放出する。
耳をつんざくような大音量を上げ、超砲は細胞壁を穿ち――そのまま肉を削り取るように進み――。
先が見えないほどの長大なトンネルを作り出した。
同時に土台を失い崩れる上方の細胞壁とともに――。
支えを失った大ラチェット・ソードとともに、貫かれたエイツェルの身体も落下していく。
血はすでに止まっているエイツェルだが、まだダメージで朦朧としている。彼女を救出せよ。それがラウニィーの真意だった。
当然の代償として――。大魔力を感知したヌイーゼン山脈がこれに反応し――。
轟音を立てながら細胞壁をうねらせ、立っていられないほどの地震を発生させ始めていた。
このリスクを冒してでも、エイツェルの身柄を救いつつ、脱出口を穿つことがラウニィーの決断した策であった。
アシュヴィンの身体能力であれば――この地揺れの中でも跳躍しエイツェルを救い出す事は十分に可能。
状況を把握したヤン=ハトシュが妨害に動く前に、自分が到達せねばならない。
アシュヴィンは無我夢中で飛び出していた。
落下するエイツェルに猛然と近づき、その身を受け止めようとする。
手を伸ばし、空中を浮遊する細い手を掴もうとする。
だが――。
彼女の身体は、アシュヴィンの目の前から虚しく、消えた。
絶望に振り返るアシュヴィンの視界に、己のソードをしっかり握りながらエイツェルを連れ去っていくヤン=ハトシュの背中が目に入った。
完全に、負けた。この男の速度に、足元にも及ばなかった。
そしてこの男の次の標的は、アシュヴィンではなかった。
己に迫ってくる悪魔の存在、エイツェル救出失敗を認識したラウニィーは、残りの魔力を振り絞り、もう一つの策を実行した。
すなわち、「救い出せる者だけでもここから脱出させる、自分を犠牲にしてでも」であった。
「あとは……頼んだわよ、アシュヴィン。必ずみんなを……必ずエイツェルを救い出して……。
“風送護壁”」
両手から4m大の巨大な「風の玉」を発生させ、一気に両側に放つ。
その隙を逃さず、襲い来るヤン=ハトシュ。
「自分から隙だらけになってくれるとはな。有難く、お前を掻っ攫わせてもらうゼエ!!」
叫ぶとヤン=ハトシュは逆手にもった小ラチェット・ソードを水平にしてラウニィーの鳩尾あたりの胸を撃った。ラウニィーは一瞬で意識を失い崩れ落ち、ヤン=ハトシュの左腕に抱きかかえられた。
「エイツェル!!!! ラウニィー様ああああ!!!!!」
手を伸ばし叫んだアシュヴィンだったが、瞬時にラウニィーの“風送護壁”の内部に取り込まれ凄まじい速度で、穿たれた細胞壁の穴に吸い込まれていく。途中幾人かの兵士を取り込みながら。
それに追随するように、もう一つの“風送護壁”に取り込まれ猛然と並走するガレンス師やヨシュアの姿も見えた。
蠢き轟き揺れ、滅びの様相を見せる山脈空洞内の細胞空間。そこに女性二人を抱えて悠々立つヤン=ハトシュは、笑ってアシュヴィンらを見ていた。
やはり彼はこの山脈を熟知し、このような状況下でも脱出方法を心得ているようだ。アシュヴィンらに追いつけない事は理解しつつも、自身の満足する成果を手にしている事がありありと伺えた。
ヤン=ハトシュは、アシュヴィンに向けて、あらんかぎりの声で叫んだ。
「小僧!!!!! オレは待ってるからな!!!!! 魔導士はもうオレの女だが、この一族の雌を助けたきゃ、アケロン州都ギルディ=デボネアまで来い!!!!!
“一芸に熟達せよ。多芸を欲張るものは巧みならず ”とも云う!!!!! お前のこの後の実力、楽しみにしてルゼ!!!!! ――……!!!!!」
歪み蠢く細胞の影に隠れ、徐々に消えゆく男女の姿。アシュヴィンは涙をにじませながら、手を伸ばして再度叫んだ。
「エイツェル!!!!! エイツェルーーッ!!!!!」