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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第五章 監視者の山脈
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第十三話 父への反抗【★挿絵有】

 ラウニィーの宣戦布告を受けたヤン=ハトシュは、破顔――というのも悍ましい、悪魔そのものの哄笑を浮かべ次なる行動に出た。


 大剣を持ったまま、まるでブリッジの体勢になるがごとくに全身を弓のように反らせたかと思うと、そのまま恐るべき反力を筋肉に漲らせ、大剣を上空に投擲した。


 エイツェルを串刺しにしたままの重量物は、重さを全く感じさせない矢のような勢いをもって飛び、数十m上空の細胞壁に見事に突き刺さった。


「――!!」


 それを視認したラウニィーは彼女を救い出そうと、反射的に“ハートリーフ”の変形触手をエイツェルに向かって伸ばすが――。

 それは当然のように、目に見えぬ力によって阻まれた。

 強烈に過ぎる力で跳ね飛ばされた触手を戻す間もなく、悪魔そのものの天使の貌が、瞬時に間近に迫っていた。


「させるわけ、無いだろう――なあ? 女魔導士。

ほお、近くで見ると、歳は食ってるようだが最上級の別嬪だな。凄え好みだ。オレの後宮に迎えてやってもいいぜ、ンン!?」


 考えるだに悍ましい申し出に対しラウニィーは、射貫くような殺気の視線とともにこれに答えた。


「――死んだ方が、マシだわ。すぐに私から離れなさい!!!!」


 叫ぶと、伸ばさずに保持していた親指部を肥大化させ、ヤン=ハトシュの鳩尾目がけ突き出すが――。その攻撃は虚しく空を切った。

 先ほどと異なり来ると予期している攻撃であれば、ラウニィーの攻撃であっても当てる事は不可能なようだ。


 ヤン=ハトシュは、悪魔の翼のような両腕を拡げ、羽のようにやわらかく、着地した。邪悪極まる笑みとともに。



 最前から、ヤン=ハトシュの出現と同時に――。蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていたヨシュアは、心身にダメージを受けうずくまるアシュヴィンに近寄る事もできずにただ震え、天使を名乗る悪魔に視線を釘付けにされ続けていた。

 18歳のヨシュアはサタナエル大戦の怪物は勿論のこと、それと戦いを繰り広げた師以上のレジェンドの力も、ティセ=ファルのようなレムゴールの怪物の力も目にしていない。

 その彼から見て目前の強大な敵は、同じ人間の範疇ではないまさに高次元の魔神と映った。


(おれは……驕ってた。リヴァイアサンに遭って生き残った自分が、もう何にも動じない胆力を身に着けたって。けど……この化け物を見て、おれは死にそうにびびってる。立ても、しない。

ダフネ様も、云ってたじゃないか……災害よりもさえ真に恐ろしいのは、サタナエルのような「悪意を持つ強者」だって。本当だ。心から思う。こんな奴に、絶対に殺されたくない……助け……)



 ヤン=ハトシュは、左手で一回転させたラチェット・ソードを眼前に水平に構えた。最初に現れたときからそうだが、この男の構えはその異質な得物同様に、正当な剣の型にあたるものからはほど遠い「我流」の極みだ。他流対策としてよく研究してきたラウニィーには分かる。

 持ち方から(たい)の位置から、まるで気の赴くままの児戯であるようにさえ見える。が、その見た目が実際には当てはまらぬ事は証明済みだ。れっきとした強靭な戦闘者エイツェルを背後から鮮やかに串刺しにし、アシュヴィンとガレンス師という一流の剣士拳士を一刀のもとに斬り伏せたことで明らか。それは決して、超常の身体能力という裏付けだけでは成しえない。本能に基づいた実戦の剣を振い続けた結果の、変則の自己流であっても歴とした「剣技」の域にあるものだ。


「――悪いが、そういうお高くて潔癖な性格の女が一番好きなんだよな、オレは。ますます、感じちまうぜ。

ラウニィー・グレイブルク。オレは何がなんでもお前が欲しくなった。その忌々しい左手を斬り落として、お前を生きて搔っ攫わせてもらウゼ!!!」


挿絵(By みてみん)


 ヤン=ハトシュは目を欄々と輝かせ、ラウニィーに斬りかかっていった――。といってもその所作は、到底視認できるものではなく、瞬間移動したかのように彼女の眼前でラチェット・ソードを届かせていた。

 だがラウニィーもまた、この動きに対応していた。左手を狙うソードに対し、触手のようにワイヤー化した“ハートリーフ”で防ぎ、なおかつ撓ませた反動力をもって弾き返す。


 ヤン=ハトシュはソードを弾かれた状態で吹き飛ばされる。が、着地してすぐに跳躍し、エイツェルを救おうとするラウニィーの触手をことごとく弾いた。


「……くっ!」


 悔しさと歯がゆさに呻くラウニィー。ヤン=ハトシュはそれを見、口角を上げてラチェット・ソードを一回転させた。刃がぶれて見えるスピードと驚異的威力によって、半円形を描いた斬撃は彼の右側床面の細胞を広範囲に吹き飛ばした。


「ぬうおおお!!!」


 斬撃の余波を受けそうになったガレンス師が、まだ癒えぬ腹の傷をかばいながら必死で回避する。

 それに目もくれずヤン=ハトシュは、のけぞり見下ろすような視線でラウニィーに向け云い放った。


「悪いがもう、お前にゃ分かっているだろう? 今のオレはまだお遊びもイイところで、本気の欠片も出しちゃあいない。

お前は大した戦闘者だが、最大の武器の魔導を封印した状態じゃ今の力が限界だろ?

諦めて、お前だけオレに投降しろ。そうすりゃあ他のカス共の事は悪いようにしナイ」 


 赤い眼光をぬめらせながら、ヤン=ハトシュはラウニィーの懐柔にかかる。

 この男の云うことは、事実だ。これだけの脅威を示しながらまだ依然本気を出してなどおらず、ハルメニア大陸でも頂点に君臨できる実力を秘めた、神懸った剣士だ。魔導義手のみで倒せる相手では到底ない。

 ――自分一人をこの悪魔に差し出すことで仲間の身を護れるのなら、喜んでそうしたい。だがラウニィーは、見抜いていた。


 この悪魔が言葉どおりに見逃すはずはない。自分に利のない木っ端な人間と見ている以前に、この男は笑って息をするように人を殺せる殺人狂だ。どれだけの大量虐殺になろうとも。ラウニィーがたとえ屈し捕らえられたとしても、ヤン=ハトシュは仲間を皆殺しにするだろう。

 なおかつ、サタナエル一族に対する溢れんばかりの過剰な差別意識。悍ましくもすでに肉体を食されているエイツェルは、彼の家畜とされ地獄を見ることになりかねない。


(取るべき策は――。

二つ)


 ラウニィーは静かに目を閉じた。





 アシュヴィンは、細胞の地面を爪でひっかきながら、ブルブル震えて一点を見つめていた。


 身体が、動かない。動かなければ、ならないのに。


 自分の脇に転がる“神閃”に手を伸ばそうとするが、指先は震えそれも叶わない。


 絶望するアシュヴィンの耳に――。

 

 声が、響いてきた。

 覚醒している状態にも関わらず、「あの」――愛おしい声が。


(――またしても、良いと思った途端ことごとく、余の期待を裏切りおる。お主は。

狼の怪物への勝利及び氣刃の開眼については、見事であった。が、裏切りの大敵取り逃がし、及び今現在の腑抜けた有様は、余の血を継ぐものと到底認められぬ惨々たるもの)


 ハッとアシュヴィンが貌を上げると、そこには――。

 悪魔ヤン=ハトシュと背中合わせになる形で、こちらを真っ直ぐに見下ろす“狂公”――ダレン=ジョスパンの姿があったのだった。


「父…………さん…………」


 以前夢に現れたときと違い、父を見るアシュヴィンの目は怯え濁っていた。

 今の自分が、父に見切りを付けられると確信し、恐怖しているからだ。


(この剣士は、余が手合わせを懇願したいほどの強者。及ばず倒されるは当然で、挑むことはむしろ賞賛に価する。

だが……あのサタナエルの少女に己が傷を付けた、それだけの事で、自責の念に満たされそのザマだ。

愛した女の復讐のため、お主あやつの事は切り捨てたのだろう?

半端者めが……未熟に加え己の信念も貫けず、僅かな負い目で恐怖に囚われ戦場で固まる。

シェリーディアめ、やはりあやつには、無理であったか。育てられなんだか。

たった一つしかない余の遺伝子を甘やかし貶め、ここまでの腑抜けに仕立てた。余の見込み違いであったとしか思えぬわ)


 開いているのか分からぬほど細められた両眼に、確かな苛立ちと怒りを内包した父の、表情。

 その言葉を聞いたアシュヴィンの――背中がピクリ、と震えた。

 そして、夢の時の思慕の表情と正反対の、怒り憎しみの表情で、生きて会えなかった父を睨み返していた。


「僕は……あなたに会いたかったけれど……尊敬もしているけれど……。

僕の事を云うのは、いい。けれど……あなたに僕とエイツェルの何が、わかる。あなたに、苦労して僕を育ててくれた母さんの何が、わかるというんだ。

そういう人だって、厳しい人だって、求道者だって……母さんから聞いては、いた。

けど自分の価値観で……僕の大事な人を貶めるなら……決して許しはしない。

取り消してほしい。今の言葉を」


 そして遂に脇の“神閃”を掴み持ち上げたが、それを構えることなく背の鞘に収めた。

 代わって――。自然と手が伸びていた。腰の“蒼星剣(エペシュトーラ)”、そして「彼」の名を冠する“狂公(ダレン)”に。


(薄甘い、戯言よな。そこまで云い余に歯向かうなら、己の正しさを示してみよ。

「力で」、だ。余のその思想信条は、流石に聞いておろう? あの役立たずの女からな……)


 父からの、さらなる自分への挑発。何よりまたしても彼の最愛の母を侮辱する男に、アシュヴィンの怒りは頂点に達した。


「押し――通す!!!」

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