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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第五章 監視者の山脈
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第十一話 細胞の異変

 *


 同刻、ヌイーゼン山脈「地下」空洞――。


 ショウジョウの集合体を撃破したアシュヴィンらは、負傷者の救護をしつつ先へ進む為の「道」を探した。

 ドーム状の巨大な空間には――。そこから先、進めるような洞や裂け目のような口はなかった。時には悍ましい細胞をかき分けてみたり、切り進めてみたりもしたが、やはりそれ以上の足掛かりを発見することはできない。


「閉じ込め、られた。そういうこっちゃかのお……?」


 忌々し気な表情で、ガレンス師が呟く。アシュヴィンはそれに低く応える。


「そのようです。ここに来るまで他に道もありませんでしたし、完全に手詰まりです。

駄目を承知で、我々とヨシュアの力技で細胞を掘り進めてみますか……?」


 聞いてガレンス師は、破顔した。


「そいつは佳きアイデアじゃのお……。ワシの法力が他流に勝る証明のできるええ機会じゃ。もちろん、ルーミスらのハーミア信徒どもにシュメール・マーナの威光を知らしめるっちゅう意味でもの」


 事態の打開について男達が話し合っている間、ラウニィーは数人の兵士に指示を出していたが、エイツェルの元に戻ってきて云った。


「出口が、ない以上……。やはり掘り進めていくしかないわね。気は進まないかもしれないけど、あなたにも協力してもらわなきゃならないわ。私がなるべく頑張るから我慢して、エイツェル」


 エイツェルは、確かにあの悍ましい壁には触れるのも嫌ではあったが、それ以上に聞き逃せない言葉をラウニィーの口から聞き、問いたださざるを得なかった。


「ラ、ラウニィー様……私が、って……ラウニィー様は魔導が今使えないじゃ……」


 ――と、エイツェルの言葉はそこで、止まった。


 

 異変が、現れたからだ。空洞内に。 

 それも、激震級の。


 彼女が最初に聞いたのは、ショウジョウの悲鳴、としか形容しようのない耳障りな音の集合だった。


 次いで空洞内全体が揺さぶられ――。

 更なる大音量のショウジョウの悲鳴とともに、空洞が天井から、真っ二つに裂け始めたのだ!


「うううおおおおお!!??」


「くっ!!! 気いつけえ!!! 血やら肉塊やら、仰山降ってきよるぞおお!!!!」


 ガレンス師の警告どおり、天井から強引に裂かれた細胞壁から、滝のような血液と細胞塊が降ってくる。

 血液はともかく、細胞塊は相当量の重量がある。下敷きになれば瞬時に圧死だ。


「ぐぎぃやああああああああ!!!!!」


 付近に居る兵士の一人が圧し潰されたらしい、断末魔の悲鳴が聞こえる。エイツェルは顔面蒼白となり、その方向へ向かった。


「ハンス!!!」


 一瞬動揺で我を失ったエイツェルの頭上に――。

 3m台の細胞塊が、迫った。

 1トンは下らない。これを脳天から食らえば、いかなサタナエル一族のエイツェルでも即死は免れない。


「エイツェル、危ない!!!」


 金切声を上げたラウニィー。その彼女の目前で――。


 絶望的表情で上を見上げる、エイツェル。その頭上2mにまで迫った巨大物体が、横合いからの強大な力で弾き飛ばされていった。

 救助の手の元先を確認したラウニィーは、歓喜の声を上げた。


「アシュヴィン!!!」


 そう、アシュヴィンが矢のごとく跳び寄り、“神閃”の突きによる鷲影流断刃術によって細胞塊を吹き飛ばしていたのだ。

 このような時ではあるが、自分を真っ先に助ける行動をしたアシュヴィンに対し、一瞬潤んだ瞳で破顔するエイツェル。



 その時――。


 真っ二つに割れた天井から、「何か」が降りてきた。


 そう、まるで赤く長い舌――のように下に向かって伸びる細胞。その先端に、何か、ではなく――。

 「誰か」が乗っていた。



 場の全員が落ちかかる細胞塊をも一瞬忘れ、頭上に現れたその人物に釘付けに、なった。


 それは、男性であった。年齢はおそらく30前後の壮年であろう。だがそれを読み取るのが少々困難なほど、外見は余りに異彩を放ち同時に恐怖感を感じさせ、一度見たら生涯忘れ得ないほどの強烈な印象を放っていたのだ。


 身長は、180cm強。非常に鍛えられ、かつしなやかさを保った身体は、90kgほどだろうか。細胞の先端で長い脚を緩くクロスさせ、気取ったポーズを取るシルエット。それは黒の革製ブーツとパンツ、胸の開いた黒いシャツ、その上に纏う白地に黒い文様、黒く襟だてた大量のカラスの羽という奇抜な衣装に、異様なほどマッチしていた。そしてまた、衣装の全てはあらゆる場所が白銀のアクセサリーと宝石類で飾られ、想像もつかないほどの高級品であることを伺わせた。


 手には黒皮手袋を嵌め、左手は腰の得物を撫で、右手にはメイン武具であると思われる巨大な得物を持ち振っていた。腰のものは右手に持つものの縮尺をまま小さくしたものだったが――。いずれにせよ異彩を放っていた。まずはその形状。湾曲した刀剣、のように見えるがその実、刀身の中ほどにシャフト連結の回転機能を備えた、魔工具のようだった。回転機構より上は鋭利な刃がラチェット機構により任意の位置で固定されるようだ。現に男も、まるで玩具のようにカチカチと音をたてながら、それを振り回している。

 しかし更に着目すべきは、その巨大さと重量感だった。長さ150cm弱、10~20cmの厚みを備え、それが強化オリハルコン製だったと想定するのならば、重量は100kgに迫る代物だ。そんな重量物をここまでいとも簡単に振る。“サタナエル・サガ”で語られる剣帝ソガール・ザークと同等かそれ以上の、筋力の持ち主だというのか。


 そして――爆炎のように長く20cm以上逆立った赤い髪、その下に存在する、邪悪な貌。

 そう、一見して、邪悪と断言すべきものだった。貌立ち自体は、非常に整っている。鋭利なラインを描く顎、鼻筋の通った高い鼻、秀麗な眉目。だがそれらは全てが端を吊り上げ歪み、髪と同じ色の眉と目については、異常なまでに端が上がっていた。赤銅色の瞳は欄々と輝きぬめり、誰がどのように見ても「善」の兆候を見出すことのできない、完全なる(けだもの)のものとしか見えぬ――。人間が持っていてはいけない「目」であった。

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