第五話 怒れる神
左右の軍勢と、ショウジョウの激突はすでに始まっている。怒号、鳴き声、爪と剣が切り結ぶ音、肉が切り裂かれ、血が飛沫く音、そして断末魔。ありとあらゆる生々しい音が戦場を埋め尽くしている。エイツェルも緊張に貌を引き締めながら、結晶手を構える。ラウニィーが魔導を発動するまでの間、彼女を敵から護らねばならない。時間を稼ぐ事ぐらいは成し遂げなければならない。
やがて馬車の右側から――誘導されてきたショウジョウの一団の一部がなだれ込み、エイツェルの視界に入る。
「ギイエエエエアアアア!!!! 」
独特の耳障りな鳴き声を上げ、飛び掛かってきた一体のショウジョウ。
エイツェルは目を光らせて鞍の上に半身になり、結晶手を振りぬこうとした、その瞬間。
突如ショウジョウの顔面が縦二つに割れ、耳障りな鳴き声が止まった。そして同時に血飛沫とともに崩れ落ちていく敵。
呆気に取られるエイツェルの前で――。さらにその向こうに居たショウジョウ10体ほどが、ほぼ同時に同じ状況にて肉塊と化し滅びた。全く動きを捉えられないその所業の主は、ようやく20mほど先で一瞬、空中でその姿を表した。
「――アシュ――ヴィン!!」
目を丸くして呟くエイツェルの目に一瞬捉えられた、翼を拡げた鷲のごとく跳躍する――アシュヴィンの姿。
拡げた両手に持つ双剣は人智を越えた速度で斬り刻んだ敵の血に塗れ、そしてアシュヴィンの貌色は相変わらず極めて悪く、圧倒的強さも相まってぞっとする禍々しい姿に感じられた。
しかも、エイツェルの目が確かならば――。彼は嗤っていた。
残虐な光をたたえた目も、口角の上がった口も。
それら目にしたもの全ての衝撃に、エイツェルは極限まで青ざめていた。
一瞬動きを止めてしまったエイツェルの背後から、ラウニィーの鋭い声が響き渡った。
最終兵器を発動する、警告の声が。準備が、整ったのだ。
「皆!!!! 撃つわよ!!!!
今すぐに!!! 耐魔し、退避なさい!!!!
――“壊嵐滅烈刃圧殺獄”!!!!!」
叫びとともに――。
兵器は、発動された。
まず訪れたのは周囲100mにも及ぶ、信じられないような魔の“圧力”。エイツェルは内臓が一瞬ですり潰されたようなプレッシャーを受け、思わず胸を押さえて悲鳴を上げた。
次いで、両翼から一か所に固まって集められたショウジョウの軍団の周囲に立ち上る、天を衝くような高さの直径10m以上の竜巻数十個。それらがうねりを上げ、鼓膜を破るような暴風音を立て、周囲から一斉に襲い掛かるように敵団との距離を詰めてくる。
恐慌状態に陥るショウジョウ達は、その後すぐに――。
竜巻の姿を解き、巨大な帯状の真空刃となった攻撃に、「砕かれるように」斬り刻まれていく!
雲霞のごとく存在していた200体のショウジョウどもを何ら問題とせず、数十の巨大刃は見るも無残な断裂肉塊を無数に造りだし、血飛沫を上げ――断末魔の状況を造りだした。
その間、僅かに2,3秒ほど。
あらかた敵を斬り刻んだ真空の魔刃は、次いでさらに姿を変え、血に薫る阿鼻叫喚の地獄を包み込む――直径100mという途方もない「風の球」となった。
そして次の瞬間――。密閉された内部を真空に変えたのだろう、肉塊は次々に爆ぜて血煙へと変わってゆき、球内をもはや到底直視できないような赤黒い状態へと変えた。
そして最後に――。
風の球は急激に内部の気圧とともに圧縮され、悍ましい残滓の体積を小さく、小さく縮めていき――。
最後に消滅した球のあった10mほどの範囲に、圧縮されたそれは赤く黒く地に降り注いだ。
そのあまりの悍ましさに目を背けたエイツェルの目は――。
地獄を造りだし、強力な種族を虫けらのようにすり潰した女王――ラウニィーの姿を捉えた。
「ラウニィー様……す――凄い――。凄すぎる……!!」
彼女はあれだけの奥義を放った直後でありながら、息も上がっていない。そして黒の義手を前に伸ばしたままの超然とした姿で、馬上から己の攻撃の結果を見つめていたのだった。
エイツェルは“アルケー”ティセ=ファルの魔導攻撃を一度だけ受けた。かの敵の打壊魔導に似通っている部分はあるが――。おそらく攻撃範囲、汎用性、多段攻撃による徹底的な破壊、次いでに云えば残虐性という面においてティセ=ファルを上回っている。
ラウニィーが敵でなかったことを、真に神に祈りたい心持ちとなったエイツェルだった。
ラウニィーは大きく息を吐くと、周囲の味方を見回し確認した。エイツェル、そして左翼から駆け付けたアシュヴィンとヨシュア、右翼にいたシュメール・マーナの祖ガレンス・マイリージアス師を初めとする戦士らに大きな被害がないことを確認し、安堵に胸をなでおろした。
そして全員に向けて、云った。
「皆、無事でよかった。少し遅れをとってしまったけれど、シエイエスやシェリーディア、ルーミスが率いる先頭・中央馬車隊を追い、合流するわよ。もう彼らも異変を感じとって待ってくれているはず。これ以上心配させられないわ――」
そこまで云ったラウニィーの言葉は、強制中断させられた。
さらに新たな異変を、感じ取ったからだ。
「え……!! じ……地震!?」
エイツェルが口を開く。そう、明らかに、地が大きく揺れている。
馬車の荷が傾きを繰り返しながら鳴り、馬も人間も、立っていられないほどに揺さぶられているのだ。
エイツェルは即座に、彼女にとって最も大事なアシュヴィンの方を見たが――。
俄かに信じがたいことに、自分と同じく膝をつくアシュヴィンの姿は、明らかに先程の「3倍」ほど遠くの30mほど先にあった。
片や、同じ距離自分と離れていたはずのラウニィーの姿は、「近づいてきていた」。
「ど――!!
どういう、こと!? 地面がまるで、『波』のようにうねって――? いえ、というよりも、この感じ――!」
あまりの事態に流石の動揺を隠せないラウニィー。そう、彼女の云うとおり、地面はまるで波のようにうねって左右、そして「上下」に大きく変化を繰り返していた。もう目の前の馬車は5mほども持ち上げられ、そして落ちるを繰り返す。
さらにラウニィーが感じた違和感。それは、この大地が――。
変化するごとに「皺」が寄り、そして伸び、緊張、弛緩している。その様子がまるで――。
「人間の皮膚」、のように感じたことだった。途轍もない、馬鹿げたとしかいいようのない巨大な「誰か」の。
その感覚を感じたのとほぼ同時に――。
「皮膚」、いや大地は、突如極限まで、「窪んだ」! 谷のように。
「き――いやあああああああああ!!!!!」
「――うっ!!! おおおおおお!!!!!」
「ぬううおおおおおおお!!!!!」
「ああっ――!!!」
馬車、馬、そしてレエティエムの戦士達は――。
急激に開口した高さ数十mもの、底の見えない「奈落」へ――。
真っ逆さまに落下していったのだった!




