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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第五章 監視者の山脈
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第三話 悪魔と神弓

 そこには――広大な、「地獄」が広がっていた。


 正確には、世の概念で地獄とされているもの。

 上空を紫の霞が覆う薄暗い、草木一本生えぬ石くれと岩のみの、山々――。無機質な地面の裂け目からは絶え間なく高温のガスが噴き出し、異臭を放っている。

 そして、霞む暗い空気の中を跳梁跋扈する、得体のしれない不気味な怪物達――。

 地の底か、世界の果てか、世の終わりか。いずれにせよ平穏と最も縁遠い情景。


 この荒涼たる風景を眺める、黒衣の男と巨馬が居た。

 男は人の姿を取ってはいるが――。この風景にある意味似つかわしい、人智を超えた雰囲気と迫力、眼光を備えていた。魔導士がここにいれば、彼に意識を向けた瞬間失神しかねないほどの人外の魔力を感じたことであろう。

 彼は火のついた葉巻を咥え、巨馬の上で一人笑みを浮かべながらこの情景を眺め続けていた。


 そしてややあって、その口が開かれる。


「相変わらず、心安らぐ場所だよなあ。俺はここが本当に好きでな。数え切れねえぐらい通い詰めてんだが……。おたくはどうだい、このヌイーゼン山脈は。

なあ、レアモンデの兄ちゃんとこの、エグゼキューショナーさンヨ……」


 彼が声をかけた、後方。

 そこにはいつから居たものか、人外の巨躯がひっそりと佇んでいたのだ。


 黒と白銀の結晶で構成された、しなやかで筋肉質な狼の巨体。その頭部にあたる場所から生える、紫の長髪をなびかせる男の身体。


 ダルダネス“アルケー”の配下としてふるまい、その実シエラ=バルディ“ドミニオン”の傘下であった者。

 フィカシュー・ガードナーであったのだった。


「拙官は――故郷シエラ=バルディの海が嫌いですが、かと云って岩ばかりの山も好きませぬ。

かつ緑と静寂に心の安寧を感じるゆえに、この風景には嫌悪感を感じますルナ、“不死者”ドラガン」


 フィカシューの丁寧ではあるがにべもない返答を受け、巨馬の男“不死者”ドラガンは肩をすくめて云った。


「何だよ、今回はまた一段と刺々しいってか、つれないじゃねえか。

まあ約束を果たしに律儀に来てくれたし、おたくに対しちゃあ礼しかねえがな、俺としては。

――ところで、ハルメニアのお客さん方がこの山脈に来てることは当然ご承知だヨナ?」


「――然り。ですが今は、奴らと事を構える積りは拙官にはございませぬ。

“バハムート”ら仲間も居りませぬし、何より――。

この地はアケロンの、“エクスシア”の領域でございますゆエニ」


 フィカシューの応えを聞いたドラガンは、口角をさらに上げて云った。


「ああ、そうだなあ――。

ヤン=ハトシュのイカれポンチも、おたくらから情報を得ちまってるからなあ。感じるぜ。この山々の至るとこにあいつの手の者が潜伏してやがるのがな。

ただまあ、ここいらじゃあいつらにしたって只の『虫けら』にすぎねえ。あんま大ぴらな事はできねえだろうガナ」


 ドラガンの言を聞いたフィカシューは、表情に緊迫の度合を増しながら答えた。


「左様。『虫けら』を踏み潰す者――“監視者”の影響がいつ及ばぬとも限りませぬ。用件は手短に済ませたく。

約定の件お伝えしましょう。拙官が知る、シエラ=バルディ王家が抱えし秘密につイテ――」


 語り始めるフィカシューに対し、望む本題へ目を輝かせるドラガン。


 二人の人外の存在の奇妙な会談はやがて、勢いを増したガスの噴出する音にかき消されていったのだった。




 *


 ヌイーゼン山脈、山麓。


 交易に使用される街道、とダルダネスで聞いていた道の前まで到達したレエティエム一団。

 入手した地図や地誌でも間違いはない場所だった。だがそこは整備されているなどとはほど遠い、岩で荒れた急斜面。山肌には、ハルメニア大陸のアトモフィス山脈同様に一切の緑が無かった。そして裂け目からは間断なくガスが噴き出しているのを視覚、聴覚、嗅覚で確認できる。


「……とんでもねえ、場所だな。それでいて山頂に近づけば近づくほど気脈が極度に濃くなり、魔導を使える人間ほどやられて弱ると来た」


 手をかざして、霞む山頂に目を向けるレミオン。エルスリードが同意する。


「ダルダネスがここを隔てて他所とほぼ断絶してしまっているのも、頷けるわよね。私達魔導士、上に行けば行くほど役に立たなくなるということだから、不本意だけれどあなた達に頼るしかないわ。よろしく頼むわよ」


 レミオンに声をかけたエルスリードだったが、斜め後方からイシュタムと思しきぞっとするような視線を感じて思わず口をつぐんだ。

 すると、逆の方向から彼女に話しかけてくる者が居る。


「――やー、可愛い子が可愛いこというと、ほんと愛おしくてたまらないよねえ!

護ってあげたくなっちゃうなあ。ねえエルスリードちゃん、エイツェルちゃんと一緒に僕ら兄弟と行動しない? 安全は保証するし、僕らと一緒に居た方が絶対楽しいって。ね??」


 高音の声と、軽薄な口調。

 “双星”の兄、ミネルバトンだった。その後方では、窘めるのも疲れたとでも云いたげな様子の双子の弟、フォリナーが額に手を当ててため息をついている。

 女性かと見まがうような美貌に人懐こい笑みを浮かべたミネルバトンは、多くの女性を虜にし、通常であれば否と云わせない輝かしい魅力を振りまいていたが――。エルスリードの心には届かないようだった。


「私は、楽しむような軽い気持ちで今回の作戦に参加してないわ、ミネルバトン。

お師匠ミナァン様への恩義や大導師府“許伝(アインフル)”同期の誼はあるけれど……あなたと一緒に行動するのは遠慮しておくわ」


「えー? そんなつれない事云うなよー? ほんとの本当に、僕ら気脈に近づいても大丈夫なんだってー。サッド様と一緒の必要はあるんだけど――」


「おい、ミネルバトン。てめえ、いい加減に――」


 しつこく食い下がろうとするミネルバトンに、レミオンが割って入ろうとしたその時。



「レミオン、危ない!!!」

 

 それまで黙っていたフォリナーが、突如発した鋭い声。

 レミオンはしかし同時に、己の背後、というより頭上から迫る――強力な魔力と殺気を感じていた。


「ギイエエエエアアアア!!!!」


 結晶手を発現させて後方上部を振り仰ぐと、そこには――。

 彼を襲撃しようとする二体の怪物が叫び、凶相とともに降り注いてくる姿があった!


 すでにダルダネスで情報を得ていた、ヌイーゼン山脈で最も多く出没する怪物、ショウジョウだ。

 体長は2mほど、ハルメニア大陸でいうトロールに似た大猿のような容姿。大きく黒い目が3つ、角ばった頭部の中央に位置し、大きな牙を持つ大口が開けられている。トロールよりは細身で手足の長い、四足歩行と見える暗灰色の毛むくじゃらの身体。力は強いとまでいえないが、集団や不意打ちで襲い掛かられると、手練れの戦士も命を失う強敵であるとのことだ。

 この二体は頭上の岩に身をひそめ、人間の往来を待っていたと見えた。むき出しの爪と牙を向け、レミオンに真っ直ぐに襲いかかってくる。


 しかし――その姿は即座に、彼の眼前から遠のいた。


 まるで城門破壊槌で殴られたように、激烈な衝撃で後方へ吹き飛ばされたのだ。鮮血を噴きながら、二体まとめて。

 その身体には、二体を串刺しに――恐ろしく太い矢が二本、揃った形で貫いていた。

 吹き飛んだ先の岩で、凄まじい衝撃とともに胴体臓腑を四散させながらショウジョウ達は絶命した。


 その威力、攻撃手段――。居合わせた者は、それが一体誰の仕業によるものか確実に理解していた。そして青ざめた貌で恐る恐る、その人物の方を見た。


 そこには、手に恐るべき剛弓を番えた女性――イシュタム・バルバリシアの姿があった。

 前髪の間からぞっとするような殺気の眼光をショウジョウの死骸に向け、細いながら筋肉の束のような両腕を降ろして大きく息を吐き、弓を背中に戻した。

 その弓は――この世にたった一つしかない、アダマンタイン製の――伝説の神弓。


 レミオンは、ひきつった笑みを浮かべながらイシュタムに云った。


「あ……あ、ありがとよ、イシュタム……。おかげで……助かったぜ」


 イシュタムはそのレミオンをじっと見つめた後、無言のまま振り返って場から去っていった。

 その驚異の弓術と強さもさることながら、己への曲がった妄執にさらに一度背筋を凍り付かせるレミオンであった。


 

 その様子を、離れて見ていた二人の人物がいた。


 シェリーディアと、ルーミスである。

 どちらもその表情は強張っていた。やがてルーミスが口を開く。


「神弓“神鳥(ガルーダ)”……。本当に掘り起こしていたんだな。

正直16年経った今でも、あれを見ると心底ぞっとするな、シェリーディア」


 そう、その巨大弓こそは“神鳥(ガルーダ)”。

 レエテの実母、レミオンの祖母にあたるサタナエル将鬼――サロメ・ドマーニュがかつて用いた地上最強の弓、神器。純戦闘種として神魔の強さを誇ったサロメは、これを用いてルーミスとシェリーディア、レエテを極限まで追いつめた。その時の絶望感はトラウマとなって、今も生き永らえている二人のトラウマとなっていたのだ。

 シェリーディアが憂いを含んだ表情で答える。


「ああ……グラン=ティフェレト遺跡の瓦礫の山をかきわけて、レエテとアタシで掘り出した……。

元々はサロメの遺体発掘が目的だった。あいつの白骨化遺体は、セーレとともに掘り起こされた。母親の遺体を見たときのレエテの悲しそうな泣き顔は……未だにアタシの心に刻みついてる。

その墓標への埋葬作業と並行してあの弓をな。さすがはアダマンタイン製、本当に傷一つ付いちゃいなかった。あれの扱いは知ってのとおり大分議論があって、結局元の連邦王国に返還されたが――扱える人間が永らく現れなくてね。

が、大陸久々の純戦闘種として開眼した、あのイシュタムが継承したってわけさ」


 ルーミスが頷きながらそれに言葉を返す。


「あの恐るべき技“倍弦弓射三連(スペルレンフォーサー)”を使いこなしているほどだし、 純戦闘種としても能力はずば抜けているようだ。納得の人選だな」


「まだサロメのように3本は打てなくて2本だけどね。教えたアタシの実感としても全く頼もしい限りの天才さ。暗殺者としての素質もね。まあ性格に難ありなとこはあるんだけど……根はいい子さ。目をかけてやってくれると嬉しいね」


 危機も去り、行軍を再開したレエティエム。シェリーディアとルーミスはかつての戦友同士として――。レムゴールにおいて今後サロメのような魔物が現れないことを、内心同じく天に祈っていたのだった。

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