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レムゴール・サガ  作者: Yuki
第一章 受け継ぎ、道を拓く者達
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第九話 燃え上がる愛と、罪悪の心

 *


 レエテからレミオンへの、(コア)継承の成功より、早くも一年が過ぎ去っていた。


 ――アトモフィス自治領首都レエティエム、伯爵居城。


 中庭にある、芝生生い茂る広大な庭で、アシュヴィンとエイツェル、レミオンがボールを使い遊んでいる。

 12歳と11歳になる彼ら子供たちは、成長するにつれて恐るべき身体能力を次々獲得していったが、内面はまったく普通の子供と変わりがなかった。そして性格はまったく違うが、上手くしたものでそれぞれが適度に役割のようなものを負って、とても仲良しだった。

 

 その光景を中庭のあずま屋から見守る、彼らの親である二人の大人。

 安楽椅子に腰掛け、テーブルで向かい合って酒を傾けるシエイエスとシェリーディアだった。

 彼らはマルクの勧めで、多忙な中1日だけの休暇をとっていた。その貴重な時間を、普段はブリューゲルとアニータにまかせている子供たちと共に過ごすのに当てているところだったのだ。


「元気でいいこったね。アタシらも忙しいのにかまけて、最近こういう日常ってやつを疎かにしてたのを実感するね。……ああ、アシュの奴、そこで遠慮せずにガツンとやってやりゃあいいのに……!」


 空になったシエイエスの杯に葡萄酒(ワイン)を注ぎながら、シェリーディアが云う。


「まったくだ。俺たちももうちょっと他人を頼って、子供たちと過ごす時間を増やさないとな。

アシュヴィンはとにかく控えめな奴だからな。うちのレミオンが主張しすぎてるのは俺もエイツェルも注意してるんだが……すまないな。いつもあれだけ貢献してくれているお前の、一番の大事な息子だというのに」


 杯を口にしながら返すシエイエスに、貌を染めながら応えるシェリーディア。


「そ……そんな……。それを云うのは、アタシの方だよ……。レエテがいなくなってもアタシをアトモフィスから追い出さず、こんなに右腕として重宝してくれるだなんて……感謝してる。本当にありがとう、シエイエス……」


 これにシエイエスは優しい笑みで言葉を返す。


「何を云ってる。お前は確かにレエテの友人としてアトモフィス(ウチ)に来てくれたのかもしれないが――もう10年も一緒に生活してる『家族』を、俺が追い出す訳がないだろう。アシュヴィンだって父やお前譲りの見どころのある凄い子だし、俺は実の息子同然に思ってる。お前も同じように思ってくれたら嬉しいがな」


「そ……!!! ……う……うん……そう……思ってる。

シ……シエイエス……あの……アタシね……」


 控えめに何かを口にしようとするシェリーディアだったが、シエイエスが自分の方を向いてくれるのと同時に――。彼の足にボールが勢いよく当たった。そしてそれを追った子供たちが一斉に寄ってきたことで、口をつぐんでしまった。


 まず走りよってきたのは、レミオンだった。


「ああもう!!! そこじゃまだよ、おとうさん!!

せっかくおれが、アシュヴィンのやつからボールをとってきたのにさ!!!」


 褐色の貌を土と汗まみれにしながら、大声で父に抗議するレミオン。


 彼はおよそ一年前の、あの悪夢のような(コア)継承、捕食の時から身体も精神も成長を遂げていた。


 レミオンは――。あまりの激痛のショックからか、その時のことを全く記憶に留めていなかった。

 無事母親から「生命」を継承し、別室で目を覚ました彼は、レエテが死して自分が大声を上げて泣いた瞬間から先のことを覚えていなかったのだ。


 そのためシエイエスは、あえて事実を伝えることをしなかった。いつかは話さねばならないだろうが、この時は母親を亡くしたショックで気を失ったのだという事実で通すことにしたのだ。


「それは邪魔をして悪かったな。だがレミオン、お前はもう少し、友達を大事にすることを覚えなければならんぞ。どうしてアシュヴィンに辛く当たるんだ。フェアに相手を尊重して仲良くやれ。あいつはお前にとって――」


「あああ! せっきょーはもういい!! おれもう、行くから!!!」


 父親の小言を最後まで聞かず、レミオンはボールを持って走っていってしまった。


 仲間のもとに戻ったレミオンは、早速姉エイツェルからも脛に蹴りを入れられた。


「いてっ!! いてーじゃねえか、ねえちゃん!!!」


「このバカ、バカ、バカ!!! 前におとしたボールをまた拾ったら、はんそくだって何度もいってるでしょーが!!! せっかくアシュヴィンのチャンスだったのに! あの子がとるとこ見たかったのに!! このこのこの!!!」


「もういいよ、エイツェル。レミオン。つぎこそは、ぼくが取るよ」


 静かに闘志を燃やすアシュヴィン。彼らが遊戯にしている闘球は、パワーもスピードもテクニックも全てが実力になりうる、戦闘者にとって最適な球技だ。アシュヴィンは彼の父親から譲り受けた最高のスピードに加え、パワーも兼ね備えている。レミオンも反則を用いなければ簡単には勝てない相手なのだ。


 シェリーディアは愛息子の凛々しい姿を見て滾り、立ち上がって声援を送った。


「頑張れ、アシュ!! アンタはお父さんとお母さんの子だ! 必ず勝てる! その悪ガキをけちょんけちょんに負かしてやんな!!」


 大の苦手である女性の大声を聞いて、身体がビクッと震え、泣きそうな貌になるレミオン。そこに向かって、アシュヴィンはフェイントを交えたタックルを仕掛けていった。



 *


 そして時刻は夜半。子供たちが寝入ったことを報告に来たブリューゲルを送り出し、伯爵居城のシエイエスの執務室に居るのは、彼とシェリーディアの二人きりになった。


 向かい合わせになったソファに座り、二人は昼間の続きで酒を酌み交わしていた。シエイエスはショットグラスでストレートの麦蒸留酒(ウイスキー)を。シェリーディアは一番好きな麦酒(エール)をタンブラーで。 

 大の酒好きだったレエテが亡くなって以来、時折こうしてシエイエスの晩酌相手として、シェリーディアは執務室を訪れていたのだ。


 だが今夜、シェリーディアの心の裡は、いつもに増して穏やかではなかった。

 昼の、シエイエスとの家族水入らずでのリラックスした場。そこで感謝とともに初めて、自分のことを家族だと、大事に思っていたから側に置いてくれたと聞き心中がざわついていたのだ。


「――アシュヴィンの奴はすごかったな。見事としかいいようのないタックルと華麗な動きだった。さすがは『あの方』の子だ。お前の筋力も受け継いでいて、あれは本当に最高の戦士になる」


 シェリーディアは少し上の空で、己の愛息の褒め言葉に応える。


「ありがと……けど負けて泣いてて、ちょっとレミオンの奴が可哀想だったな。あいつもフェアに本気を出したら、あの凄えパワーだし、誰もかなわないはずだからね……」


「お褒めにあずかり恐縮だな。あいつはエイツェルが抑えてくれるから今の所無茶はしない。エイツェルも……面倒見のいい姉と自分を意識してるからか、自分を出さない所がまだまだあるな。あいつも、サタナエル一族最高クラスのスピードの持ち主だった女性を母に持っているのにな」

 

「レエテの……義妹だったっていう彼女か。レエテもあんなひどい本拠で子供時代を送ったっていうものの、ちゃんと遊べる幼馴染はいたんだもんね……。ノスティラスから、彼女の遺体を引き取れたのは本当よかったね」


「ああ、レエテも義妹(ビューネイ)と隣の墓に眠れて、本当に喜んでいるだろう」


 そして、小さな円卓上にグラスを置き、麦蒸留酒(ウイスキー)の瓶に手をのばす。



 自分の前に伸びてきた、シエイエスの白い逞しい手を見て、シェリーディアは心臓を跳ね上がらせた。


 やや目を上げると白く長い頭髪、眼鏡をかけた精悍な美貌が目に入り――。それは瞬時にシェリーディアの貌と脳をアルコールよりも強力に煮立たせた。



 ――だめ。


 だめだって、心の中に云ってる。今まで何度も、何度も。


 けれど今日、このひとは自分のことを家族だから、大事だから近くに置いてくれてると云った。もちろん子供たちのことはあるにしても。


 もしかしたら――。もしかしたらこのひとも――。

 少しは、「そう」思ってくれているのかもしれない。強い思いの中に、一条だけでも。



 心中で、葛藤とかすかな期待が交錯し続けたシェリーディアは、もう己の中の衝動を留めることができなくなった。


 シェリーディアの白く長い指は、思いが募るままに――。

 シエイエスの手に、甲の上から、触れてしまった。



「…………シェリーディア…………?」



 シェリーディアは震えていた。シエイエスの問に対してではない。留めることができない自分が怖かったからだ。

 そうしている間にも、シエイエスの手に触れるシェリーディアの手は両手になり、愛おしそうになでる動作に変わっていた。


 彼女の唇は自分の理性とは無関係に、言葉を発していた。



「シエイエス…………。あ……あ、アタシ…………実は……。

もう……もう、何年も前から…………アンタの…………こと」


 

 そして円卓に乗り上げるほど身体を寄せ、シエイエスの貌に額が触れそうなほどに己の貌を近づける。


 貌にかかるシェリーディアの髪、潤んだ青色の瞳、かかる熱い吐息。


 これまでに見たことのないほど間近に見る、可愛らしく美しい貌を見つめたシエイエスは、ついに――。


 己も衝動を押さえきれなくなったがごとく、空いた手をシェリーディアの頬に当て、やや荒々しく――。唇を重ねたのだ。

 


「んん…………ん……」



 恍惚に溶けていくシェリーディアの両目。

 

 彼女の身体は円卓を倒して引き寄せられ、そのままソファに横たえられていった。


 ボディスーツを脱がされていく感触を感じながら、このときだけは、彼女は己の情熱に身を焦がしていったのだった。



 *


 夜も白み始めた、執務室内。


 部屋の隅の簡易ベッドで、裸体の上に布団をかけた状態で横たわる、シエイエスとシェリーディア。


 二人は互いに長く相手がいなかった隙間を埋めるように、激しく長く、何度も愛し合った。


 そしてその熱い情熱が尽きた今、身体を寄せつつも二人の表情は暗く重々しかった。



 シエイエスが、口を開く。


「すまない……シェリーディア」


「なに、云ってるの……。悪いのは、最初に誘った、アタシのほうだよ……。ごめんね」


 そしてシェリーディアは、シエイエスの頭の両側に手をついて、彼を見下ろした。


「アタシ……決して、ダレンのことを忘れたりだとか、もう愛してないわけじゃない。

意識したのは、子供たち同士大きくなった――4年前ぐらい。

家族に囲まれて、レエテとあんなに相思相愛のアンタが、すごく眩しくて、きれいで、男らしくて――。そう思って……レエテには申し訳ないけどシエイエス、あんたのことをアタシどんどん好きになっていって……。

レエテが亡くなってからも、その悲しみもあったしずっと抑えてた。愛してるダレンのこともずっとずっと……考え続けてた。

けど……もう、自分を偽れない。……今はもうアタシ、アンタが好きなの……本当に大好き。愛してる……愛してる……」


 こみ上げてきた想いをこらえきれなくなったように、シェリーディアは両手でシエイエスの頭を掴み、情熱的に唇を重ねてきた。しばらくなすがままにそれを享受していたシエイエスは、そっとシェリーディアの身体を離した。そして彼女の両目を見つめて云った。


「俺も、レエテを未だに愛してる。世界中の誰より。それはこの先も変わることがない、と思えるほどに。

この一年、あいつが死んだこと、凄惨な(コア)の儀式があったこと、その後にあいつがいない生活が続くこと。精神を病みそうになって、ひたすら仕事に没頭した。継いだ伯爵位をまっとうする以上のことに邁進した。

そうして駆け抜けてきて、今ようやく心の安寧が訪れた気がする。

そしてそうなれたのは、シェリーディア。有能すぎるお前が俺の右腕になってくれたからだ。

感謝とともに、この女性が改めて、家族同然の存在だと思った。昼間云ったことは本心からだ。

だから俺も最近――お前のことは、気になり始めてはいたんだ。

こうして胸に抱いてみると――自分が思っていた以上に、俺はお前に愛情をもっていたのだということを知ったよ……。

俺も、愛している、シェリーディア……」


 シェリーディアの想い人、元エストガレス王国公爵、“魔人”すら凌駕した大陸最強の剣士。“狂公”ダレン=ジョスパン。


 シエイエスの想い人、レエテ。


 互いに、大事な人を失った。その悲しみを持ち続けると同時に、愛情も決して失ったわけではない。


 だがそれを共有し、補い合ってきたからこその、関係。彼らにしかわからない感情というものも、また真実。それも誠の、愛。


 秘めてきた愛情を解放した彼らは、また力を得たかのように、身体を重ねて愛し合うのだった――。

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