国王の招待
清々しいシルヴァニアの朝。
先日、濃厚な対談をしたガイアス達は、少し遅めの朝食をとっていた。
「ではナレストには僕から子細を報告しておきます。」
「ギルドには俺が報告する。」
「では私は国王に報告してきます。グラナード殿、ガイアス殿と協力出来るとなれば、間違いなく賛成してくれるでしょう。」
三人は話し合いの結果、三人で各地を回り魔人の動向を探ることにした。
自分達だけなら身軽に動け、各国に転移魔法陣を置けば、有事の際には駆け付ける事が可能なこと。
万が一魔王に遭遇したとしても、三人いれば討伐出来る可能性が高いこと。
現時点で最も効率の良い策だと結論を出したのだ。
「問題はどこから回るべきか…だね。」
「北だ。まずは北の港を調べる。」
メイド達が開いた扉から、いつにも増して輝かしい美貌の笑みを浮かべたユノが姿を現した。
「どうした。朝から呆けた顔をして。」
「あ、いえ、もうお体はよろしいのですか?」
「あぁ、むしろ調子がいいくらいだ。」
グラナードだけではなく、ガイアスやアレンにもユノから溢れる清廉な魔力が感じられる。
その影響なのか、腰に下げた鞭の所々から、小さな青薔薇が咲いていた。
「ふふっ、お前も力を持て余しているらしいな。私もお前を振るうのが楽しみだ。」
そっと柄を撫でてやれば、また一つ青薔薇が咲く。
どうやらこの鞭は魔剣ならぬ魔鞭だったらしい。
「まったく、どこでそんな物騒な物手に入れてきたんだか。ま、ユノ様が絶好調みたいで安心しましたよ。」
「心配をかけたな、レオ。」
「…別に、これも従者の務めっす。」
「弟弟子だろう。」
メイドが用意した席に座り、薔薇の香りの紅茶に微笑む。
どうやら随分とご機嫌らしいユノに、三人はとりあえずほっとして話を戻した。
「ユノ、北の港からというのは?」
「魔人達がナザークに上陸するなら、北の港からになる。現状どれだけの数が上陸したかは分からんが、これから先上陸する魔人達を手引きする者が、必ず潜んでいるはずだ。まずはそこを潰す。」
「それって、ミズリーさんも手伝ってくれるってこと?」
レオの反応を見ながら問うグラナードに、ユノは瞳を細めて妖しく微笑む。
「我が夫候補達が困っているのだ。妻として夫を助けるのは当然だろう?」
ゾクリとする程の妖笑に、思わず視線が釘付けになる。
一体寝込んでる間に何があったのか…とグラナードを見るが、首を横に振っていた。
「レオ」
「はいはい。メイドさん、悪いけど至急五人前追加で持ってきてもらえるっすか?」
「えっ⁉︎か、かしこまりました。」
広いテーブルに所狭しと並べられていく朝食を、ユノは優雅な手つきで食べ始める。
その細い身体のどこに…と問いたくなるほどだ。
食べては皿を下げ、また並べ、ペロリと五人前を平らげたユノの前に、苺のソースがかかったヨーグルトが運ばれて来た。
「お待たせしました。デザートで、きゃっ‼︎」
忙しなく給仕していたメイドが足を滑らせて、ヨーグルトが宙を舞う。
メイドは自分に襲うであろう痛みと、あってはならない失態に思わず目を閉じた。
ベシャッ…
ヨーグルトがユノの胸元を濡らし、黒のビスチェを白く汚す。
が、その細く白い腕は、メイドの身体を支えて抱き止めていた。
「あ…わ、私…」
「大事ないか?」
「も、申し訳ございません‼︎アレン様の大切なお客様に、なんて事を…」
「気にするな。お前の服も汚れてしまったな。」
ガクガクと震えていたメイドの目が、ユノの優しさを前にハートに変わる。
「あはは…メイドさん、ユノ様を浴室に案内してもらえるっすか?」
「はい‼︎喜んで‼︎」
喜ぶ事じゃないだろう…と内心で突っ込む三人だが、振り返ったユノに言葉を失った。
胸の谷間に乗っかっているヨーグルトを指先ですくい、ペロリと赤い舌が指を舐める。
貴族令嬢にあるまじき行為だが、なにより視覚的に色々とマズイ。
ユノがメイドに連れられ浴室に向かうのを見送ると、三人も無言のまま屋敷を後にした。
一人残ったレオはゆっくりと朝食を楽しみながら、壁際に立つ老紳士の執事に苦笑する。
「みんな若いっすねぇ?」
「坊っちゃまはああ見えて女性の色香に免疫がございませんので。」
「ま、うちのユノ様の前じゃ、百戦錬磨の男達だって敵わないだろうから、しょうがないっすかね。」
「えぇ。しょうがありませんね。」
鳥の囀りを聴きながらとる朝食を、レオは笑いながら堪能した。
―――――――――――
「王宮でパーティー?」
「すまない…色々と断りきれない事情があって…」
各所に報告を終えて帰宅した三人とレオ、ユノは、遅めの昼食を共にする為に揃ったテーブルで、アレンから頭を下げられた。
「もしかしてナレストから魔王討伐の決起報告があったとか…?」
「いや、確かナレストからは連絡があったが、決起報告ではなく、ナレストの英雄たるグラナード殿が魔王の居城を探るべくシルヴァニアに向かった。と。しかもガイアス殿も来ていることを知り、旅立つ英雄達を讃えたい…と国王がおっしゃったのです。」
「ふ〜ん、でも、それだけじゃないんすよね?」
歯切れの悪いアレンにレオの指摘が飛ぶと、益々言いにくそうにして眉を下げる。
「まさかシルヴァニアが決起する気?」
「いや!そうではないんだが…実は、国王からかねがね王女との婚約を迫られていて…」
「第一王女 リアーナ様っすね。相当勇者様にご執心だとか。」
「知っていたのか。」
「情報収集は基本っすよ。王女様は微笑みの貴公子の天然にやられて、すっかり婚約者気取り。他の自称アレン様の恋人、婚約者の令嬢達と対立してて、評判は最悪のお姫様ってね。いや〜、天然タラシ怖いわ〜。」
タラシ発言に固まるアレンに、ガイアスが首を傾げる。
「それとパーティーとどう関係があるんだ?」
「多分、勇者様が旅立つ前に、お姫様を正式な婚約者として公表しようって魂胆すよ。今でさえモテモテなのに、世界を救った勇者となれば、他国にも目を付けられますからねぇ。ちなみに、勇者様だけじゃないっすよ?兄さんと変態も勇者御一行って扱いっすから、多分国中の令嬢達がわんさか押し寄せるでしょうね。それで英雄もシルヴァニアに取り入れられれば万々歳!ってね〜。」
アレンの代わりに答えたレオに、ガイアスとグラナードは顔を青くし、アレンは全てお見通しか…と尊敬の眼差しを向ける。
英雄達の勇気を讃えるパーティーは、シルヴァニアが英雄を国に取り込む為のお見合いパーティー。
そんな思惑は、レオにとっては見え見えでしかなかったらしい。
「俺は行かないぞ。」
「僕も人見知りなんで。」
「気持ちはわかるが、これは国王主催のパーティーだ。きっとギルドやナレストからも命があると思う。」
避けられないカオスを前に、三人の肩がガクリと落ちる。
「つまり、兄さん達は行きたくないわけですね?」
「当たり前だろ!」
「ほら、僕にはミズリーさんもいますしね!」
「お前っ、」
「私も同感です。ユノさんが夫候補として下さった以上、王女様にははっきりとお断りしなければ。」
「でも、断れないっと。…ユノ様、どうします?」
明らかに気落ちする三人を見て楽しんでいるレオの問いに、ユノはニヤリと笑って瞳を細めた。
「今朝も言っただろ?我が夫候補達が困っているのだ。妻として夫を助けるのは当然だろう?」
銀糸の髪をふわりと払い、赤い唇が楽し気に弧を描く。
「おぉ、やる気っすね。いやぁ、傾国にしようか、妖姫にしようか悩みますねぇ。いっそ聖女路線もあり?」
「優乃の記憶に面白い物語がある。ふふっ、実践する機会が訪れるとは、夢にも思っていなかったろうがな。」
「優乃様サイコーっすねぇ。」
ユノとレオは、いつの間か手なづけていたメイドのミサを連れて部屋を出る。
その後ろ姿を、三人はポカンと口を開けて見送るのだった。
next…
ご覧いただきありがとうございます。
ヘタレ、変態、天然タラシ…
いや、本当に英雄なんですよ?




