夫候補
「つまり、私が三人目の夫候補…だと。」
「そういう事です。本当はミズリーさんから話すことなんでしょうけど、きっと彼女なら『話す手間が省けた。気にするな。』って言うとレオ君が…。」
シルヴァ公爵家の客室で、ユノは静かに眠っていた。
孤児院で倒れてから、もう二日目になる。
「だからあの時『愛せるか』と仰ったのですね。」
「あれ、結構すんなり受け入れてますね。普通二万年前から転生を〜なんて聞いたら、正気を疑いませんか?」
「ですがグラナード殿は信じているのでしょう?」
「僕はミズリーさんの超越した魔力を感じましたからね。魔導師の僕にとっては、信用するのに十分でした。」
「ガイアス殿は?」
「俺はユノに命を救われてる。その恩人が言う事を疑っちゃいない。」
応接室で向かい合う三人は、まだ目覚めぬユノを思い旨を痛めていた。
そしてユノの言葉の意味に悩んでいたアレンに、全ての事情を説明し、これからの事を話し合うことになったのだ。
「私も信じます。彼女のような真っ直ぐな瞳の方が、嘘をつくとは思えない。」
「流石は勇者殿ですね!で、すばりどうお考えですか⁉︎」
「どう…とは?」
「もちろんミズリーさんの事です。僕たち三人は夫候補ですからね。あ、ちなみに僕はミズリーさんが選んでくれるなら、喜んで結婚しますよ。」
さらりと言うグラナードに、ガイアスは紅茶を吹き出し、アレンは目を見開いた。
「ゲホゲホッ、お、お前、まだユノと会ったばかりだろ⁉︎」
「そうですけど、何か?」
「何かって…結婚っていうのは、もっとお互いを知ってから決めるもんだろうが‼︎」
「それなら心配いりませんよ。魔力っていうのは、持つ者の本質を表しますからね。魔術師の僕にはそれが伝わってきますから。」
ガイアスやアレンも常人以上には魔力持ちではあるものの、当然生粋の魔導師には敵わない。
しかもグラナードは英雄の域に達した魔導師だ。
魔力でユノを理解出来ると言うならば、きっとそうなんだろうが、ガイアスは眉を寄せる。
「お前、二言目には魔力だ魔導師だって…。いいか?人間ってのは、もっと複雑なもんなんだよ!積み重ねる信頼あってこそ、互いを理解し合えるってもんだ。結婚となりゃ尚更だろ。裏切られた、反りがあわねぇ、だから解散!なんて、パーティー編成とは違うんだぞ?」
「ははっ、冒険者らしい発想ですね。僕はずっと一人で研究してきたから、そういうのはよく分からないけど、うん、言いたいことは分かります!新しい魔術の普及だって、積み重ねと信頼あってこそですしね!」
反論の一つも覚悟していたが、グラナードは素直に頷き納得している。
この柔軟な思考こそが、彼を一流の魔導師に成長させた事を気付く者は少ないだろう。
「私もガイアス殿の意見に賛成です。…ですが、私はユノさんを一目見て恋に落ちてしまいました。ですから、夫候補の話には驚きましたが、ユノさんが選んで下さるなら、私は喜んでお受けするつもりです。」
薔薇を背負っていそうな笑みに、ガイアスとグラナードは閉口する。
『まるで物語りに出てくる王子様のようだ。』と思うが、実際王位継承権二位だから、あながち間違ってはいない。
「あはは〜…ところで、ガイアスさんはどうなんですか?」
「…何がだ?」
「夫候補の件。参戦します?僕としては、ライバルは少ない方がいいですからね。」
「参戦って…」
いつから戦いになったんだ…とは口に出さず、視線を落とす。
グラナードとアレンが結婚に前向きならば、ライバルというのも間違ってはいない。
だが、自分がその中に入っていくと考えると、素直には頷けないのだ。
グラナードはユノと同じ魔術師で、多分誰よりユノの置かれている現状を理解している。
魔力の揺らぎでユノが苦しんでいるといち早く理解し駆け付けたのだって、ガイアスにはまったく感じられなかった。
そしてアレンはユノと同じ貴族だ。
立派な屋敷を持ち、倒れたユノに柔らかなベッドを提供してくれた。
結婚すれば、ユノの望む穏やかな暮らしを約束してくれるだろう。
比べてガイアスは根無し草の冒険者だ。
穏やかな土地に家を建てても、クエストがあれば暫く帰らない事も多いだろう。
ゴブリンのダンジョンの時のように、命の危険はいつもつきまとう。
SS級と呼ばれていても、手足の一本失えば仕事も失い、金を稼ぐのも困難になる。
28歳という年齢も、いつまで戦えるのかも分からないのだ。
それを考えると、とても口には出来なかった。
「ガイアス殿は…真剣にユノさんのことを考えているのですね。」
「強力なライバルが二人となると、僕も相当頑張らなくっちゃ!」
「なっ、俺は別に…」
「自分の気持ちを否定しないで下さい。ユノさんはとても魅力的な方だ。誰もが惹かれて当然です。そんな彼女が選んでくれた夫候補なのですから、胸を張って、正々堂々戦いましょう。」
今度はコスモスでも背負いそうな笑顔を向けられ、またガイアスとグラナードは閉口する。
アレン・シルヴァという男は、どこまでも清廉な青年らしい。
「はぁ〜…俺、自分の浅慮に頭が痛いっす。」
ノックもなしに部屋に入り、ガイアスの隣に腰掛けたレオは、大袈裟な溜息と共に肘をついた。
「最高位のSS級冒険者、最強の天才魔導師、勇者の末裔にして最強の騎士…それが実際は、純情を拗らせたヘタレおっさんと、変態自己中魔導師、天然ナンパ野郎ときたもんだ。」
「誰がヘタレおっさんだ‼︎」
「変態自己中…」
「誤解だよ、レオ殿。私はナンパなんてしない。」
「色香に顔を真っ赤にさせてテンパる28歳はヘタレっしょ。乙女の身体をベタベタ触って挙句誘拐するのは変態自己中以外に何と言えと?城下じゃ有名っすよ?微笑みの貴公子に優しくされた女の子達が勘違いして、我こそはアレン様の恋人だ、婚約者だっていろんな場所で揉めてるってさ。しかも本人は笑顔で『みんな素敵な令嬢だからね。たった一人を選ぶような事は出来ないよ。』…うわぁ…可哀想過ぎる…」
それぞれ思う所があるのか、黙ってそっと視線を反らす。
「言っとくけど、俺が認めない相手と結婚させる気は無いっすよ。」
シュガーポットから角砂糖を口に放り込み、ポットから冷めた紅茶を注いで一気に飲み干す。
「えっと…レオくん、かなり魔力消耗しているようだけど大丈夫かい?良かったら僕も力になるけど?」
「俺はユノ様と魔力回路繋いでるんで看病できるんす。あんたらは大人しく、魔王討伐について話し合って下さいよ。人類最強の英雄が三人も集まってんだからさ。」
言いたい事を言って部屋を出て行くレオを見送り、三人は思わず息を吐いた。
「弟弟子って言うより、小舅だな…」
「レオくんに認められるって、魔王討伐より難しい気がする…」
「ナンパ野郎…私は天然ナンパ野郎なのか…?」
暫くそれぞれに思う所があったのか無言になったが、ぬるい紅茶がすっかり冷たくなった頃、誰からとなく視線を合わせて頷いた。
「魔王討伐についてだが」
「情報の擦り合わせから」
「今後の防衛と部隊編成を」
うって変わった男達の表情は真剣で、英雄の名に相応しい密度のある対談となった。
そう、彼らこそが人類の希望
最高位SS級冒険者 ガイアス。
『魔狩り』の名を持つ天才魔導師 グラナード。
勇者の末裔 最強の騎士 アレン・シルヴァ。
間違っても、ヘタレ、変態、天然なだけではない男達なのだ。
next…
レオくんの評価はシビアですな。




