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魔導潜水艇 ファルシオン



アシュリア大陸からナザーク大陸までは、通常の航海でも早くて一ヶ月はかかる。

途中で食料調達をしなくてはならないため、海洋横断‼︎なんて事はせず、アシュリア大陸を大陸沿に北上し、大陸間でもっとも近い航路を通るのが通例だ。


しかしながら、通例に当てはまらないのがユノ・ミズリーだ。


「このペースだと、あと二日位で到着っすね。」


「ユノはずっと部屋にこもっているな。」


「記憶の整理をするって言ってたんで、しばらくは眠ってるんじゃないっすかね。」


魔導船ファルシオン。

流線形の漆黒の船体は全長30m。

船内の術者から魔力を供給する、完全自動運転の優れもの。

速度は通常運転で300Km/h程だが、その際に室内が揺れる事はない。

ただ、常に魔力を放出しているので、魔力の弱いものは魔力に当てられて魔力酔いするしてしまうので、今回はガイアスに配慮して魔力を抑えつつのんびり航海を楽しんでいた。


「そうか。船内は十分広いが、やはり長く体を動かせないと鈍りそうだ。」


グルグルと肩を回して苦笑するガイアスに、レオはニヤリと笑った。


「じゃあ軽く運動します?」


「手合わせでもするか?」


「いやいや、相手には事欠きませんよ。」


レオが首船部に手をかざすと、そこに映像が浮かび上がる。

どうやら海の中の映像らしい。

三日もかからずナザーク大陸に到着すると聞いていたから、もの凄いスピードで進んでいるとは思っていたガイアスだが、船内には微かな揺れも感じない為に実感がなかった。


「凄まじいな…」


「ユノ様が作ったんですから、当然と言えば当然なんですが…あ、来たっすよ。」


「ブルシャークか!」


映像を広げると、壁全体が周囲の景色を映し出す。

この超高速船に並行して泳ぐのは、魔海獣の中でもトップのスピードを誇るブルシャークの群れだった。


「ね、事欠かないっしょ?船止めます?」


「俺は水中戦闘なんて出来ないぞ…」


「あはは、面倒臭いしね〜。よっと。」


レオの掛け声と同時にブルシャークの群れが姿を消した。


「自動迎撃システムに戻したっす。これ便利なんすよ?今までもクラーケンとかデビルマーマンとか海魔獣山ほど迎撃してくれましたしね。」


「山ほど?」


「山ほど。」


ファルシオンはユノの魔力を使い起動している。

つまりユノの魔力そのものだ。

そんな強者の気配を前に、並みの魔獣ならまず近づく事はない。

いくら魔獣の多い海洋横断航路だとしても、山ほど襲ってくる…というのは明らかにおかしい。

そもそも獲物に困らない海魔獣は、魔除けを施してある船を危険を冒してまで襲ってくる事自体が少ないのだ。


「魔物の狂暴化…」


レオの言葉にガイアスの表情が険しくなる。


「やっぱり感じてたんすね。」


「…あぁ、今回のゴブリンの一件の少し前からな。元々アシュリアの魔物はそう強くはない。だが最近は強い個体が現れる頻度が増えていたんだ。今回のゴブリンキングやロードのようにな。」


終戦が近づいていたせいで、軍が魔物狩りをする頻度が少なくなったからかとも考えたが、どうやらそんな簡単な話ではないらしい。


「狂暴化が事実として、アシュリアより魔物の多いナザークはどうなってるかが気になりますよね〜。」


「ナザーク大陸には戦闘能力が高い亜人達も多く住んでいるし、ギルド同士の連携も強く、国同士でも魔物対策を行ってるくらいだ。なんらかの異変があればすぐに気付いて対処するだろう。」


「ははっ、戦争ばっかのうちとは大違いだ。」


『100km先のウィンドフィッシュの群れから敵対行為を感知。一時減速して殲滅する。』


突然聞こえた硬質な声に、ガイアスが周囲を見回す。


「俺達以外誰か乗っているのか?」


「ファルシオンっすよ。」


「この船喋るのか⁉︎」


「精霊魔法をベースに作ったらしいんで、精霊の声かと。でもわざわざ俺達に報告が来たって事は、ちょっとヤバイ感じかもね。………うわぁ〜………これはちょっとえげつない数かも。」


レオが索敵魔法で感知したのは、1000を超えるウィンドフィッシュの群れ。

ウィンドフィッシュは群れで魔力を発動し、海流を操ることが出来る厄介な相手だ。


「しかもその後方にロックホエール…はぁ⁉︎デカ過ぎだろ‼︎このままのスピードで突っ込んだらヤバイって!」


ロックホエールは名の通り岩のような鯨だ。

鋼鉄より硬くぶ厚い外皮と、500mを超える巨体。

その大きさからか人間や船を認識することはなく、襲ってくる事はない。

が…このままでは陸地に突っ込むようなものだ。


「ファルシオン、進路変更っす!」


『ナザーク大陸までの最短航路を進行。』


「いや、だから‼︎このままじゃ追突するって!」


『ロックホエールがウィンドフィッシュの捕食行動に移行。一時減速から最大出力での突破に変更。』


迷いどころかなんの起伏もない声に、流石のレオとガイアスも顔を痙攣らせる。


前方の映像には、ロックホエールが大きく口を開けてウィンドフィッシュを飲み込もうとする姿が映し出されていた。


「「嘘だろ――――っ⁉︎」」


…………


………………


……………………


『ロックホエールの魔核を破壊。魔石を収納庫に回収。通常モードに移行。』


「「…………………」」


開けた視界に、言葉を失った二人はガクリと膝をつく。


「いや、いやいや、流石に今回のは焦ったぁ〜…」


「俺は死を覚悟したぞ…」


「俺はユノ様を信頼してたっすよ!…と言いたいところですが…流石にちょっと恨んだっす。目覚めの紅茶はうんと渋いのを淹れてやる…」


「ほぅ、中々楽しそうな話をしているな。」


「っ⁉︎」


柔らかな黒のローブを素肌に羽織っただけの格好で現れたユノのは、妙に嬉しそうな顔をしている。


「あぁっ‼︎またそんな破廉恥な格好で‼︎そんなんだから淫乱魔女とか言われちゃうんすよ⁉︎」


「また直ぐに眠るんだ。着替える必要はないだろ?」


「…やけに嬉しそうだな…」


「ほぅ、表情にでていたか。記憶の整理をしたおかげで、様々な時代の前世を思い出してな。おかげで感情も多様化してきたようだ。嬉しい…か。確かに今は心が浮き立っているな。」


ニヤリと笑った表情は、確かに今までとは少し違って人間らしさを感じさせた。


「ファルシオン、稀少な魔石の入手、よくやった。」


『光栄です。』


「現時点より魔力回路を魔石へと移行し、最大出力での航海にシフトする。」


『魔力回路の移行を確認。本日22時に到着します。』


「うむ、まだ寝足りんのでな。到着は明朝七時としよう。それまではゆっくり航海を楽しもうじゃないか。」


言いたい事だけ言って姿を消したユノに、レオが頭を抱えて蹲る。


「ヤバイ…」


「…別に何も言ってなかっただろ。普通の紅茶を出せば無かった事になるんじゃないか?」


「甘いっすよ‼︎むしろ逆‼︎明日俺が出す渋い紅茶を楽しみにしてるんすよ‼︎『私に逆らう気概があったのか。』とか思っちゃってるんすよ‼︎」


「楽しみにしてるならいいんじゃないか?」


ガイアスにとっては、弟の成長を喜ぶ姉…の様に感じる。

しかし、当の弟は、死刑宣告を受けた囚人の様に青い顔で絶望感を出している。


「主人に逆らう従者とかなしっすよ〜…はっ‼︎濃い目の紅茶にミルクを添えたらいいんじゃね⁉︎それならなんとか…」


遂にはブツブツ言い始めたレオを放置する事にして、壁に映る外の様子を眺める。

透明度の高い海中は、様々な生き物で溢れている。

あまりのスピードにゆっくり観察とはいかないが、それでも人間の自分が見られる事のない領域を見ている事にユノの底知れない力に感謝したくなった。


「やはり世界は広いな…」


ガイアスが冒険者になったのは、自由が欲しかったからだ。

兵士にならなかった事を臆病者だと責められても、裏切り者と呼ばれても、世界を見て回りたかったのだ。


「…ありがとうな。お前のおかげで、俺はまた新しい世界を見る事が出来た。あと、助けてくれてありがとう。」


ひんやりした壁を撫でてまてわには微笑むガイアスに、硬質な声が凛と響く。


『私は魔導潜水艇 ファルシオン。ユノ様を守護する水中の剣。』


「なら地上では俺が剣になろう。」


海の色に夕焼けの朱が混じる。

その美しい光景を、ガイアスは言葉なく見つめるのだった。










視界の端で遥か遠くにいたロックホエールが砕破するのは…見なかった事にして。


「ヤバイっす!俺よりファルシオンの方が優秀って思われる‼︎」


(頑張れ…)





next…











ご覧頂きありがとうございます!

次回ナザーク大陸に上陸です。

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