一日目。十時。
一日目。十時。
ジャングルの獣道を二人のアスラル共和国刑務官と、一人の地味な服装をした罪人が歩
いていた。刑務官と罪人、それぞれ着用していた衣服がそれを示していた。刑務官の衣装
は、淡い灰色をしており頭部には白く整形されたヘルメットを被っている。足元には、国
から支給され国旗がプリントされた泥に塗れたブーツを履いている。トラブルの為に特殊
なボウガンの携帯もしていた。
罪人の衣服は、安物で黒色をしたブーツに、どこぞの使い古された時間を感じさせる灰
色の囚人服。両手は黒光りする鉄の手錠を嵌められており、こちらも使い古された腰縄を
結ばれていた。囚人服を着用している若い男は、不貞腐れながらながら泥に覆われた獣道
の中で歩を進めていた。
枝の音。草の音。泥の音。
一歩一歩前に出る度に何らかの雑音がしていた。
「おまわりさぁん! おまわりさぁん!」
険しい獣道を確認し悪路を進みつつ、囚人の男に顔を向けずに言葉を返した。
「なんだマウリ?」
身体を屈伸させるマウリは、表情を曇らせつつ呟いた。
「どの位あるかせんだよ。遠いだろうよ。いくら変な刑だからって、ここまで遠い所まで
連れて行くなよ」
ベテラン風な刑務官は、視線を数秒をかけて背後に動かし、ゆっくり前方に戻し口を動
かしていく。
「仕方ないだろ。この刑は荒神の森のみで執行されるものだ。この判決を言い渡されるの
は、そうそうおらんよ。刑を受けたくないのであれば、罪を犯さなければ良かったんじゃ
ないか」
マウリは、表情をひきつりながら単語を漏らした。
「けっ!」
マウリの脳裏には、裁判所の法廷で判決下される場面が呼び起こし映し出されていた。
当時のマウリは、冷静さを大分減らしており、激しい苛立ちに襲われていた。無論、そ
の表情は周囲の人間にも容易に読み取れるレベルで漏れ出してた。当然、裁判官の心象は
非常に悪い。
「主文。マウリ・コチャン被告は、我が国の神の使役とされる聖獣達を闇市で、多くの客
を相手に売りさばいた。同時に他の禁止物品の売買も行っている。しかも、過去に複数逮
捕された歴があるにも関わらず、未だ反省が見られない。よって二日間、荒神の森で観察
の刑に処す」
裁判官が述べた刑にその場に居た誰もが動揺し、驚きの声が場内に響く。それは、マウ
リも例外ではない。
マウリ自身、新聞やテレビ、ネット等で知る機会はあった。しかし、数年に一回の程度
で報道量で、どういった内容のものかは知る由もなかった。この刑に処されるには重罪を
犯してた者が該当する。故にこの罰に処されている人間はマウリの周囲にいない。だから
こそ自分がその刑罰を受けるということに驚愕するしかなかった。マウリの思考として、
この刑が下るという前提がなかったこともこの驚愕を生み出した要因だろう。
「なんで俺が」
手錠に繋がれた両手を見つめながら、本音が零れた。
「どうした?」
後ろで腰縄を握っていた若い刑務官がマウリに話かけて来た。
マウリは、ほんの少しだけ漏れ落ちた本音を隠す様に、強がりで覆い尽くした。
「なんで俺のような重罪人を護送するのにたった二人とはな。なんかしょっぺーし。舐め
られたもんだと思ってよ」
「何!?」
マウリの煽りに、若い刑務官は怒りの感情を露にする。
「やめとけ。やめとけ。そんな煽りにのるんじゃない。マウリ。言っておくが、俺たちが
今ここを歩けているのは、この人数だからこそだ。この規模以上の人数や装備で、ここに
足を踏み入れれば、こうして歩けるはずがない」
マウリはベテランの刑務官が言っている言葉の意味が理解することができなかった。
「どういうことだよ?」
マウリが発した言葉に反応し、ベテラン刑務官は眼球のみがマウリへと動く。そして、
体は前を向いたまま話した。
「ここ荒神の森に住み着きしもの達が、過敏に反応するのは音だ」
「音?」
疑問を持つマウリに若い刑務官の言葉が耳に届く。
「そう。この規模で大声をあげず騒いだりしなければ、彼らは襲ってはこない。彼らにと
って騒音は攻撃的衝動のトリガーと言っても間違いじゃない」
三人は会話を続けながらも、足は前に進めていく。
「もし、騒音を発したらどうなる?」
ベテラン刑務官は、右腕をピーンと伸ばし、マウリ達の位置から約三十度の角度、そし
て、八十メートル前方を指差した。
「ああなる」
当然、ベテラン刑務官が指差した先がマウリの目に映る。
そこには数多くの時間経過が物語る遺物達がそこにあった。その当時は最新鋭だったで
あろう先頭車両や、この森を開拓しようとした建設車両や農業車両であった。表面は激し
く損傷しており、大きな風穴や、ガラスがもう消えてしまったフロント、炎上したであろ
うボディが、少し離れたマウリにもわかった。
「あ、あれ、どういうことだよ?」
ベテラン刑務官は、眉間に繭を作り表情を険しくした。
「この森に住む者達の仕業と述べておくよ」
それ以上のことをベテラン刑務官は言わなかった。ただ、マウリには、ベテラン刑務官
はこの場所で何かがあった時にここで見届けていたのだろうことをマウリは察した。
あそこにあった遺物の惨状から、この場所で何があったかを脳内で想像できた。
マウリは、水を一口喉に流し込む様に息を呑んだ。空気が喉を通り、喉周りの神経を刺
激する。マウリ自身、緊張に感染している事を実感している。自分の未来の姿が、そこに
あるのだから。
マウリの肌がじっとりと湿り気が帯びていた。それは、緊張から起きているのか、それ
ともジャングルの風がマウリの肌を通り過ぎていくからなのか。
続く