錬金妖怪に家は無く
貴方は妖怪を信じるだろうか?
貴方は心霊を信じるだろうか?
貴方は神様を信じるだろうか?
今でもそれを固く信じている方はいるだろう。さもなくば、年末年始に寺や神社に殺到し、心霊スポットと呼ばれる場所に訪れ、招かねざる者に対して身を震わせる事もないだろう。
しかし、今では我々はそれを現実には存在しないもの───────幻想として扱っている。
かつて災いは妖怪か神の仕業として祈祷によって防がれていたのが、今では徹底した科学研究とそれに基づく自然の管理、防災設備、その他対策によって防がれている。
祈祷を行う神官達は政治的に力を持っていたのが、今では社一つを守る管理人程度の力しかない。
そう、世界は妖怪を、心霊を、神様を無きものとして扱っている。
だから彼らは、幻想の地に逃げ込んだ。
幻想の地では、人間は神を敬い、妖怪を恐れ、霊を送り、神官────巫女が神の声を聞き、妖怪を退治し、霊を滅するという。
我々からすれば、幻想を捨て去った我々からすればあり得ない光景。
それが彼の地において日常的に行われているという。
そして彼の地は忘れ去られた“幻想”を常に迎え入れているという。
彼の地の名は、“幻想郷”。
しかし、彼の地が受け入れるのは妖怪や心霊や神様だけに非ず。
忘れ去られ否定された古の真理すら、迎え入れたのだ。
☆☆☆☆☆
「煮えた~♪ 煮えた~♪アタノ~ルの炉が♪」
若干薄暗い部屋の中、上機嫌な少女の歌が聞こえる。あまりに暗いためにその少女の詳しい姿は判らないが、どうも高熱を発する身の丈以上の炉の前にいるらしい。
その歌は控え目に言って下手くそ。正直に言ってこの場から逃げ出したい程の音痴ではあるものの、どうやら誰もが知る歌『チューリップ』を改悪したものであるようだ。
「黒白赤~♪ どの石見ても~♪ 綺麗だな~♪」
そしてその炉を開け放つ。中から溢れる熱気と光がどれほど内部が高温か教えてくれる。
そしてその光によってようやくその姿が露わになる。
毛先のハネまくったクセのある金髪をボブカットしたことによって若干ボーイッシュに見える髪型。三白眼だが垂れ目な為にかなり鋭さが減衰された灰色の瞳。死蝋の如く白い顔はあどけなく、且つどこか抜けて見える。
中々面妖な顔をしているが、その服装は輪をかけて不可解である。
頭には小さな角帽を被っている。着ているもののベースは古代ギリシャの賢人が着るようなゆったりとした服装なのだろうが、しかし洋服の特徴として袖やボタンもあるし、さらに肩や胸に見られるのは中世ヨーロッパの貴族の如き金の装飾が見られる。元は白かったのであろうその服の余った袖や裾には醒めるようや赤、次いでわざとらしい白、照かりもしない黒の染料の染みがこびりついている。
さらに訳がわからないのは腰に下げた装飾剣。研究者か、貴族か、武人か、全くわからない姿。
変な格好であることは間違いない。
しかし幻想郷にはこれに負けず劣らず変な格好をした輩が大勢いる。その中に混ぜ込んでしまえば埋没してしまうだろう。
故に、この際外見については重要視すまい。
問題はこの少女がやっていることである。
少女は高熱を発する炉の中を金属棒で弄くり回す。
そもそもこの高温の炉の至近距離にまともな装備もなく立っていられる時点で人間ではないと言い切れるだろう。やがてその炉の中で何かを掬うような動作をした直後、内容物を付近の金ダライの中に放り込む。
ついさっきまで高温の炉の中にあったものを放り込むのだ。当然凄まじい熱量により内部の熱は水蒸気となり爆発的に蒸発する。
しかしそんなこと意に介さず、近くにあったお玉らしきものでソレを掬い上げ、また別のタライの中に放り込む。
最初にかなりの熱量を水蒸気として消費しただけあって、流石にもう中の水が蒸発したりはしない。
少女はワクワクした面持ちでそのタライの中を覗き込み────
「……あ、暗いと思ってたらいつのまにか陽が落ちてたのか。いけないいけない」
ようやく少女は炉の火を使い、室内に設置されたランプに火を灯してゆく。
ようやく人が生活できる程度の光が生まれたことで、この場所の全貌が掴める。
一言で表すならば、『前近代的研究者の部屋』だ。さほど広くはない部屋に木製のテーブルや金床、本棚、可燃物から少し離れたところに炉が設置され、そのテーブルにはびっちりと書類や本やフラスコなどの器具が隙間なく乱雑に置かれている。身を休めることができそうなのは、草臥れたソファたった一つつのみ。
この部屋の有様から誰かを招く気がさらさらないのは明白。この少女はこの空間で自己完結しているようなものだった。
明るくなった部屋で少女は再度タライの中を覗き込む。
そこにあるのは結晶化した小さな石。それが複数個。
大多数は黒であり、僅かに白いものが混じっている。そして───
「……今回は一個かぁ。もうちょっと欲しかったけど……ゼロに比べれば大成功♪」
────たった一つだけ混じっていた、血のように赤い石を少女は愛おしげに眺める。
これぞ、古代の錬金術師が長年求めながら到達できなかった代物、『賢者の石』。
そんなものを口ぶりからするに何度も作り上げた少女の能力は『錬金術を行使する程度の能力』。
この能力は自己申告制。そして錬金術は魔法の一つとして数えられる。ならば『魔法を使う程度の能力』でも良いはずだが、しかしそれでも『錬金術』と限定するあたり、よほど執心と見える。
その少女の名を青金髭梨。幻想郷では別に珍しくもない一人一種族の妖怪、“錬金妖怪”である。
または幻想郷縁起の編者曰く、“贋金妖怪”との事。
★★★★★
できた。
できたできたできた!
思わず鼻歌が自然と漏れ出す。
しかし仕方あるまい。それくらいには嬉しいのだ。嬉しいったら嬉しいのだ。
今私の掌の中にあるのは賢者の石。それもしっかり赤化したもの。
賢者の石を作り上げる製法である“大いなる業”には“湿った道”と呼ばれる製法と“乾いた道”と呼ばれる製法がある。一番確実で安全なのが“湿った道”なのだが、いかんせん時間がかかる。何せ作り始めて四十日、材料集めを入れればさらに長い時間がかかる。
しかも、賢者の石の作成には黒化、白化、赤化と段階を踏まなくてはならないのだが、見ての通りちゃんと完成品である赤化までゆくのは本当に僅かな量。大体が黒化の状態で止まる。
だがこれでもましな方で、“乾いた道”で賢者の石の作成を行えば材料を投じて一個もできないのはザラだし、常に爆発の危険を伴う。
……まぁ、そこら辺の詳しい錬金術語りはまたにしておこう。取り敢えずめっっっっちゃ作るのが難しいものを作り上げることができた、という認識で良い。
だが! 私は賢者の石を作り続けてウン百年。時間こそかかるものの、“湿った道”での作成なら成功率は今や100%近い。長い時間研究に費やしてきた(というよりそれ以外やることもなかった)甲斐があったというものだ。
当然溜め込んだ賢者の石もそこそこの数になる。しばしば貴金属作成の為に消費したりしてはいるが、数十個のストックがある。
そしてこの賢者の石もストックの一つとなるだろう。そのうち貴金属や薬品作成の為に消費されるだろう。
別にその貴金属や薬品でどうこうしようと言うつもりはない。作ることそれだけが私の目的。
何せ私は錬金妖怪。錬金妖怪が錬金術を行うのに理由がいるか? いいや、ない。ただ錬金術を行う、それが私の妖怪としての存在意義だ。
まあ、そんな御託はいい。ぶっちゃけ錬金術楽しい。動機は以上。
さぁて、保管、保管!
完成した賢者の石も扱いを間違えたら辺り一帯が吹き飛ぶだろう。
だからちゃんと保管せねばならない。
私は大変ハイな気分で倉庫室へつながる階段へ向かった。
途端、ドゴオオオォォォォ!!! という爆音が階下から響く。
私は大変ローな気分で倉庫室へつながる階段を降りた。
爆発の正体は知っている。私が盗人対策の為に仕掛けた罠だ。
では誰が罠を作動させたのか? それもまた、知っている。
「ケホケホ……ああんもう、相変わらず煙いわねぇ」
「でたな盗人ババァ」
「ババァは酷いわ、ババァは。まだピチピチの少女妖怪よ?」
「ど、こ、がっ!!」
煙と粉塵渦巻く倉庫室より、いつものソイツは現れた。
白いドレスらしき服に紫の前掛け。細いリボンで飾られた白いモブキャップから覗く長くウェーブがかかった金髪。フリルの多い傘といつもの格好。
扇子で口元を隠す様は妖美である。妖美であるのだが……胡散臭い。とにかく胡散臭い。どこがと説明できないが、とにかく胡散臭い。
ソイツの名前は八雲紫。忘れ去られた妖怪やら心霊やらが集まる幻想郷を創設したとされる大妖怪である。
ちなみに私は忘れ去られて来たのではない。自力で来たのだ。断じて忘れ去られたわけではない!
……それはともかく、なぜ幻想郷では名の通った大妖怪がこんな所にいるのか。
それもいつものことなので知っている。
「んもう、賢者の石一体どこにしまってるのよ」
「うるせー! 盗人ババァなんかに教えるかっ!」
そう、コイツは私の作った賢者の石を付け狙っているのだ。
しかも幻想郷に来た当初から。
「まぁ酷い。私と貴女の仲じゃない」
「親しいつもりはない!」
「あら、その手にあるのは……」
しまった。完成ホヤホヤの賢者の石を手に持ったまま来てしまった。いや、納めに来たんだからそりゃ持って来て当然なんだが。
「ねぇ~、一個頂戴よ~。いいじゃないここに来て一体何百個作ってんのよ~」
「一個足りとも無駄なものはない!」
「いいじゃないのー! 一粒! 一粒だけ! お情けを頂戴!」
「ええい寄るな! 近づくな! まさぐるな!」
私の持つ賢者の石を強奪せんと紫が擦り寄ってくる。
しかし私は小妖怪。対して相手は大妖怪。たとえ能力を使わないキャットファイトだろうと私は負けるだろう。
ならばもう、こうするしかない。
私はヒョイと賢者の石を投げ上げ……呑み込んだ。
「んぐっ……ふぅ」
「あー!」
私は紫に勝ち誇った満面の笑みを浮かべ、紫はジトリと年甲斐もなく睨んでくる。
しかし諦めたのか、プイとそっぽを向き、謎の異空間の入り口───スキマと呼ばれるものに身を滑らせる。
「つれないわねぇ。それじゃあまたくるわー」
「もう二度と来んな腐れ妖怪」
「あ。そうそう」
スキマに半身を潜り込ませていた紫が、ふと思い出したように振り返る。なんかロクでもないことを言いそうな気がする。
そう……何かを盾にして脅迫まがいの要求をするとか。
「うっかり言い忘れていたわ」
「なに?」
「しばらくしたらここを立ち退いて貰うわ」
……。
…………。
………………はぁ!?




