29、拳鬼
明日から修業……とはいかなかった。
ブタ酒場へ行った翌日、僕はひどい二日酔いに苦しんでいた。
「ぐげえぇえ。……しばらく酒は、飲まないようにしよう」
二日酔いになると、大抵そう思う。しかし、その日の夜にはまた飲んでしまうのが、酒飲みの性である。
寝床で呻吟している間に、夕方になり、夜が来た。これ程の二日酔いは、久しぶりである。
日付が変わった頃、やっとまともに動けるようになった。
近くの公園に移動し、柔軟体操をする。
……体がややかたくなっていた。これはまずい。
その後、移動稽古や型などをやってみたり、木の周りを円を描くように歩いてみたりして、動きや感覚を確認。
その結果、体力、柔軟性が、かなり落ちてしまったことがわかった。また、皮膚の感覚も、やはり落ちていた。
技術的な部分については、むしろ必死に練習していた頃より良くなっていたように思う。なぜかわからないが、うまく脱力出来ていたのだ。
「……解せぬ」
とはいえ、わかってはいたが体力の低下が、甚だしかった。また、そもそもの地力が低い。
疲れを知らない機械であるデンキパイロット。そんなやつらが、大量に出てくるのだ。少ない手数でも破壊しうる攻撃力と、継戦能力は必須である。
さらに2時間程かけて、かつて日課にしていた練習をこなすと、まともに歩いて帰ることが出来なくなっていた。
昼過ぎに目を覚ます。体のあちこちが痛む。
何か食べないと、本当に動けなくなりそうなので、無理をして出かけた。
行きたいと心から念じたら、目の前に園辺食堂が出現した。
園辺食堂自体が、橘さんの持つ異界だというのは、本当だった。……が、今はそんなことより、メシだ!
「いらっしゃい。……三輪さんか、解子姫の件ではありがとよ。今日は、一人か」
「一人です。……メシ、大盛りでお願いします」
「はいよ。ちょっと待ってな」
「おっ、三輪さん。久しぶりだね」
注文し終えると、横から声をかけられた。卜部さんだ。
卜部さん……卜部翠隼は、拳鬼である。特別な術を使うわけではなく、鍛え上げた体術だけで人の域を超えて鬼になった存在だ。
素手で、軍でも神でも倒してのける。
数名の仲間と共に、世界中の軍を、一人も死者を出さなかったどころか、怪我による後遺症さえ出ないように手加減しつつ打倒し、6日間の平和を実現したことは、有名である。
もっとも、ここで会うと、ただの酒好きにしか見えないのだけれど。
「ああ、卜部さん。お久しぶりですね」
「なんか疲れはてているねえ」
「ちょっと鍛え直そうと思ってまして」
「ふうん。必要なら、酒をおごってくれたら手伝うよ」
有難いが、どうしようか。2つ不安な要素がある。
1つは、戦能力に差がありすぎること。
もう1つは、卜部さんがかなりの大酒のみなこと。登雄流さんの件で得た収入など、卜部さんが本気で飲めば、3日もつかどうか。
「とはいえ、2、3日したら遠方へ行くから、あまり手伝えないけどね」
「じゃあ、お願いします」
今夜と、明日の夕方から夜更けまで、稽古をつけてもらえることになった。




