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決意

暖の周りの結界は、外から暖に近づくことを阻んでも、暖から近づくことは阻まないようで、彼女は、なんの支障もなくアルディアの元に駆けつける。

焦りながら、いつものように彼の背中を摩った。


「アルディア、しっかり! ちゃんと息をして」


ハアハアと呼吸を荒げるアルディアを、暖は心配そうにのぞきこむ。

体を二つに折りながらもアルディアの手が伸びてきて、暖の腕を掴んだ。



「…………行、くな、……ウラ、ラ」


苦しい息の下、途切れ途切れに、そう囁く。


暖は、動きを止めた。


「行か、ないでく……れ。……私は、お前のため、なら、王、にもなれた。……お前を失いたくない……側に、いてくれ」


いつもの傲岸不遜なアルディアらしからぬ、弱々しい声だった。

しかし、その響きは、何より真摯な思いを、伝えてくる。


「……アルディア」




「行くな、ウララ……私は、お前を……愛して、いる」




消え入りそうに小さな、――――しかし、聞き間違いようのない声だった。


暖を掴むアルディアの手に力が入り、彼女の腕は、痛くなる。

でも、その痛みを、暖は少しも感じなかった。心臓がバクバクなって、口から飛び出そうだ。


「アルディア――――」


「本当は、この、想いは、告げないで、おこうと思った。……お前が、心から望む道を、お前自身に選ばせようと、…………でも、……もしも、お前が、選べないのなら……少しでも、迷っているのなら…………私と、生きる道を、選んでくれないか?」


アルディアの息は、徐々に整い。言葉がはっきりと響いてくる。

はっきり響くのに、でも、暖は、その意味を掴み損ねていた。

心臓の音がうるさくて、頭がうまく働かない。


(アルディアが……私を? ……愛している?)


それは、信じられないようなことだった。

なのに、アルディアの紫の目が、暖を真っ直ぐ見つめてくる。


「幸せにするから。……誰より、何より、私の全てをかけて…………お前を、必ず幸せにすると、誓うから!」


暖の腕を掴んでいたアルディアの手が、暖を引き寄せ、力いっぱい抱きしめた!



「だから、ウララ! 私を、…………私を、選べ!!」



大声で叫んだ!


しかし、叫んだことから、アルディアは、再びゴホゴホと咳きこんでしまう。


「キャアッ! アルディア!」


暖は――――そんなアルディアの、背中に手を回した。

咳き込んでも暖を放さないアルディアに抱きしめられながら、必死で背中を摩る。


「ウラ……グッ! ゲホッ! ……ウララ!」


「アルディア! わかった。わかったから! 話さないで!」


――――これでは、断ることなど、できなかった。

もしも、アルディアがそれを狙って咳きこんでいるのなら、彼はずいぶんな策士だ。


(……もっとも、かなりみっともない作戦だけど)


高慢な王子――――いや、王の彼が、そんなことまでするだろうか?

どちらにしろ、アルディアが、暖を引き留めるために必死なのは、間違いない。




暖の目から、涙がこぼれおちた。


(…………嬉しい)


アルディアが、自分を望んでくれたことが、

愛していると言ってくれたことが、

幸せにすると誓ってくれたことが、

たまらなく嬉しいのだ。




――――だから、暖は、決意する。


いや、もう既に、……最初に陽詩に呼ばれても、直ぐに走り出せなかった時から、……暖の心は、決意していたのかもしれない。


アルディアに抱きしめられたまま、暖は後ろを振り向く。

暖とアルディアの様子を呆然と見ている陽詩の目と、目が合った。



「……陽詩。……ごめん。私は、日本に帰らない。……帰りたくない。……この世界に残るわ」


『お姉ちゃん!』



「彼を! ……アルディアを、愛しているの! 他のみんなも、大好きで……だから、私は、帰らない!」



「ウララ!」


暖の言葉と同時に、アルディアが、なお深く暖を抱きしめた。

息苦しいほどに抱かれて、暖は嬉し涙をこぼす。




『お姉ちゃん――――』


『何をふざけたことを、言っているんだ!』


陽詩の言葉を遮って叫んだのは、正樹だった。


『お前がこっちに来ないのなら、俺が力づくで連れ戻してやる!』


言うなり正樹は、暖に向かって走って来ようとした。咄嗟に止めようとした陽詩を振り切り、近づいてくる。


しかし、その動きと同時に、再びディアナが動いた。


「よう言ったぞ、ウララ!」


嬉々として叫んだ魔女は、ひと飛びで光の壁の前に立つ。

近づく正樹に向かって、ニィ~っと笑った。


「悪いな、若造。ウララは、もう決意した。ウララの意思さえ決まれば、ウララの心を軸として繋がれたこの扉を閉じるのは、わしにとって簡単なことじゃ。消え失せるがいい」


なんと! ディアナは流暢な日本語をしゃべった。

暖は、目を見開く。


いったい、いつの間に日本語を習得したのか?

習ったとしたら、誰からなのか?


(……まさか、最初から話せたなんて、そんなことはないわよね?)


次々と湧き上がる疑問に、暖はクラクラしてくる。



そんな暖の心情とは関係なく、ディアナは杖を振り上げた。


『クソババァ!』


正樹は、端正な顔を憤怒に染めて怒鳴る。



――――気持ちはわかるが、失言である。


案の定、ディアナは、ものすごく楽しそうに笑った。


「年寄りを敬うことができぬなど、情けない男じゃの。…… 一度つながったそちらの世界。わしの溢れる才能を持ってすれば、座標を記憶し再び道を開くことも可能なのじゃが…………今のお前の言葉で、気が変わった。この道は封印することとしよう」


ディアナの言葉に、正樹と彼の後ろの陽詩の表情が変わった。


『なっ!?』



「フハハ! 己の失言を心底悔やむがいい。…………まあ、そうじゃの。気が向いたらまた繋げてやる気になるやもしれんが。……おそらく、その時にはウララの腕には、可愛い赤子が抱かれておるやもしれんのぉ」



フハハハハ! と、まるでラスボスのような高笑いを残して、ディアナは杖を振り下ろす。


その途端、光は跡形もなく消え失せた。



何もなくなった空間。

暖は、その場所を静かに見つめる。


「……ウララ」


「私、帰れなかった」


ポツリと暖は呟く。


自分で選んだ結果だ。後悔はない。

……陽詩には、義弟がいる。

暖がいなくとも、陽詩は彼に慰められ、幸せになることができるのだ。

癪なことだが、暖はそれを知っている。


だから、本当に後悔はないのだが、――――それでも、悲しくないはずがない。



アルディアが、暖を放さないまま彼女の肩に顔をうずめてきた。


「必ず、お前を幸せにする」


静かに暖にそう告げる。


暖は、小さく頷いた。




「エエ。ミンナ、幸セ、ナル……絶対ネ」




暖は、笑う。


新しく生きると決意したこの世界の言葉で、強く言い切る暖だった。


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