悪あがき
再会と同時に暖は怒られる。相手はアルディアだからロマンティックな再会になるなんて思ってはいなかったが、ちょっとあんまりなのではないだろうか?
「なによ?」
ちょっとムッとしながら考え込んだ。――――“格好”とは、なんのことだろう。
その後、ハッ! として、自分の体を見おろす。
「キャァッ~!」
大きな悲鳴をあげてしまった。
そういわれれば、暖は、アラビアンナイトの踊り子風衣装を着ていたのだ。
おへそや腰が丸見えの、スケスケ、キラキラ、非常にセクシーな衣装である。
(ちょっ、ちょっと待って!)
暖は、慌ててその場に踞った。隠せるはずもないのだが、必死に体を見せまいとして、小さく小さく蹲る。
そうして恐々と視線を向ければ、アルディアは、プルプルと体を振るわせていた。
彼の隣に立つエルフのリオールは、真っ赤になって硬直している。
ネモは、あちゃ~という表情で、頭を抱えていた。
「おぬしら、何をやっておるんじゃ?」
暖と男たちの様子を見たディアナが、呆れたように聞いてくる。
「あぁら? ウララにしては、珍しく可愛い格好をしていると思っていたのに、どうして隠すのかしらん?」
ラミアーは、クスクスと含み笑いをした。彼女がこの事態を面白がっているのは間違いない。
「こ、これは……その……」
暖は、しどろもどろになりながら、なんとか弁解しようとした。
しかし、必死になればなるほど、頭の中で、うまく言葉が組み立てられない。
そんな彼女に向かい、アルディアが、怖い顔で近寄ってきた。
暖の直ぐ横に立つと、黙ったまま上着を脱ぎはじめる。
……やがて、バサッと音がして、温かな重みが暖の肩にかかった。
アルディアが羽織っていた上着をかけてくれたのだ。
「アルディア……」
「さっさと着ろ!」
相変わらず傍若無人の命令口調だった。
それでも、上着は温かくて、優しさが体に沁みてくる。
もそもそと体を動かし、暖は、アルディアの上着に袖を通した。
病弱であってもやっぱり男性。彼の上着はブカブカで、袖口は余るし、裾は暖の膝まで届くほど長い。――――いわゆる彼シャツみたいな状況になってしまったが、そこは深く考えないようにしようと、暖は思う。
「私、これは、魔族の女性を治そうとして――――」
「わかった。わかったから、着てくれ!」
それでもなんとか言い訳をしようとする暖の言葉を遮り、アルディアが叫ぶ。
「……ったく、どうしてお前は、こんなに私を焦らせるんだ!」
そうは言われても暖だって、好きでアルディアを焦らせているわけではなかった。不可抗力だと思うし、原因の半分は、わがままなアルディアの性格だ。
――――面と向かって言おうものなら倍になって言い返されるから、言ったりはしないが。
「あぁら、そんなの。……好きな女の一挙手一投足に反応してしまうのは、恋する男にとっては、当然のことよね」
二人の様子をニヤニヤと見ていたラミアーが、ひどく楽しそうにそう言った。
「へっ!? ス、好キ!?」
「恋する男!?」
暖とアルディアは、同時に大声で叫んでしまう。
カ~ッ! と、二人とも真っ赤になって、お互い顔を見合わせた。
「あらあら、初々しい反応だこと」
ラミアーはますます楽しそうだ。
「揶揄ワナ――――」
「そんなことをしている場合ですか!」
揶揄うラミアーを止めようとした暖の声に被せるように、エルフの声が響いた。
そう言えば、リオールとネモもアルディアと一緒に来たのだったと、暖は思い出す。
慌ててそちらを見れば、いつの間にかエルフとドワーフは、城内から続々と駆けつけてくる魔族と戦っていた。
……まぁ、でも……なんというか、見るからに一方的な戦いである。
「私だって、ウララの側に行きたいのに!」
叫ぶリオールの手からは暴風が吹きだし、駆けつけてくる大柄な魔族たちを、まとめて彼方に吹き飛ばしていた。
「ワッハッハッ! いやぁ、若いもんの恥じらう姿は、いいな。俺まで若返った気がするぞ!」
笑いながら戦うネモの周囲には、倒された魔族の山ができている。
暖の顔から、サーッと、血の気が引いた。
「キャァ! ヤリ過ギ、止メテ!」
慌てて二人を止めようとする。
「オ願イ! 魔族、ミンナ、悪イ違ウ! ヤリ過ギ、ダメ!」
暖の必死の訴えを聞いた、リオールは、感じいったように目を閉じた。
「あぁ、やっぱり、ウララは優しいですね」
目を閉じているのに、彼から吹き荒れる風が、ピンポイントで魔族の兵士をぶっ飛ばしているのはなぜだろう?
「大丈夫ですよ。魔族は、しぶとい生き物ですからね」
目を開け、美しく微笑むリオール。
彼の背後には、崩れた天井からロケットみたいに飛ばされていくトカゲの魔族が見える。
「そうそう、俺だって往時の力の十分の一しか出しておらんぞ。この程度で死ぬ魔族などおらんだろう」
ガハハと笑うネモは、倒した魔族の山に、新たな一体を積み上げた。
その途端、魔族の重みに耐えかねた床が崩壊し、積まれた魔族が、ドドドッ! 下に落ちていく。
「おっと」と、穴から飛び退いたネモは、下を覗いて顔を強張らせた。
「……うん、まあ、たぶん大丈夫だろう?」
引きつった笑みで、そう話す。
……本当だろうか?
限りなく疑わしかった。
ともかく、何はともあれ、落ち着かなければと思った暖は、あらためて周囲を確認する。
暖の側には、アルディアがいて、二人をウルフィアが守っていた。
廊下では、リオールとネモが、近づく魔族兵を蹴散らしている。
同じ廊下の奥の方に、イノトがいて、気絶したブラットを必死で守ろうとしていた。
モノアと正妃は、部屋の隅で寄り添い、呆然としている。
外では、相変わらず、ドドォ~ン! ガガガァ~ン! という派手な音が響いていて、ギオルが戦っていると思われた。
そして、部屋の奥にはディアナとラミアーが立っている。
二人の視線の先では、魔王とダンケルが戦っていた。
親子の戦いは一進一退に見えるが、よく見れば、ダンケルは傷だらけで、魔王はピンピンしている。
魔力だけは強いと言われる魔王の実力は、確かなようだ。
しかし、血を流しながらもダンケルの表情は明るかった。
「父上、もう諦めてください。ウララは、無事保護されました。今の彼女に手を出すことは、誰にもできません」
満身創痍の彼の言葉は正しい。
この状況で魔王が暖を奪い返すことは、天地がひっくり返っても有り得ないこと。
魔王は、一瞬、顔を歪める。
強い視線で暖を睨みつけ、……しかし、次には、大きな声で笑いはじめた。
「ハハハ、そうとは限らぬぞ。ここは魔界で、私は魔王だ。この場で私の自由にならぬことはない!」
そんなことを言い出す。
「ふむ。相変わらず阿呆じゃな」
「おかしな悪あがきをする前に、潰した方が良くはなぁい?」
顔をしかめたディアナと、呆れた様子のラミアーが、真剣に話し合う。
「私が行きます! ウララにカッコイイところを見てもらうんです!」
言うなり、リオールは走り出した。
「あ! おい! 抜け駆けとは卑怯だぞ」
慌てたネモも、後ろをついて行く。
「必要ない! わしだけで十分じゃ!」
ディアナが叫び、
「あら、いやだ。私だって少しは手応えのある相手と遊びたいわ」
ラミアーも珍しくやる気満々で前に出る。
『我のことも忘れるな』
天井から、ヌッとギオルまで顔を出した。
全員が全員、魔王に向かって迫っていく。
絶体絶命の魔王は、――――ニッと、笑った。
「吹き飛べ! 人間の王と騎士よ!」
魔王の力ある言葉が、この中で防御の力を持たぬ人間二人に向けられる。
「え?」
気がつけば、アルディアとウルフィアがまとめて吹き飛ばされていた。
「ちっ! 小癪なことを」
舌打ちしたディアナが、瞬間移動し、二人をまとめて受け止める。
「ウララ!」
焦ったアルディアの声が響いた。
気づけば、暖の周囲には誰も立っていない。
彼女は、みんなから切り離されたのだった。




