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とんでも竜

魔界に大咆哮が響き渡り、同時にグラグラと大地が揺らぐ。


「な! なんだ!? まさか、これは竜の咆哮! ……なっ? 俺の結界は、破られていないぞ! ウララ、お前、何か感じたか!?」


焦って、ダンケルが問いかけてくる。

聞かれた暖は、考え込みながら小首を傾げた。


「ソウ言ワレレバ、……チョット、フワッ、シタカモ?」


なんだか風を感じたなと思った暖だ。


「え? まさか、そのくらいで!?」


ダンケルは、呆気にとられた。

同時に、絹を引き裂くような女性の悲鳴があがる。


「キャァ~ッ! ブラット! しっかりして」


叫んだのは、魔王の側妃のイノトだった。彼女が慌てて駆け寄る先では、彼女の息子のブラットが、いつの間にか、背中から壁に叩きつけられている。

見れば、強固なはずの壁には、ブラットを中心に蜘蛛の巣みたいなヒビが大きく広がっていた。

当然、ブラットは、ぐったり伸びている。


「大丈夫!? いったい誰が、この子を!」


イノトの問いかけに答えて「うぅ~」とうなされる声が聞こえた。

どうやら、ブラットは死んではいないようだ。――――無駄に丈夫な魔族である。



誰と問われても、この状況では答えは一つだろう。


「……報復魔法、強すぎだろう」


呆然とダンケルは呟いた。

彼の腕の中、暖もコクコクと首を縦に振る。


(……やり過ぎだわ)


ブラットの惨状もそうだが、何よりこの咆哮。


(この声って――――)


暖がそう思った瞬間、後宮の城ごと揺れていたような震動が、激しくなる。ガラガラガラと大きな音が響いて、ドドォ~ォォォン!! と、大衝撃が襲ってきた。


痛いほどダンケルに抱き込まれ、ダン! ダン! と、直ぐ近くに何かが落ちる音がする。



「危ないだろうぉっ!!」


頭上で怒鳴るダンケルの声に、つられて上を見上げれば、……そこには、魔界の空が広がっていた。



「―――― へ?」



後宮の天井が見事に無くなっている。

すっかり見通しのよくなった空を背景に、角のような二本の鋭い突起のある、ゴツゴツのウロコに覆われた巨大な頭が現れた。


「ギオル!」


『無事か? ウララ』


グワングワンと、ギオルの大声が辺り一帯に響く。


「今、あんたのせいで、無事でなくなるところだったぞ!」


忌々しそうに、ダンケルが怒鳴り返した。

見れば、周囲には天井や壁のなれの果てだろう瓦礫が、ドスドスと床に突き刺さっている。拳大の小さなものから、大きなものは直径一メートルほどもあるだろうか。


暖は、ぞっとして体を震わせた。どれか一つでも当たっていれば、暖の命は間違いなくない。

さらに見れば、瓦礫の散乱する部屋のあちこちに、警護の魔族に守られた正妃とモノアの姿も見えた。イノトとブラットも、どうやら無事のようである。


『隷属を誓ったお前がついているのだ。この程度の衝撃で、ウララを危険に遭わせることなどないであろう?』


万が一にも、そんなことになったらただではおかないと言わんばかりに、ギオルはダンケルを睨め付けた。

ダンケルは、チッと舌打ちする。


「例えそうでもやり過ぎだ! 無事を確信しているなら、こんな騒ぎを起こす必要はないだろう!?」


文句を言われ、ギオルはニヤリと笑った。鋭い牙がむき出しになり、大きな口が裂ける。

迫力満点の竜の笑みに、モノアが「ヒッ!」と、息をのむ。


『いささか出遅れた(・・・・)からな。年甲斐もなく、我も焦ってしまった』


ギオルの言葉を聞いたダンケルは、「は?」と一瞬呆けた。

暖も、パチパチと目を瞬く。


「……出遅レタ?」


ギオルは、はっきりそう言った。


(いったい、誰が誰に出遅れたの?)


『そうだ。まだ会っておらんか? ……“みな”一足先に魔界入りを果たしておるはずだがな』


“みな”というのは、誰なのか? 予想は、しっかりつくのだが、考えたくなくて、暖とダンケルは、顔を見合わせる。




「……マサカ、ネ?」

「……まさか、な?」


ハハハと、力なく笑い合った。


同時に、外から、ドドッ! ドォ~ン! と、音が聞こえてくる。


『ふむ。身の程知らずにも、我を攻撃する魔族がおるようだ。――――丁度良い。魔王を踏み潰す前に、軽く肩慣らしをしておくか。なにせ、実戦は百年ぶりだから。感を取り戻さねばならぬ』


言うなり、ギオルは長い首を返した。


『――――直に“みな”も来るだろう。それまでウララをしっかり守っておれよ。我が竜玉の契約者にかすり傷一つ負わせてみろ、お前の命はモチロン、魔族全ての命も保証できぬぞ』


一方的に命じると、巨大な竜は嬉々として飛び立っていった。


やることなすこと、言うことまでも、とんでもなさ過ぎる竜である。





「…………りゅ、竜玉の契約者?」


風通しのよくなった後宮の天井を呆然と見上げる暖に、上ずった声がかかった。声の主はモノアで、彼女は料理長に体を支えられ、二人そろって一つ目をこれ以上ないほどに見開いている。


「エット。……ハイ。ソウミタイ」


おずおずと、暖は答えた。



「そういうことは、もっと早く言いなさい!!」



モノアの後ろから、正妃が憤怒の表情で怒鳴った。


もっともな正論に、返す言葉のない暖だった。


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