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自分基準

咄嗟に瞑った目の奥で、パァ~ッ!と、白い輝きが広がる。次の瞬間、暖の体は、グィッと、大きな体に抱き込まれた。


「あっぶねぇ~! ……セーフ!? これまだ、セーフだよな!」


滅茶苦茶焦りまくった声が、耳に届く。多少、上ずってはいいるが、低く、男らしい声だ。


「――――王妃さま! 貴女ともあろう方が、何をしておられるのです!? 魔界を滅ぼす気なのですか?」


声は、この後宮で、臆することなく正妃を怒鳴りつけた。

不思議に思い、暖は顔を上げる。眩しさに、一瞬くらんだ視界に、クルリと巻かれた巻角が映った。



「……ダンケル?」


彼女の声に、巻角の男は、下を向く。そこには、予想通り、焦燥を浮かべたダンケルの整った顔があった。


「ウララ、無事か?」


黒い目が、心配そうに暖をのぞきこんでくる。

久しぶりに見るその顔に、暖は正直ホッとした。肩の力が抜けて、その事実に、自分がかなり緊張していたことを、ここではじめて自覚する。


小さく笑って頷き返せば、ダンケルは、大きな安堵の息を吐いた。


「やっぱり、現れたなダンケル! 俺の思ったとおりだ。その子豚は、お前が後宮に送り込んだ刺客だろう!」


そんな二人に向かい、ブラッドが、大声で得意そうに叫んでくる。

――――つくづく、呆れた男だった。彼は、たった今、魔界が滅びかけていたことになど、少しも気づいていないに違いない。


「ブラット! このバカ! お前は、直接ウララの報復魔法を知っているくせに、それでもこんなことをしでかすのか! バカだバカだと思っていたが、お前の頭は、本当に空っぽなのか!?」


苛立ちまじりに、ダンケルはブラットを怒鳴りつけた。

……魔界にとっては、非常に残念なことながら、その通りだったりする。


罵られたブラットは、真っ赤になって怒りだした。彼に、反省した様子は少しもない。


一方、ダンケルは、そんなブラットを、それ以上相手にしなかった。

彼の視線は、正妃へと向けられる。


「王妃さま。貴女も貴女です。貴女ほどの賢妃が、私の名を聞いただけでこれほど取り乱すなど。……いったい、どういうおつもりですか?」


怒りを抑えたダンケルの問いに、正妃は、フッと唇を歪ませる。


「ウララの影に、隠れている気配があったからな。――――誰の気配かまでは特定できなかったが、ブラットの言葉を聞いて、その中の一つが、ダンケル殿、そなたのものだとわかった」


先刻まで、暖やモノアたちにかけていた声や口調をガラリと変えて、冷たく正妃は答える。


ダンケルは、驚いたように目を見開いた。


モノアも、不思議そうに首を傾げる。


「……気配、ですか?」


正妃は、モノアに対しては、微笑みながら頷いた。


「気がつかなかったの? ウララは、人間と言いながら大きな力の気配を纏っていたわ。報復魔法があると話していたから、それかと思っていたのだけれど――――」


暖を守る巨大で複数の気配。魔王の正妃である彼女は、その気配に気づいていた。そして、その中にどこか覚えのある気配が隠れていることにも。

ブラットが『ダンケル』と言った瞬間、それがダンケルのものだと思い出した正妃は、迷わず攻撃魔法を放ったのだと、話す。


「この後宮で、私の目を欺かれるのは我慢ならないからな。特に、ダンケル殿、――――後継争いの結果とはいえ、我が子を無慈悲に殺したそなたには。……それに、そなたがついているのなら、酷い結果にはならないだろう?」


モノアに向けていた笑みをキレイに消して、王妃はダンケルに向き合う。


彼女の言葉を聞いたダンケルは、「ぐっ」と唸ると、頭を抱えた。

つまり、ダンケルは、まんまと正妃に誘き出されたのだ。


「……王妃さま。あなたを騙すような真似をしたことは、謝罪します。ですが、俺がウララを守っていたのは、全て魔界のためです」


人間界に紛れ込み、自分が殺されないために、暖と隷属の契約を交わしたダンケル。確かに、彼の行為の全ては、魔界を救おうという目的のためだ。彼の言葉は、間違っていない。


頭を下げるダンケルに、正妃は「当然でしょう」と返した。


「……そうでなければ、王の認めた嗣子であろうと、この後宮であなたを生かしておかないわ」


魔王の正妃と、次期魔王であるダンケル。単純に比べれば、力は断然ダンケルの方が強い。しかし、ここは後宮。正妃を(かなめ)とし、なにより魔王の妃を守るために作られた宮の中では、いかにダンケルでも、正妃に敵わなかった。

正妃は、苦々しい表情で笑う。


「それに、ダンケル殿、あなたが後宮に入ってこられたということは、あなたの行動を、他ならぬ陛下がお許しになっているということ。……今回の騒動の背後には、陛下の意向もあるのでしょう?」


正妃は、全てお見通しのようだった。

ダンケルは、大きなため息をつく。


「その通りです。……魔界の女性が子を産めなくなった病は、放置すれば魔族が滅びかねない重大な問題。その病を治してくれる治癒魔法の使い手を捜すため、父上は私を人間界に派遣しました。そして、私はウララを見つけ、帰ってきた。……しかし、“私”が連れ帰った女性を、後宮の女性たち――――誰より、正妃さま、あなたが受け入れてくださるかどうかは、わからなかった」


だから、荒療治ではあったが、魔王は暖を問答無用で後宮へ放り込んだ。ダンケルの影を見せずに近づけた方が、受け入れられると判断したのだ。


「……魔界を滅ぼすほどの膨大な自動報復魔法を付けたままで?」


驚いたように正妃が聞き返す。それは、あまりに危険な方法だ。

ダンケルは、苦虫を噛み潰したみたいな顔になった。


「父上の魔力は、強大ですからね。……『自分の魔力に慣れ過ぎて、ウララの纏っている魔力を異常に感じなかった』そうです」


暖から無理やり引き離されたダンケル。一度は父王の言葉に従ったものの、その後、やっぱり納得できなくて、彼は何度も父に対し、どうしてそんな無謀な真似をしたのかと、問い詰めた。

結果、帰ってきた言葉が、先ほどの『あれ』だった。


――――人は、誰しも自分を基準に考えがちだ。魔王の基準も多分に漏れず自分(・・)で、ディアナいわく、“魔力だけは強いクソ魔王”の彼は、暖の纏った力を、それほどおかしなものとは感じなかったのだという。



いくら魔力が強いにしても、大雑把すぎだろう。



「……馬鹿ジャナイノ?」



ダンケルの腕の中、暖はポツリと呟いた。


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