温泉好きは止められない
淡々と、正妃の話は続く。
後宮どころか魔界の女性の多くが、子供ができにくくなっていると。
「辺境は、まだましなのだけれど、王都に近づけば近づくほど、女性の出産率は、下がっているわ。魔族は長命種が多いから、即人口の低下には繋がっていない。でも……このまま続けば、滅びる種族も出てくるでしょうね」
正妃は、苦悶の表情を浮かべた。そのまま言葉を続ける。
「問題なのは、――――出産率が下がっていることについて、多くの魔族が危機感を持っていないことよ」
魔族は、長命種。数十年、子が産まれなくとも、それを喫緊の問題と思う者は少ない。
後宮の妃や貴族の妻等、なにがなんでも子をもうけたい者以外が、この問題を重要視することはなかった。
(そう言われれば、日本でも出産率の低下が問題になってずいぶん経つけれど、それを自分自身の問題と思う人は、少ないわよね)
子供が産まれなくとも、即、自分が困るわけではない。少子化問題が、いずれは回り回って自分や子孫の不利益になることはわかっていても、それよりも、今日明日の生活の方が大切なのである。
そして、魔族の問題は、日本よりさらに深刻だ。
日本の少子化の主な原因は、人々の結婚や家庭、出産に対する意識の変化や、所得、就労の低迷。要は、外的要因で、日本女性は、子供を産む能力を持っている。
対して、魔族が出産できないのは、純粋に体の問題だった。
産もうとしても産めない魔族女性の苦しみは、想像以上のものだろう。
(だから、あの魔王も、ダンケルを人間界に派遣して、治癒魔法の使い手を探したのよね。……まあ、その手段は、絶対許せるものじゃないけれど)
人間世界に戦争を起こし、現れた治癒魔法の使い手を攫おうとした魔王。例えどんな理由があろうとも、その暴挙を許せるはずもない。
しかも、結果、連れてきたのは、治癒魔法を使えない暖なのだ。
(これで、魔族女性の子を産めない原因が、私なんかの手も足も出ない伝染病や難病だったらどうするつもりなの? 被害ばかりが拡大して、なんの益もない結果になったのよ!)
自分に癒しの力はないと、信じている暖は、魔王の策にプリプリ怒る。
(……でも、とりあえず、私でもお手伝いできることでよかったわ)
暖が見る限り、魔族女性が妊娠できないのは、過度のダイエットによる女性ホルモンの乱れと思われる。生理不順を悪化させ、無月経となったのだろう。あまりに細すぎる腰は、子宮などに悪影響を及ぼしていないか不安だが、そこは魔族の生命力にかけたいと思った。
話を終え、不安そうに暖を見てくる正妃や、モノアたちに、暖は目を向けた。
モノアが正妃に献上し、正妃が気に入ったことから後宮で流行り出したアラビアンナイト風の衣装に身を包む彼女たちの腰に、今はコルセットは、ない。
(まず、この衣装はこのまま流行らせるとして――――)
同じ衣装を着ている自分の姿はあまり考えないようにして、暖は次にやらなければならないものを考えた。
(ホルモンを整えるためにも、きちんとバランスのとれた食事をしてもらうのが大切よね。あと、身体を温めるのも効果があるはずだから、マッサージも続けて……そうだわ、温泉はどうかしら!?)
暖は、突如思いついた自分のアイディアに、心の中でポン! と手を打った。
全国津々浦々、さまざまな温泉を踏破してきた暖。
温泉の中には、婦人病に効く温泉も数多ある。
(確か、塩化物泉が良かったのよね。血行促進効果が高くって、体をポカポカに温めてくれるの。しかも、塩分のおかげで湯冷めもしにくいし!)
美しいオーシャンビューを堪能しながらの素晴らしい露天風呂。巡り巡った名湯の数々を思い出した暖は、うっとりと頬をゆるめる。いささか、だらしない笑みを浮かべた。
「ウ、……ウララ?」
そんな暖の姿に、ドンびいてしまったのか、モノアが恐る恐る声をかけてくる。
「アッ! 大丈夫。ナンデモナイ! イイ案、思イツイタ。今、順番、説明スル。アノネ――――」
暖は、慌てて顔を引き締めると、彼女たちに対し、魔族女性が子を産めない原因と考えられることと、その対処法を一から説明しはじめた。
細すぎる腰を指摘すれば、正妃は目を丸くする。
「確かに、食事の量は減っているけれど、……でも、我ら魔族は、頑健な種族。多少食べなくとも、どの種族も健康を損ねるはずなど――――」
「ダカラ、尚更ダメ! ミンナ、痩セテモ大丈夫、思ッテルカラ、体、不調、気ヅカナイ!」
頑健であるからこそ、たかが痩せたくらいのことを大事と思う者がいなかったのだろう。ストレスを感じたモノアは、心の不調を起こしたが、他の魔族女性は、生理はなくとも全員自分の健康に不安を感じている風はなかった。
半信半疑の様子ではあったが、正妃はとりあえず頷いてくれる。
コルセットを外すこと、食事療法、マッサージなどを順序良く暖は説明した。
そして――――
「アト、トッテオキ、イイ方法! 温泉! 温泉シマショ!」
満面の笑みで、暖はそう言った。




