正妃の資格
その後、ようやく暖は話をはじめる。
(ごちゃごちゃと回りくどいのは苦手だわ。……私の語力で、かまをかけるなんて無理だし)
「魔界、滅亡シソウ、知ッテル?」
結果、暖は単刀直入に聞いてみた。
突然の質問に、モノアとイノトは、驚いて目を丸くする。
正妃は、ピクリとも表情を動かさなかった。
しかし、あまりに動じないその姿は、かえって彼女が、間違いなく魔界滅亡の話を知っていただろうということを、暖に確信させる。
相変わらず空気を読まないブラットは、ケラケラと笑いだした。
「何? あの馬鹿げた噂、子豚ちゃんの耳にまで入っているの?」
彼がその話を信じていないのは、聞くまでもない。
「魔界は、一万年の歴史を誇る永遠の世界だよ。滅びるはずがないだろう?」
得々と語るブラット。
暖は、静かに彼に問いかけた。
「ブラット、弟、妹、イル?」
「なんだい? 藪から棒に。俺に弟妹なんていないよ。そんな面倒くさいモノ必要ないからね」
やはり、と暖は思った。ブラットは三十歳前。つまり、三十年くらい前から、魔王の子供は一人も生まれていないのだ。
後宮には、モノアやイノト以外の側妃が大勢いる。正妃だって、威厳と貫禄と同時に、妖艶な魅力を漂わせる妙齢の美女だ。
(もっと、バンバン子供が産まれていたって、不思議じゃないわよね?)
なのに、後宮に子供はいない。
暖は、悲しい気持ちで、正妃やモノア、イノトの細すぎる腰を見た。
痩せている人でも子沢山の人は多い。腰が細いからといって子供が産めないわけでは決してない。
(……でも、細いと言っても限度があるわ)
少なくとも、生理が止まってしまえば、子供を産むことなど望めるはずもない。
「正妃様、……生理アル?」
折れそうなほどに細い腰を見つめて、暖は問いかけた。
「ウララ!」
途端、モノアが青い顔で、飛び上がるように立ちあがる。
「も、申し訳ありません! 正妃さま。ウララは、後宮のことがよくわからないのです! 彼女の無礼は、私が謝罪します!」
ブルブルと震えながら、モノアは必死に頭を下げる。
暖の質問に、一瞬顔色を変えた正妃は、……大きく息を吐き出した。
「落ち着きなさい、モノア。私は、この者の報復魔法の威力を試そうとは、思っていませんよ」
正妃の言葉を聞いたモノアは、ヘナヘナと腰が抜けたように椅子にへたり込む。
その様子に苦笑しながら、正妃は暖の方へと視線を向けてきた。
こちらを向いた途端、彼女は表情を引き締める。
「ウララ。……今のそなたの発言は、私の正妃としての資格を問うているものだと、わかってのものですか?」
魔王の妃として、第一に求められるものは、魔王の子を産むこと。暖の質問は、正妃に妃の資格があるのかと、詰問しているに等しい。
暖は、小さく、しかし、はっきりと頷いた。
「妃、仕事、子供産ムダケ、違ウ思ウケド。子孫繁栄、大事、ワカル。……ダカラ、教エテ」
正妃は、虚を衝かれたようにハッとした。
「――――子供産むだけ、違う?」
思ってもみなかったのだろう、暖の言葉をそっくりそのまま繰り返す。
「当タリ前! 夫婦、協力シテ生キル! 王ト王妃ナラ、国、統治モ、一緒! 子供産ムダケ、妃、務マラナイ!」
国のトップレディとなる王妃にとって大切な資質が、子供を産むだけのはずがない。王を補佐し、支え、時には王になりかわり政治の矢面に立たねばならぬこともある。
「子供産ムダケ、妃、ナクテモデキル。ソレダケ全テ、ナイヨネ?」
ぶっちゃけ自分の子供が欲しいだけなら、相手は女性であれば誰でもいい。
正妃はもちろん、側妃であるモノアやイノトだって、種族のバランスや生家の身分、何より彼女ら自身の資質や教養、考え方等の全てを考慮されて選ばれているはずだ。
(いくらあの魔王でも、それくらいは考えているわよね?)
そうでなければ、長年魔王の座に就いていられたはずがない。
何より目の前の正妃は、ただ美しいだけの女性とは思えなかった。
暖の言葉に正妃は、静かに目を閉じた。
「……そなたの言うとおりね。どうやら私は、子を産むという一事にこだわり過ぎて、正常な判断を失っていたようだわ」
長く息を吐き出し、目を開けた正妃はフッと笑った。
「後継争いで我が子を失い、新たな子を授かることができなくなっても、私が魔界の正妃であることは変わりない。……わかっていたはずなのに」
正妃の言葉に、モノアとイノトが弾かれたように立ち上がった。
「正妃さま!」
悲鳴のように叫ぶ二人の側妃に、正妃は、美しく笑いかけた。
「ウララ。そなたの想像どおりよ。……私に生理はない。私だけでなく、このモノアやイノト、他のどの妃も、同じ。――――今、この後宮に子をなす力を持つ者はいないわ」
正妃は、はっきりとそう言った。