大袈裟じゃありません!
豪華な正妃の私室に、凍りつくような静寂が広がる。
ドクドクと鳴る自分の心臓の音が、やけにうるさく暖の耳に響いた。
彼女の衝撃発言を聞いたモノアとイノトは、大きく息を呑み、言葉を失っている。
正妃も目を見開いていたが、それ以上の動揺は見せなかった。
「やだなぁ。子豚ちゃんが人間なんて、一目見ればわかるだろう?」
空気を読まないブラットは、先ほど暖に睨まれたことなど無かったかのように、馴れ馴れしく彼女の肩に手をかけてくる。
パン! と、条件反射で勢いよく払えば「ひどいなぁ」と、手をさすり、痛がるふりをした。
下女であり、たった今人間だと爆弾発言をした暖が、魔族の王子の手を払う。
普通なら、それは、その場で殺されても文句を言えない行為だ。
モノアは顔色を青くした。
可愛い我が子を邪険にされたイノトは、血相を変え、立ち上がろうとする。
それを、正妃が視線で制した。
「どうして、人間が後宮に?」
静かな声で、正妃は暖に問いかけてくる。
「私、ココニ寄コシタ、魔王……サマ。話、聞ク、オ願イ!」
自分のやってしまったことに一瞬ヒヤッとした暖だが、なんとか収まりそうなその場の気配に、ホッとしながら訴えた。
魔王の名を出せば、正妃は考えながらも頷いてくれる。
「いいでしょう。……とりあえず座りなさい。長い話になるのでしょう?」
問答無用で人間を排除しようとするわけではなく、話を聞こうという正妃の態度に、暖は好感を抱いた。
(悪い人ではないのかも? ……とりあえず、第一関門は突破したってとこかしら)
促されて、豪華な応接セットへと腰を落ち着けた。
奥の椅子に正妃が座り、モノアとイノトが正妃の両隣に腰かける。
イノトは、まだ憎々しげに暖を睨んだままだ。
モノアの隣に暖が座り、その暖の隣にブラットが座ろうとした。
(イヤっ!)
ついつい、またまた条件反射で、暖は、グイッと押し返してしまう。
まずいとは思うのだが、しみついた嫌悪感は我慢できなかった。
「アッチ、行ッテ!」
「ヒドイ! 子豚ちゃん!」
泣きまねをするブラットに、暖は冷たい視線を送る。
「人間の分際で、私のブラットに、そんな態度をとるなんて――――」
さすがに我慢できなかったのだろう、イノトが怒鳴りながら立ち上がった。
彼女の口からは、伸びはじめた牙が、チラリとのぞいている。
「イノト、座りなさい!」
それを正妃が、冷静に制してくれた。
イノトは、歯軋りしながらも腰をおろす。鋭い牙の先端が、キラリと光る。
それを見た暖は、……大きく息を吐きだした。
もしも、あの牙で襲われでもしたら、危ないところだ。
(危ないのは、私じゃなく魔界だけど……)
まずは、そのことについて注意をするべきだと、暖は思う。
「話、前ニ、注意。……私、何、話シテモ、敵意向ケル、ダメ絶対! 私、強イ、自動報復防御魔法アル。私、攻撃スルト、魔界、滅ビル」
聞いた正妃たちは、ポカンとした。
「――――自動報復防御魔法?」
オウム返しに聞き返すモノアだが、その口調からは、半信半疑だということが伝わってくる。ブラットやイノトなどは、何を言っているんだという、馬鹿にしたような視線を向けてきた。
「ソウ。……論ヨリ証拠!」
暖は、不本意ながらブラットに近づき、自分の白い腕を彼の目の前に突き出す。
ポチャポチャとして美味しそうだと、ブラットの言った腕である。
「――――うわっ! 止めてくれ! くそっ、俺は、絶対食べたがらないぞっ!」
ようやく以前の苦しみを思い出したのか、ブラットは、慌てて目をつむり、暖の腕から顔を背けた。
「ダメ、証明スルカラ。ヨク見テ!」
グイグイと近づければ、ブラットは「助けて!」と悲鳴をあげる。情けない格好で、イノトの背後に隠れた。
「人間! いい加減にしなさいっ!」
我慢できずに、イノトが立ち上がる。暖に手をあげようとして、右手を頭上に振り上げた。
――――途端、「キャア!!」と叫んで蹲る。
頭をおさえ「痛い、痛い」と、苦しみもがきはじめた。
「ア、ア、ゴメンナサイ」
先に手を出そうとしたのはイノトだが、彼女のあまりの苦しみように暖は思わず謝ってしまう。
恐る恐る正妃を見れば、彼女は納得したように頷いていた。
「……なるほど。そなたに危害を加えようとすると、自動的に報復魔法が発動するのね?」
正妃の言葉に、暖はウンウンと頷いた。さすが正妃だ。話が早くて助かる。
「最悪、ミンナ、フッ飛ブ」
その言葉に、女性たちは全員顔色を悪くした。
「そんな大袈裟な」
ブラットだけは、ヘラヘラと笑うが、正妃に睨まれ口をつぐむ。
「どのくらいの威力の報復魔法なの?」
怖いモノ見たさなのか、恐る恐るモノアが聞いてきた。
暖は、少し考え込む。
「"落ちたる竜王"、"エルフの失われた王"、"神を堕落させた吸血姫"、"世界を二度滅ぼしかけた魔女"、……ミンナ、一度ニ攻撃シタクライ」
――――シ~ンと、静寂がその場を包んだ。
「……やけに、具体的なのね」
「いやだなぁ、子豚ちゃん。冗談がキツイよ」
「……冗談にしても笑えないわ」
顔を引きつらせながら、モノア、ブラット、イノトの順でそう話す。
冗談でもなんでもなく、事実である。
「……わかった。そなたには、決して攻撃すまい」
重々しく頷く正妃に、「オ願イシマス!」と、真剣に頼む暖だった。




