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魔界の常識は人の非常識

(な! なんで、ブラット? 後宮って、魔王以外の男性は入れないんじゃなかったの!?)


暖は、心の中でパニックをおこす。

しかし、正妃も、そしてモノアでさえも、ブラットの存在を不思議に思っていないようだ。

正妃は落ち着いているし、モノアも顔をしかめてはいても、驚いている風はない。


「なぜブラットさまが、この場に?」


声を荒げずにそう聞いていた。

モノアの問いへの答えは、正妃の後ろから返ってくる。


「私の(いと)し子が、あなたが連れてきたその女性を、知っていると言うからよ」


部屋の奥にあった衝立の影から、一人の人物が歩み出てきた。見た目は人間で、正妃には及ばないが、たいへん大きな胸を持っている美人だ。言うまでもないだろが、腰は折れそうなほど細い。


「イノト!?」


モノアが驚きの声をあげた。

どうやら、彼女が噂のイノトらしい。


(イト)シ子?」


「ブラットさまは、イノトさまの御子(おこ)よ。まだ、成人前でいらっしゃるから、後宮への出入りを許されておられるの」


暖の質問に、モノアが答えてくれた。

暖は目を丸くする。



「成人前?!」



(成人って、あの成人?)


ブラットがイノトの子供だという話にも驚いたが、それより何より、『成人前』という言葉の方に、暖は驚愕する。

ブラットの外見は、角はあるが、他は二十代の立派な青年。言動は軽いけど、どう見ても十代には思えない。


その感覚は間違いではなく――――


「俺は、三十歳前だからね」


あっけらかんとブラットは、そう言った。

魔界の成人は五十歳。三十歳前なんて、まだまだひよっこなのだそうだ。子をなすこともできないし、……しかし、それゆえに、後宮へ入ることは、できる。


「いったい、どういう感覚なのっ?!」


暖は、思わず日本語で叫んでしまった。三十歳にもなって未成年などと、どの面下げて言うのだと、思ってしまう。


(いや、前ってことは、まだ三十歳ではないのよね?)


それにしたって、たいした違いはなかった。

そして、ふと思いつく。――――ブラットのどうにもならないダメダメな性格は、まだ子供だという甘えからきているのかもしれない。彼の今までの行動も、わがままな子供のものだと思えば、それほど不思議なことではない。


(でも、そんなこと、許されるはずがないでしょう!)


それを言うなら、暖だってまだ二十代だった。確実にブラットより若い自信がある。


(そんな理由で、今までの暴言をなかったことになんてしないわよ!)


遠慮するものか! と、暖は強くブラットを睨む。


そんな彼女の内心を知るはずもない男は、ヒョコヒョコと軽い様子で近づいてきた。


「いやぁ、まさか子豚ちゃんが、後宮――――それも、正妃さまのお側にいるなんてね。……意外(・・)だよねぇ?」


親しそうに話しかけてくるブラット。彼の頭の中からは、暖に苦しめられた記憶などすっかり抜け落ちているのだろう。ニヤリと笑うと、なんのためらいもなく暖の耳元に顔を寄せた。


声をひそめ、囁いてくる。


「正妃さまは、ダンケルが誰よりお嫌いだ。奴の恋人(・・)だって知られたくなかったら、俺と話を合わせた方が、いいよ」


そう脅してきた。


(誰が、恋人よ!!)


まず、暖はそちらに怒る。その後、キッ! と、ブラットを睨みつけた。



「人、子豚、呼ブ男、合ワセル話、ナイ!」



こんなところでブラットに屈してなんてなるものか! と、暖は思う。

だいたい、暖を後宮に送り込んだのはダンケルではなく魔王の方だ。暖に、後ろ暗いところは何もない。


それに、後宮に放り出された当初と違い、今の暖には、モノアのように味方となってくれる存在がたくさんいた。

問答無用で襲われるような心配は、もうないだろう。


(言いたいなら、言いなさいよ! 私は、きちんと説明をして、正妃さまにわかってもらうから!)


そんな思いを込めて、暖はブラットを睨み続ける。


思いもよらない彼女の反応に、ブラットはポカンと口を開けた。

モノアも驚き、我が子を怒鳴られたイノトは、眼差しをきつくする。赤い唇から、牙の先端が、チラッとのぞいた。



丁度そのタイミングで、その場に、朗らかな笑い声が響く。


「ホホホ! ……元気の良い娘だこと」


笑ったのは、正妃だった。

圧倒的な存在感を持つ美貌の女性が、暖の方へと視線を向ける。


「モノアをここまで変えた者が、いったいどんな存在か気になったのだけれど。……フフ、思った以上に元気の良いお嬢さんだったようね?」


正妃は、上機嫌でそう言った。キラリと光る瞳が、暖を映す。



「ウララと、いったかしら? ある日突然後宮に現れて、いつの間にか、後宮の下女や侍女を癒した者。身元は不詳で、片言の言葉を話し、なんの種族かもわからない――――不思議な娘よねぇ?」



クスクスと笑いながら話す正妃は、とっくに暖の調査を済ませているようだ。

さすが、後宮ナンバー1の地位を持つ女性である。


モノアが、焦ったように暖の前に飛び出してきた。


「正妃さま。ウララは、決して怪しいものではありません! 彼女の身元は私が保証します!」


懸命に暖を庇うモノア。その優しさに、暖は感動する。

正妃は、困ったように苦笑した。


「善良なモノア。私は、ウララを責めているわけではないわよ。むしろ、彼女が行ったことには、感謝しているの。……ただ、この後宮の中に、私の知らない者がいることは、あまり好ましいことではないのよ。わかるでしょう?」


そう言って、正妃は暖を見る。




暖は、覚悟を決めた。


(ここまで調べられているのなら、下手に隠し立てをしない方が、いいわ)


そう思う。

心配そうなモノアを制して、前に出た。



「正妃サマ。私、ウララ。……人間デス」



暖は、はっきりとそう告げた。


活動報告にも書きましたが――――

今月末に、「異世界キッチンからこんにちは」の2巻を刊行できることになりました!

つきましては、恒例のプレゼントを行いたいと思います。

ご希望の方は「異世界キッチンからこんにちは2 希望」というメッセージを九重あてにください。

7月27日(木)までにお願いします。

厳正な抽選を行い、当選された方に九重からメッセージを送りますので、その返信で送付先を教えていただければと思います。

送料は当方負担で、ささやかなメッセージカードを付けさせていただきます。


こうして書籍を出版できるのも、皆さまの温かい応援のおかげです!

本当に、心から感謝申し上げます。

どうぞ、これからもよろしくお願いします!

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