後悔先に立たず
思いもよらぬ、正妃からの招待を受け、暖は目を丸くする。
「凄いわ! ウララ。側妃や身分の高い侍女以外の者が、正妃さまにお目通りできるなんて、滅多にないことなのよ! 流石、私のウララだわ!」
モノアは手放しに喜ぶ。
いつの間に、暖はモノアのウララになったのだろう?
ともあれ、彼女に断るという選択肢は与えられていないようだった。
(正妃は魔王の奥さんだけど、ダンケルのお母さんではないのよね。……ってことは、ひょっとして、ものすごく仲が悪かったりするんじゃないの?)
仲が悪いどころか、不倶戴天の敵だったりするが、暖はそれを知りようもない。ただ、嫌な予感だけはヒシヒシと感じていた。
「大丈夫よ、私も一緒に呼ばれているから。礼儀作法は、私がバッチリ教えてあげるわ。……そうだわ! 謁見のための衣装も、お揃いで作りましょう!」
一方、モノアは、ノリノリである。自分で自分のアイデアを気に入ってパチンと手を叩いた。先日以来、何着も作らせて、毎日着ているアラビアンナイト風の衣装を見下ろしながら、にっこりと笑う。
(え? ……まさか、それを私が着るの?)
暖は、顔色を悪くした。
「ムリムリムリ!」
首をブンブンと横に振り、必死に着たくないとアピールする。
「大丈夫よ。今から急いで作れば、正妃さまとの謁見までに、ウララの衣装を作ることは可能だわ。うんと、豪華にしましょう!」
遠慮するなと、モノアは言った。
そういう意味じゃない! と、怒鳴りつけたい暖だ。
しかし、悲しいかな、咄嗟に言葉が浮かばなかった。
――――結果、断りきれなかった暖は、キラキラと光り輝くスケスケの衣装を身につける羽目になる。
モノアが渾身の思いを込めて作らせた衣装は、ため息が出るほど美しい。
「キレイよ! ウララ」
「……衣装ガ、ネ」
暖はガックリ肩を落とした。
(まさか、自分が着るようになるとは思わなかったわ。……こんなことなら、アラビアンナイト風の衣装なんて、絶対勧めなかったのに!)
後悔、先に立たず。
あの日、調子に乗って衣装を作らせた自分を怒鳴りつけてやりたいと、暖は思う。
「いや、想像以上に似合っているぞ。その体形でその衣装はどうかと私も思ったのだが、……うん。悪くない」
落ち込む暖を、慰めようとしたのだろう、料理長が声をかけてきた。
「……同情、イラナイ」
「いや、同情ではなく、本当に――――」
料理長は、なおも暖に話しかけてくるのだが、暖は聞いていなかった。
彼女の頭の中は、来るべき正妃との謁見でいっぱいになっていたのだ。
(着てしまった衣装は、仕方ないわよね。笑われるのは覚悟して。……それより、気にしなきゃいけないのは、正妃の思惑だわ。いったい私になんの用かしら?)
そこがわからない暖である。
暖のしているマッサージの噂を聞いて、依頼されるくらいならいいのだが、……最悪、暖が人間だということがバレて、捕まえようとしている可能性だって考えられる。
(正妃っていうくらいだから、頭はいいと思うんだけど。……問答無用で殺そうとしたり、しないわよね?)
とはいえ、魔王もあんな感じである。
あまり期待はできないと暖は思う。
その場合、どうやって波風立てずに済まそうかと、悩んでしまった。
下手に攻撃されでもしたら、即座に暖の防御魔法が発動する。後宮は、あっという間に消滅するだろう。
(それどころか、魔界滅亡だってあり得るわよね?)
モノアや料理長と過ごすうちに、暖はだんだん魔族に親しみを抱くようになってきた。一つ目だったり、トカゲだったりと、恐ろしい容貌の魔族たちだが、ずっと一緒に暮らして、その姿に慣れてみれば、人間とそれほど大きな違いはない。
(私のせいで、モノアやみんなが死んだりしたら、嫌だわ)
何より、ここまでマッサージをしてきた暖の努力が無に帰してしまう。
それはなんとしても避けたかった。
(ともかく、落ち着いて平常心でいきましょう。何が起こっても慌てず冷静に対処するの!)
暖は、固く決意する。
しかし、その決意は、謁見のために正妃の間に入った途端、ガラガラと崩れ去った。
「やあ! 子豚ちゃん、久しぶり!」
短い牛の角を生やした絶世の美人の正妃の後ろには、何故か、ニコニコと笑うブラットが立っていた。




