ただし、イケメンに限る!
その後のアルディアと他の人たちのやり取りを、暖は呆然と見ていた。
言葉はアルディアの台詞しかわからない。
「そうは言っても、全ての責任はお前だろう」
「ああ、仕方ない。言葉は私が教えてやる」
「遠慮せずに働いてもらえばいい」
何が何だかわからない内に、暖の処遇は決まっていった。
それをまとめれば――――
1 当面の暖の世話はディアナがすること、ディアナのできないところは、ウルフィアが手伝う。
2 衣食住をディアナにみてもらう代わりに、暖はディアナの家事を手伝う。
3 暖の言葉はアルディアが教える。その代わりに暖は、アルディアのいる診療所の下働きをする。
4 暖の仕事は当分無報酬。その代わり生活費として決まった金を国が支払う。
5 暖が一人で生活出来る能力と居場所、収入を得られるようになれば、この取り決めは無効となる。
「かなりお前に有利な条件だぞ。これで頷けなければ、私はもう知らぬ。勝手に何処にでも行って野垂れ死ね」
アルディアはそう言った。
高飛車で、どこまでも偉そうなアルディア。
なんと、彼はこの国の第二王子だった。
様々な種族が暮らすこの国で、スムーズに統治をするために、王族にはあらゆる言葉がわかる翻訳能力が有るのだそうだ。
第二王子でありながら病弱で喘息持ちのアルディアは、この村で療養生活をしているのだという。
「実際は、廃嫡されたようなものだ。それでもお飾りの権力が少しはある。今の私が出来るのは、これくらいだ」
美しい顔をゆがめ、アルディアは自嘲した。
突然異世界に召喚されて、もう帰れないと言われ、暖は、わけがわからない。
勝手に処遇を決められて納得出来るはずなどないが、それでも、これ以上はどうにもならないことだけは、…… わかった。
何より今は、唯一言葉の通じるアルディアから離れたくない。
王族ならば他の人でも言葉がわかるのかもしれないが、他の王族に会える保証はなかった。
「その条件で良いです」
暖の答えに、アルディアは当然だろうと頷く。
「少しは考える頭が有ったようで何よりだ」
やはり腹のたつ王子様だった。
こうして、暖の異世界生活は、はじまったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「ああ、そこじゃ。そこを強く」
「ココ?」
気持ち良さそうに頷くディアナの様子を見ながら、暖は手に力を入れる。
「うっ、………… ん~」
一瞬息を止めたディアナは、次の瞬間気持ち良さそうに長い息を吐き出す。
体の力をダラリとぬいて、フニャリと蕩ける老婆の顔を、暖は複雑な気分で見つめた。
あろうことか、暖が温泉の召喚に巻き込まれたという、とんでもない事情で異世界に来てから一ヶ月。
暖は最近の日課になった、ディアナへのマッサージの最中だった。
どうなることか不安だった異世界の暮らしも、ようやく慣れてきた日々だ。
言葉も少しずつだが、話せるようになってきた。
「ああ、もういいぞ。そろそろ出かける時間じゃろう? 早くしないと遅刻するぞ。 ……… 今日は、あのボケ竜のところからか?」
シッシッと、暖を追い払うみたいな手つきをしながら、老いた魔女はあくびをする。
遅刻しそうな時間になってしまったのは、長々とマッサージをさせていたディアナのせいだろうとか、色々言いたい事はあるのだが、まだそこまで話せない暖は、黙って頷く。
(相手が何を話しているかは、だいたいわかるようになったんだけど、喋るのは難しいのよね)
言いたい事が言えないのは結構ストレスがたまる。
「行ッテキマス」
確かに、遅刻しそうな時間なので、暖は慌ててディアナの家を飛び出した。
ディアナの家に住み、生活を保証してもらったり、アルディアに言葉を教えてもらったりする代わりに、暖は診療所の手伝いをしている。
主な仕事は、診療所の外で暮らしている患者の定期的なお世話だ。
暮らしてみてわかったのだが、ここは村全体が療養所のような所だった。
「そんな立派な所じゃない。ようは世間で役にたたなくなった”モノ”を一ヶ所に押し込めている廃棄場のようなものだ」
辛辣にアルディアは、そう話す。
喘息持ちの王子さまは唇を歪めて笑った。――――役立たずな”モノ”の中には、彼自身も入っているのだ。
年老いて関節痛がひどい魔法使いの老婆。
長年の激務により腰を痛めてしまった女騎士。
認知症の竜やその他諸々……
ここには普通に暮らさせるには、本人にも周囲にも問題の有る者達が集められている。
「療養などと聞こえはいいが、不要品を集めただけだ」
アルディアは、吐き捨てるようにそう言った。
暖には、かける言葉もない。
この世界に来て日も浅い暖が、何をどう言ったとしても、アルディアの考えが変わるはずもないだろう。
だから、暖は、アルディアをしっかり見つめる。
「でも、あなたがここに居てくれて、私はとっても助かったわ」
何の役にも立たない人間など居ないのだと、暖は伝えたい。
彼女の言葉を聞いて、綺麗な紫の瞳が、わずかに見開かれた。
一瞬の内に、白い頬を赤く染めたアルディアは、プイッと顔をそむける。
「お前のような異世界人の役に立ってどうなる」
どうにも素直じゃない王子さまだった。
暖は、そんなアルディアの様子に、頬をゆるめる。
(可愛いのよね)
多分暖より年上だろうアルディアだが、美しく可憐な容姿のせいもあり、暖には年下の美少年にしか思えない。
(喘息も同じだし、…… 妹みたい)
高飛車な発言も病弱ゆえの甘えと思えば、さほど腹も立たない。
暖は、お姉ちゃん気質なのだ。
(それに何より美形だし!)
姿を見れば、眼福。声を聞けば、耳が喜ぶレベルの人間などそうそういない。
アルディアのすることなら、多少のことは許せる気持ちになるのだから、不思議だ。
”ただしイケメンに限る!” というのは、本当にあるのだなと、実感した暖だった。
そんなことを考えながら歩いていた暖の真上から、突如大きな声が降ってくる。
『知らぬ顔だな、何者だ!?』
自分の頭の上を見上げた。
そこにあったのは、絵本の挿し絵か、はたまた最近流行りのカードゲームのビジュアルカードなのかというような巨大竜の顔だった。