姫さま
いくらなんでも痩せすぎだ。間違いなく病気のレベルだと暖は思う。
「シムスか?」
小さな声がベッドから聞こえた。
「はい。姫さま」
返事をした料理長が頭を下げる。はじめて知ったが、どうやら彼女の名前はシムスというらしい。
「姫さま、お加減はいかがですか?」
「私など、死んだも同然だ」
料理長の問いかけに、自嘲の言葉が返ってくる。
「何を仰います!」
料理長は、バッと顔を上げた。
「陛下のお情けをいただけなくなった側妃に、どんな存在意義がある」
姫さまと呼ばれた女性の声は、血を吐くような悲哀に満ちていた。
「それは! ……モノアさまの体調が、優れないからで、元気にさえなられれば、陛下もきっと!」
料理長は、彼女の姫さまを懸命に慰める。
しかし、モノアと呼ばれた側妃は、首を横にふった。
「例え、陛下の御心が、まだ私にあったとしても、既に私には、陛下の寵愛を受ける資格がない」
うつむき涙を堪えるかのように唇を噛むモノア。
寵愛を受ける資格がないということは、どういうことだろう?
(ひょっとして、この姫さまも――――)
暖は、彼女の細すぎる腰を見つめた。これだけの細さでは、まともな生理があるとはとても思えない。少なくとも暖にはそう思えた。
料理長は、膝をついたまま前に出る。
「姫さま。姫さまのその憂いを払うために、今日は、このシムス、無礼を承知でお目通りを願い出ました」
そう言いながら、料理長は暖の手を握ると、彼女を前へと押し出す。
「姫さま。この者は私の配下。生理を失った侍女や下女を癒した者です!」
その言葉を聞いたモノアは、パッ!と、顔を上げた。彼女のたった一つ目が、ヒッシと暖を見つめてくる。溺れる者が一本の藁に縋るかのようなその眼差し。
暖は、思わずモノアの方に駆け出した。控えていた三人の一つ目が慌てたように前に出て、暖を押し止める。三人に捕まりながら、暖は大声でモノアを怒鳴りつけた!
「モウ! 痩セスギデショウ! ソンナ痩セテ、ドウスル? 死ニタイ? 自殺ナノ? ……馬鹿デショ! 絶対!!」
怒鳴られたモノアは、ポカンと口を開けた。
あまりにも痩せ細ったその姿に、暖の心の奥から怒りが沸いてくる。
料理長が、慌てて暖を引き下がらせた。
「ウララ、落ち着け!」
「死ニソウ人、見テ、落チ着ク、無理!」
暖に怒鳴り返された料理長は、顔色を失った。
「……死にそう?」
「当タリ前! コノママ痩セル、絶対死ヌ!」
実際、モノアは、今生きているのが不思議なくらい痩せていた。魔族の強い生命力のおかげで生きているのだろうが、それだって限度があるだろう。
(何より、彼女は精神的に落ちているわ)
体の不調は、心に繋がる。今までのモノアの発言を聞く限り、彼女はうつ状態なのではないだろうか?
痩せて死ぬ前に、自殺する可能性だってないとはいえなかった。
(私は、精神科医じゃないから、確実とは言えないけれど)
それでも、黙って見過ごすわけにはいかなかった。
「トモカク、早ク、コルセット緩メテ!」
暖の言葉に、料理長と他の一つ目たちが首を傾げる。
「コルセット?」
暖は、大きく頷いた。
「アンマリ痩セル、身体、心、良クナイ! コルセット、シナイ一番、ケド、急ハ無理思ウカラ、トモカク緩メテ!」
一刻も早く、締めすぎたコルセットを緩めてやりたくて暖は指示する。
彼女の勢いに押されるようにして、護衛の一つ目の一人がモノアに近づいていった。
ところが、その瞬間モノアがものすごい勢いで暴れだす。
「嫌よ! コルセットを外すのだけは、絶対嫌!」
モノアは、大声でそう叫んだ。




