一つ目の種族
そんな日々が数日過ぎた頃――――
誰もが眠る丑三つ時、疲れ切って泥のように眠る暖を、無理やり起こす者がいる。
「ウララ、起きとくれ!」
強引な声に、暖は眠い目を擦り擦り、開けた。
(……っ! ひぇぇっ~っ!!)
途端、暖は、悲鳴をあげそうになる。
そこにいたのは、一つ目をギロリと見開く怪物だった!
――――よくよく見れば、料理長である。
暖の心臓は、あやうく止まりかけた。
「へ? ナ、何?」
「起きて、ついておいで!」
料理長は、有無を言わさぬ雰囲気でそう話す。
暖は、慌てて起き上がった。魔界の夜は寒く、ブルリと震えた彼女は、ベッドの脇からショールをとって肩にかける。
僅かなその間も待てないように、料理長は暖を急かした。ドアを開けるとキョロキョロと周囲を見回し、誰もいないことを確認して歩き出す。
慌てて、後を追った。
「エット、……何処、行ク?」
「いいから、黙って早く!」
怒鳴られ、仕方なしに早足でついて行く。人目を忍ぶようにして歩いた後で、たどり着いたのは、大きな扉の前だった。
明らかに身分の高い者の部屋である。
ためらいなくドアを開けた料理長は、「早くお入り!」と、暖を呼びいれた。
(ホントに、入って大丈夫なの?)
恐る恐る暖は、ドアの中に入る。
中は、思った通り豪華な部屋だ。洗練された美しい家具に、意匠の凝った壁紙。飾ってある置物も美術品も、全て一目で一級品だとわかるものばかり。
なんとなく、義弟のマンションを思い出させる部屋に、暖はちょっとムッとする。
「連れて参りました」
人の気配はなかったが、料理長は入るなりその場で膝をつき、深く頭を下げた。
慌てて暖もギクシャクと真似をする。
料理長の声が響いた途端、奥のドアが開いて、誰かが入ってくる気配がした。
「ご苦労様でした。顔を上げなさい」
声をかけられ、上を向く。
暖は、ゴクリと、息を飲んだ。
一つ目、一つ目、一つ目の魔族が、三人並んでいる。
その全ての目が、暖をギロリと睨んでいた。
(ひぇ~っ! ホラー映画?)
思わずそう思ってしまうような光景だ。後宮の食堂で働き、魔族の姿にかなり慣れたと思っていた暖だが、そこに居た魔族は、全員、迫力が違う。
「その者が、噂の治癒術士か?」
三人の真ん中の魔族の口が開き、低い誰何の声がかかる。
「はい。下女が4人、侍女が1人。彼女の治癒を受けて、子を成せる体となり、後宮を出て行きました」
真剣な表情で、料理長は返事をした。
「5人も?」
三人の一つ目は、驚いたように黙り込む。考え込むような間があいた。
「……見れば、なんの特徴も持たぬ人間のような外見だが、その者は信用できるのだろうな?」
しばらくして聞かれたのは、そんなことだ。
「はい」と料理長は迷いなく答える。
「この者の働き具合をずっと見ておりました。真面目で手を抜かず、与えられた仕事をきちんとできる者です。治癒の力を発揮して後も、そのことに驕ることなく今まで通り働き、なおかつ頼られた全ての者に治癒の力を与えておりました」
褒められて、こんな状況だが、暖は嬉しくなってしまう。自分のした仕事をちゃんと見ていてくれたのだと、料理長に感謝した。
「フム。他人に厳しいお前が、そこまで褒めるのなら――――」
左端の一つ目が、決意したように頷く。他の二人と視線を交わした。
「御目通りを許そう」
そう言うと、三人は奥の部屋へと続くドアを開けてくれる。
料理長が暖の方へと顔を向けた。
「ウララ。急に連れてきてしまってすまない。お前を見込んで頼みがある。大丈夫だ。お前の身の安全は、この私が命に代えても保証する。だから、力を貸してくれないかい?」
ここまで連れて来られ、今更嫌と言える状況ではない。そうでなくても、自分の仕事を見てくれた料理長の役に立ちたかった。
「私、デキルコトナラ」
暖の言葉に、料理長はフッと笑う。
「ああ。お前にしかできないことだ。……まず、この後見たことを誰にも言わないと誓ってくれないか?」
料理長の一つ目が、真剣に暖を見てくる。
暖はコクリと頷いた。
大きく頷き返した料理長に促され、奥の部屋に入っていく。
そこは、大きな天蓋付きのベッドのある寝室だった。仄かな魔力の灯りが、弱々しく部屋の中を照らし出している。
先に入った三人の一つ目が、ベッドの脇に跪いていた。
天蓋から垂れたレースのカーテンが、入り口――――暖の方だけ上げられ、支柱に縛られている。
暖の目に、ベッドに身を起こした一人の女性が映った。
料理長たちと同じ一つ目で、長い銀の髪を背中の半ばまで垂らしている。
「……姫さま」
暖と並んで入った料理長が、両膝を床につけ、頭を下げる。
暖は――――身動きできなかった。
ベッドの上に座った女性の衣装は、薄い素材でできていて、彼女の体は服の上から透けている。
細い肩と、その細さのわりには豊かな胸。
上掛けが太ももから下を覆い、彼女の下半身は見えない。
腹部と腰は、コルセットで覆われていた。
(……ヒドイ)
暖は、大きなショックを受ける。
ふかふかのクッションに包まれ、半ば支えられている、彼女のその腰は、コルセットをしていてさえも、生きた体だと信じられないほどに……細かった。