マッサージは続くよどこまでも
今週末は、土日続けての更新予定です。
「ちょっと、次は私がマッサージを受けるはずでしょう!」
「そんなもの、自分の番の時に、列を離れたのが悪いんでしょう!」
「あ、ちょっと! 次は私よ!」
「何よ、あなたつい最近まで、ウララに近づくのも嫌だって言っていたじゃない!」
一日の仕事が全て終わり、遅い夕食も終わった食堂の休憩室。
本来、のんびりまったりとするはずの時間帯が、最近何故か、喧々諤々と騒がしい。
「アノ、ケンカ、シナイ――――」
「ウララ、あなたは黙って手を動かしなさい!」
言い争いを止めようと声を上げた暖は、ケンカをしていたはずの全員から、口を揃えて怒鳴られた。
一糸乱れぬ怒声を浴びて、暖は慌ててマッサージを続ける。
(なんで、こんなことになっちゃったの?)
部屋が満員になるほどのマッサージの順番待ちの列を見て、暖は心の中でため息をついた。
暖の栄養指導とマッサージを受けて生理が戻った下女が出た後、その噂は、あっという間に後宮中に広まった。結果、暖の元に「マッサージをしてほしい!」という魔族女性が、押し寄せるようになってしまったのだ。
順番待ちの列の中には、下女ばかりではなく、噂を聞きつけた侍女まで混じっている。
(どっちかっていうと、効果があったのは、栄養指導の方で、マッサージには、そんな癒しの力なんかないはずなのに)
自分に癒しの力があるということを、暖はいまいち納得していない。
一生懸命、違うと訴えるのだが、一度マッサージに効果があると思い込んだ彼女たちの考えを変えるのは難しかった。
(まあ、マッサージくらい、してほしいなら、いくらでもするのはいいんだけれど……)
問題なのは、一緒に順番待ちをする下女と侍女の仲が悪いことだ。
「お偉い侍女さまが、こんなところに来ていいんですか?」
一般的に、下女は侍女より身分が低い。そのため、侍女は下女を見下し、下女は侍女をお高くとまっていると批判して、お互いを嫌悪していた。
「私だって、好きで来たのではないわ。……でも、私は、先祖代々由緒ある伯爵家の一人娘なのよ。私が子を産めなくなってしまったから、お父さまは泣く泣く親戚から養子を取る話を進めていらっしゃるけれど、……でも、もしも、私が治ったのなら、そんな必要はなくなるの! 私は、その可能性があるのなら、どんなことにでも耐えてみせるわ!」
悲壮な覚悟で、力説する侍女。普通であれば、自分の部屋に呼びつけるところを、自ら下女の休憩室に足を運んだのだ。侍女にとっては、耐えがたきを耐え、忍び難きを忍んでいるのだと主張したいのだろう。しかし、実際にこの場に居ながらのその発言は、怒りを買う以外の何ものでもなかった。
「そんなの、あなた個人の事情でしょう? 伯爵家だかなんだか知らないけれど、偉そうに言われたって、順番は譲らないわよ」
彼女の前に並んだ下女は、フンと大きく鼻を鳴らす。
悔しそうに侍女は、黙りこんだ。それでも、どうあっても暖にマッサージをしてもらいたい侍女は、ギリギリとハンカチを噛みながら、順番待ちの列に並ぶ。ちなみに彼女の歯は鋭い犬歯で、ハンカチは見るも無残なありさまになっていた。
「マッサージダケ、ダメ。モット食ベル、シテ」
あまりにマッサージに対する期待が大きく、心配になった暖は、食事に対しての注意も強くする。以前であれば、暖が「食べろ」と言っても下女も侍女も聞こうとしなかったのだが、最近は「わかったわ」と、素直に頷くようになっていた。
その姿からは、よほど生理を戻したいのだろうという思いが伝わってくる。
(もっと早く食事に注意すれば良かったのに)
まあ、知らなかったのなら仕方ない。
呆れながらも暖は、マッサージをして、栄養指導もするという忙しい日々を続けていた。
――――そんな暖の地道な指導のおかげか、最初の下女の他にも生理が戻る下女や侍女が何人かあらわれてくる。
「ウララ、あなたのマッサージのおかげよ!」
どちらかと言えば、食事改善のおかげだと暖は思う。
「マッサージダケ、ダメ」
喜びをあらわにする侍女に、既に癖となっている決まり文句を暖は伝えた。
「わかっているわ。せっかく子供が産めるようになったのに、また戻りたくないもの! 私、もうこれ以上は、絶対痩せないわ!」
大喜びしながら、侍女は後宮を出ていった。生理が戻った五人目の女性である。
確実な成果とは裏腹に、暖は少し心配そうに眉をひそめる。
もしも、彼女たちが結婚し、うまく妊娠できたのなら、今よりもっとたくさん食べなければならなくなる。そのあたりをきちんとわかっているのか、不安なのだ。
(まぁ、一度生理が無くなるくらい痩せちゃったんだし、……そう簡単に子供が出来たりしないんでしょうけれど)
ましてや彼女たちは魔族である。人間とはまったく違う彼女たちをそれほど心配する必要はないのかもしれない。
それでも、彼女たちが妊娠するまでに、魔族の美意識が変わってくれるといいなと、暖は願った。
幸いなことに、美の基準は時と共に変遷するものだ。日本の美人の代表、小野小町が、しもぶくれでおちょぼ口だったというのは、有力な説である。
美人の基準は、変わる。
その証拠に、最近の暖は、以前ほど醜いと言われなくなってきていた。
「毎日見慣れたら、ウララは案外可愛い顔をしているわよね? 角や牙がないのは仕方ないけれど。見ていて不快ではないわ」
そんなことを言ってくる下女もいた。一応誉めてもらっているのだろう。
暖は、ひきつる顔を我慢して「アリガトウ」と返す。
暖の姿に嫌悪感を抱かないようになれば、もっと太ってもいいと思う者も出てくるに違いなかった。
(まあ、そんな一朝一夕にはいかないとは思うけれど)
それでも、それは貴重な第一歩のはずだ。
そう信じて暖は、今日もマッサージをするのだった。