表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/78

生きてこそ

見れば見るほど細く、壊れそうな魔族の下女。


「オ腹、空ク、ナイノ?」


暖の声は、心配に曇る。

下女は、ギョロリとした爬虫類の目を瞬いた。


「……もう、生まれた時から食べないようにしているから、そんな感じはないわ。それより、うっかり食べ過ぎた時の後悔の方が、大きいわね」


後悔と言って、下女は眉間にしわをよせる。


「生マレタ時……」


小さな子供の内から食を制限しているのかと、暖は驚いた。

赤ちゃんや子供は成長するためにエネルギーを必要としている。健やかな成長に適度な栄養摂取は絶対に必要なことだ。


いくら魔族といえ、それは本当に大丈夫なのだろうか? と、暖はますます心配になる。


「食べて、自分のお腹が醜く出っぱった瞬間、そのお腹をえぐり取りたくなるの」


目をギョロギョロさせて呟く下女の声は、低い。

食べれば体重が増えるのは当たり前。お腹だってぽっこりしてしまうだろう。

しかし、それが許せないのだと下女は言う。


「この一口で太るとわかっているのに、それでも食べてしまったなんて、……自分の弱さの表れだわ!」


太ることを許す自分の心の弱さが許せない!

太っていない自分が何より誇らしい!


下女の主張には信念が宿っている。

両手で拳を握り締め、胸を張り、下女は堂々と主張する。


鬼気迫る勢いのその様子に、暖の腰が引ける。


「――――あ、あなたはいいのよ。あなたは、人間そっくりな弱い(・・)種族なんだから」


その様子に気づいたのか、一転、下女はものすごく憐みのこもった目で暖を見ながら、慌ててそう付け足した。


目が2つ、鼻が1つ、口が1つに、何のへんてつもない耳が2つ。

角もなく、エラもなく、牙もなければ毛皮もない。


「あなたは、まるで人間(・・)のようですもの。そんな問答無用の弱い者が、強く美しくある必要はないわ」


下女は、優しくそう話す。



…………なんだかビミョーな気持ちに、暖はなった。

慰められているのだろうが、まったく全然嬉しくない。


「……ソコマデ強クナイ、ダメ?」


暖はそう聞いてみた。


「ダメに決まっているでしょう! 魔族は、強さが全てなのよ! より強くあるための努力が出来ないなんて、存在する価値がないわ!」


大声で言い切る下女。

彼女は、まるで自身に言い聞かせるみたいに叫んだが、目を丸くする暖を見て、ハッと我に返った。

もう一度優しい目で暖を見てくる。


「あ、っと、……でも、ホントに、あなたはいいのよ。あなたは、どう努力しても無駄なんだから。どうやったってあなたには、角が生えたり、牙が伸びたりしないわ。……まあ、耳くらいなら、強く引っ張れば伸ばせるかもしれないけれど?」


暖の耳を同情いっぱいに見つめながら下女は言う。その手が暖の耳に伸びてくる。


「耳、コレデ、大丈夫!」


引っ張られそうになって、慌てて両手で耳を隠しながら暖は叫んだ。


「……そう? 遠慮しないでいいのよ?」


ブンブンと暖は首を横に振る。



なんだろう?この思い込みは。


暖は、思いっきりドン引きした。


美しく(あくまで魔族基準)あるために、有り得ないほどに食事を制限し、それができないことを忌避し、蔑む魔族。


「デモ、コレ以上痩セル、死ヌ、ヨ? ソレデモ?」


「当たり前でしょう? 死を恐れて醜く生き足掻くなんてごめんだわ」


暖の質問に、胸を張り下女はそう言った。



唐突に暖は、魔族の王子ダンケルを思い出す。


――――かつて、ダンケルは自分が殺されないために、暖と隷属の契約を結んだ。


「死んだらなんにもならない」

「死ねば負けだ」


彼は、何の迷いもなくそう言っていた。

それが、魔族の当たり前の考え方なのだと思ったのだが……


やっぱり、ダンケルは魔族としては異端なのかもしれない。


(ブラットから、女の趣味の悪さが有名だって言われていたし)


魔界の辺境で育ったというダンケルは、王宮の者たちとは考え方も随分違うのだろう。

きっとそれで苦労しているのだと思う。



(でも、その方がずっといいわ)



そう、暖は思う。


異端でもなんでも、ダンケルの考え方の方が、暖は好きだ。



だから――――


「死ヌ、ダメ。死体、美シクナイ。違ウ?」


暖は下女にそう言った。

下女は、ギョロリとした目を大きく見開く。


「コンナキレイナ目ナノニ、光、失ウ。悲シイヨ」


下女の爬虫類の目はエメラルドのような緑で、黒い縦線が入っていた。

とてもキレイだと暖は思う。


美しさの基準は人それぞれで、ましてや種族が違えば、まったく違って当然だ。

でも、どんな基準でも、それは生きていてこそのものだと、暖は思う。



そう、だから――――



「生キテ、キレイ、目指ソウ?」



暖の言葉に、下女はエメラルドの目をパチパチと瞬いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ