生きてこそ
見れば見るほど細く、壊れそうな魔族の下女。
「オ腹、空ク、ナイノ?」
暖の声は、心配に曇る。
下女は、ギョロリとした爬虫類の目を瞬いた。
「……もう、生まれた時から食べないようにしているから、そんな感じはないわ。それより、うっかり食べ過ぎた時の後悔の方が、大きいわね」
後悔と言って、下女は眉間にしわをよせる。
「生マレタ時……」
小さな子供の内から食を制限しているのかと、暖は驚いた。
赤ちゃんや子供は成長するためにエネルギーを必要としている。健やかな成長に適度な栄養摂取は絶対に必要なことだ。
いくら魔族といえ、それは本当に大丈夫なのだろうか? と、暖はますます心配になる。
「食べて、自分のお腹が醜く出っぱった瞬間、そのお腹をえぐり取りたくなるの」
目をギョロギョロさせて呟く下女の声は、低い。
食べれば体重が増えるのは当たり前。お腹だってぽっこりしてしまうだろう。
しかし、それが許せないのだと下女は言う。
「この一口で太るとわかっているのに、それでも食べてしまったなんて、……自分の弱さの表れだわ!」
太ることを許す自分の心の弱さが許せない!
太っていない自分が何より誇らしい!
下女の主張には信念が宿っている。
両手で拳を握り締め、胸を張り、下女は堂々と主張する。
鬼気迫る勢いのその様子に、暖の腰が引ける。
「――――あ、あなたはいいのよ。あなたは、人間そっくりな弱い種族なんだから」
その様子に気づいたのか、一転、下女はものすごく憐みのこもった目で暖を見ながら、慌ててそう付け足した。
目が2つ、鼻が1つ、口が1つに、何のへんてつもない耳が2つ。
角もなく、エラもなく、牙もなければ毛皮もない。
「あなたは、まるで人間のようですもの。そんな問答無用の弱い者が、強く美しくある必要はないわ」
下女は、優しくそう話す。
…………なんだかビミョーな気持ちに、暖はなった。
慰められているのだろうが、まったく全然嬉しくない。
「……ソコマデ強クナイ、ダメ?」
暖はそう聞いてみた。
「ダメに決まっているでしょう! 魔族は、強さが全てなのよ! より強くあるための努力が出来ないなんて、存在する価値がないわ!」
大声で言い切る下女。
彼女は、まるで自身に言い聞かせるみたいに叫んだが、目を丸くする暖を見て、ハッと我に返った。
もう一度優しい目で暖を見てくる。
「あ、っと、……でも、ホントに、あなたはいいのよ。あなたは、どう努力しても無駄なんだから。どうやったってあなたには、角が生えたり、牙が伸びたりしないわ。……まあ、耳くらいなら、強く引っ張れば伸ばせるかもしれないけれど?」
暖の耳を同情いっぱいに見つめながら下女は言う。その手が暖の耳に伸びてくる。
「耳、コレデ、大丈夫!」
引っ張られそうになって、慌てて両手で耳を隠しながら暖は叫んだ。
「……そう? 遠慮しないでいいのよ?」
ブンブンと暖は首を横に振る。
なんだろう?この思い込みは。
暖は、思いっきりドン引きした。
美しく(あくまで魔族基準)あるために、有り得ないほどに食事を制限し、それができないことを忌避し、蔑む魔族。
「デモ、コレ以上痩セル、死ヌ、ヨ? ソレデモ?」
「当たり前でしょう? 死を恐れて醜く生き足掻くなんてごめんだわ」
暖の質問に、胸を張り下女はそう言った。
唐突に暖は、魔族の王子ダンケルを思い出す。
――――かつて、ダンケルは自分が殺されないために、暖と隷属の契約を結んだ。
「死んだらなんにもならない」
「死ねば負けだ」
彼は、何の迷いもなくそう言っていた。
それが、魔族の当たり前の考え方なのだと思ったのだが……
やっぱり、ダンケルは魔族としては異端なのかもしれない。
(ブラットから、女の趣味の悪さが有名だって言われていたし)
魔界の辺境で育ったというダンケルは、王宮の者たちとは考え方も随分違うのだろう。
きっとそれで苦労しているのだと思う。
(でも、その方がずっといいわ)
そう、暖は思う。
異端でもなんでも、ダンケルの考え方の方が、暖は好きだ。
だから――――
「死ヌ、ダメ。死体、美シクナイ。違ウ?」
暖は下女にそう言った。
下女は、ギョロリとした目を大きく見開く。
「コンナキレイナ目ナノニ、光、失ウ。悲シイヨ」
下女の爬虫類の目はエメラルドのような緑で、黒い縦線が入っていた。
とてもキレイだと暖は思う。
美しさの基準は人それぞれで、ましてや種族が違えば、まったく違って当然だ。
でも、どんな基準でも、それは生きていてこそのものだと、暖は思う。
そう、だから――――
「生キテ、キレイ、目指ソウ?」
暖の言葉に、下女はエメラルドの目をパチパチと瞬いた。




