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喘息発作の対処は、落ち着いて

「何で? どうして? 言葉がわかるの?」


思わず暖は叫んでしまう。

それに対し、あからさまに耳を押さえながら、アルディアと呼ばれた青年は暖を睨んだ。


「お前は、この国の人間ではないのか? サーバス、何でこんなうるさい女を連れてきた? 私を通訳代わりに使うなと命じたはずだろう!」


物凄く横柄な口調で、サーバスを叱りつける青年。尊大で冷たい態度は、彼の美しさもあいまって、周囲を拒絶し、近寄り難くさせる。

しかし、暖はそんなことに構っていられなかった。


「私の言葉がわかるんですね! ここはどこですか!? 私、温泉に入っていてお湯に流されたら、いつの間にかここにいたんです! 全然言葉は通じないし …… お願い、私を助けてください! 私、元居た場所に帰れるんですよね!?」


暖は、今まで言いたくとも言えずに溜め込んでいた問いを爆発させた。

青年 ―――― アルディアは、益々顔をしかめた。


「うるさい。黙れ!」


「黙れるはずがないでしょう! どうして私はこんな目に遭っているの? お願い、教えて! 教えてよ!」


暖に怒鳴り返され、アルディアの目が険しくなる。

怒鳴ろうとしたのだろう。大きく息を吸い込み ――――


「……グッ」


おかしな声を出すと、突然ゲホゲホと咳き込みはじめた。

ゴホッ! と咳き込んだ後は、コンコンといつまでも咳が止まらない。

体を折りたたみ、自分で自分の胸元を掴み苦しそうに咳を続ける。


「アルディア!」


サーバスや側に居た男性が焦ったようにアルディアを取り囲む。

暖は、びっくりして固まった。


「え? ……まさか、これって、喘息の発作?」


両親を早くに亡くした暖だが、彼女には三つ歳の離れた妹がいる。守るべき妹がいたからこそ、暖は両親を亡くした悲しみに耐え、強く生きてこれたのだ。

そんな暖の妹は、喘息だった。

小さな頃は、夜中にたびたび発作を起こし、ヒドイ時は救急車を呼んで入退院を繰り返したこともある。

病弱で、儚げで、暖とは比べものにならないくらい可愛い妹。

そのせいか、十代の内に、暖より年上の頼りになる男性に見初められ、さっさとお嫁に行ってしまったのだが……

それまで、妹の面倒を見ていたのは暖だった。


つまり暖は、喘息発作の対応に慣れているのだ。


「ダメよ。周りで騒いじゃ! 喘息は相手を落ち着かせなきゃならないのよ」


言葉はわからないながらも、暖は確固たる意思を見せてアルディアの側に近寄った。

慌てる周囲を叱りつけ、アルディアの背中に触れる。

そのままそっと撫でた。


(吸入器は、…… 無いか)


暖が今まで見た範囲では、この村には、そんなものが有るほど医療器具が充実しているように思えなかった。


「大丈夫よ。落ち着いて。ゆっくりお腹で呼吸をするの。ちょっと前屈みになって」


まだ発作のおさまらないアルディアに優しく話しかけながら、暖は妹にしていたように背中を擦り続ける。


(水分補給ができればいいんだけど……)


「温かいお茶をください」


サーバスに頼んでみた。


「×××?」


やっぱり通じない。

何とかわかってもらおうと、コップで水を飲む動作をしたり少し息を吹きかけて冷ます仕草をしてみる。

ようやくウルフィアがわかってくれた。

ぬるま湯みたいなものが運ばれてくる。


「大丈夫? 飲めるようなら少しずつ口に入れて。…… そうそう、ゆっくり」


暖の言葉に従って、アルディアが苦しい息の中で少しずつお茶を飲む。

その間も暖の手は止まらずアルディアの背を撫でていた。

徐々に咳がおさまってくる。

暖が、ホッと息をつけるくらいになった頃、ようやく医師らしき人がやって来た。


「アルディア○○!」


「遅い!」


飛び込んで来た人物が慌てたようにアルディアに近寄り、それをアルディアが怒鳴りつける。

当然、彼はまた咳き込んだ。


「ダメよ、落ち着いて」


注意しながら暖はまた背を擦る。

……アルディアの呼吸は、ゆっくりと落ち着いた。

何故か、医師らしき人が、驚きに目を見張る。


「××! ○××!」


暖はその人から、スゴい勢いで詰め寄られた。


「え、え? 何?」


「お前が、あまりにも早く …… ゴホッ …… 私の発作を治したから、どうやったのかと、…… 聞いているのだ」


アルディアが苦しそうに教えてくれる。


「え? いや、私、特別なことは何もしてないわよ」


背中を擦り落ち着かせて、腹式呼吸をすすめ、水分補給をさせる。

それは、喘息の対応としては、ごく当たり前のことだ。

確かに発作は軽くおさまったが、それは暖の処置がうんぬんというより、アルディアの症状が軽かったということだろう。

なのに、医師は暖に迫ってくる。


「いや本当に何もないんで……」


暖は、首を横に振りながら後退(あとじ)さる。

ようやく落ち着いたアルディアが医師らしき人を止めてくれるまで、彼女は、ずっと首を振り続けるはめになったのだった。



その後、多少は暖に感謝したのだろう。アルディアは、サーバスたちから不本意そうに事情を聞き出してくれた。


「お前は、そこの魔女――――ディアナが、温泉とやらを召喚したのに巻き込まれたんだ」


仏頂面で、そう言った。


「お、温泉!?」


暖は二の句が告げない。ギギギッと音がしそうにぎこちない動きでディアナを見れば、年老いた魔女はフンと横を向いた。

温泉の召喚は、次元の壁を越えて行われ、暖がいた世界とこの世界は全く次元の違う異世界だろうとも、アルディアは話す。


「そ、そんなバカな! そんなことに私は巻き込まれたの?」


「そうだと言っている。私は疲れているんだ。同じ話を何度もさせるな」


アルディアは、やっぱり偉そうだった。


「か、帰してください! 今すぐ私を帰して!」


焦ってディアナに詰め寄る暖。

魔女は持っていた杖で暖を威嚇し、距離をとった。


「××! ××○▽!」


「帰せるもんなら、とっくに帰していると言っている」


ディアナの言葉をアルディアが訳す。


「え?」


「帰す方法は、ないそうだ」


言いながらアルディアは、顔をしかめた。


――――そもそもディアナは、温泉がどの世界から来たのかを知らない。

自分達の病状に一番効く温泉を呼び寄せただけの魔女は、その温泉の在処など、気にもとめなかったのだ。


「それに、ディアナが召喚したのはあくまで温泉だ。生き物に異界を渡らせるような魔法は、いかにディアナといえど、できないそうだ」


「でも、だって私は、現にここにいるじゃない!」


「だから、それは偶然の産物だと言っている。たまたま召喚した温泉にお前がいて、一緒に界を渡った。運の良い事に生きて五体満足にこちらにたどり着いたが、次も生きて渡れるとは限らない」


そんな保証はできないと ディアナは言った。

暖はガックリと膝をつく。


「××○×……」


「どうしても帰りたいと言うのなら、その結果、自分がどうなろうとも一切文句を言わないと一筆書いた上で、他の魔法使いに送ってもらえと、ディアナは言っている。……自分はそんな後味の悪い魔法は使いたくないと。まあ、文句などどうあっても言えないだろうがな」


送る先も何もわからない転移魔法。

無事に帰れる保証など出来るはずもなく、成功率は皆無だろう。

この世界からいなくなり、ほぼ確実に死んでしまう暖に文句を言えるはずがないが、それにしても殺人にも等しい魔法を使いたい者は、いないだろう。

少なくともディアナは真っ平ごめんだと首を横に振った。


「こう見えてディアナは、この国一番の魔法使いだ。転移魔法なんていう大掛かりな魔法が使える者は数少ないし、ましてや異世界を渡らせるような魔法を使えるのは、私の知る中では、ディアナだけだ。…… お前は、もう元の世界に帰ることはできない」


非情にもアルディアは、言い切った。

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