疲れた
その後、遠くに見えていた集落に歩いて移動して、こじんまりとした家に連れて来られた暖。
幸いにして、用意してもらった服は、ごく普通の服だった。
頭から被る上着と紐で縛ってウエストで留めるタイプのパンツ。下着も、流石に可愛いリボンやフリルは付いていないものの、シンプルで見慣れた形のものだ。
何はともあれ、騎士服や魔女服でないことにホッとする。
「生活様式は、それほど違わないのかしら」
家の中を見ながら、そう呟いた。
暖かそうな木の壁と木製家具。電化製品は見えないけれど、机や棚等に違和感は感じない。
「おとぎ話の中の挿し絵みたいな家よね」
魔女や騎士がいるのだから、それでいいのかもしれない。
集落の他の家も、まるでファンタジー映画に出てくるような家ばかりだった。
「ウララ、××、○○○」
背を屈めながら扉をくぐって入ってきたウルフィアが、何か話しかけてきた。
あきらかに、家のサイズと彼女の背の高さは合っていない。この家は彼女の家ではなく、もう一人の魔女のおばあさんの家なのだろう。
暖は、この家に案内された時のおばあさんの仏頂面を思い出した。
ウルフィアの方が、間違いなく暖に親切なのだが、実際に力になってくれるのは、どうやらディアナの方らしい。
(どうしてなのかしら?)
そうは思ったが、そんな難しい質問を今の彼女の会話スキルで、できるはずがなかった。
諦めた暖は、とりあえずウルフィアに向かい頭を下げる。
「ありがとうございます」
騎士服のおばさんは、ニッコリ笑って、手を差し出してきた。
反射的に手を伸ばせば、ギュッと握られる。
そのままグイッと引っ張られて、歩かせられた。
「あ、あの? どこに行くんですか?」
ニコニコ笑うばかりで、ウルフィアから返事は無い。
まあ、返事があってもわからないのだが……
戸惑いながらも導かれて家の外に出れば、
「×××!」
そこで待っていたディアナに、開口一番怒鳴られた。
ビクッとする暖を、忌々しそうに睨み付けて、ディアナは歩き出す。
わずかに足を引きずる歩き方に、暖はディアナの足が悪いことに気づいた。
そう言えば、空き地からこの家に来る時も、ずいぶんゆっくりと歩いてきた。
溺れて死にかけ、ショックを受けていた暖は、二人の様子を気にかけることができなかったのだが――――
(おばあさんなんだもの。足が痛ければ移動はたいへんよね。……ひょっとして、私、ものすごく迷惑をかけている?)
暖は、申し訳ない気持ちになった。
とはいえ、右も左もわからない現状では、彼女たちの世話になるしか術はなく――――
シュンとしたまま暖は、ウルフィアとディアナに連れられて、別の場所に移動した。
そこは、この集落の中では、そこそこ大きい建物だ。
建物の前には、剣と盾の描かれた大きな旗が翻っている。
(何ていうか ……お役所?)
暖の住んでいた町の町役場に雰囲気が似ているような気がした。
もっとも、役所というには小さすぎる気もするが。
中は、閑散としてひっそりしていた。
ディアナがフンと鼻を鳴らし何かを呟く。
おそらく「相変わらず陰気臭い」とかなんとかいう悪口を言ったのではないかな? と、暖は思う。
言葉は通じなくとも、そういう雰囲気は伝わった。
苦笑しながらウルフィアが奥へと導いてくれる。
ドアに、象形文字みたいな模様の書かれた四角い板が打ち付けられた一室に、ノックもなしに入った。
そこに居たのは30歳くらいに見えるあまり特徴のない男性だ。
書きかけの書類から顔を上げた姿勢で、びっくりして小さな目を見開いた男性は、
「ディアナ! ウルフィア! ×××!」
慌てて叫んだ。
名前だけは、かろうじて聞き取れたが、あとはもちろんわからない。
それから、暖を除いた三人は、早口で話し合いをはじめてしまった。
何の意味もなさない音の羅列が、延々と続く。
暖は、何もする事がなかった。
キョロキョロ周囲を見回し見つけた椅子に、そっと座る。勧められてもいないのに座るのは悪いかなと思ったが、疲れには勝てなかった。
そう、彼女はとっても疲れていたのだ。気づいたら見知らぬ場所だったのだから無理もない。
いつの間にか、眠ってしまって――――
「×××! ○○!」
耳元で怒鳴られ、体をユサユサと揺さぶられ、目を覚ました。
開けた目の前には、魔女のおばあさんの不機嫌な顔がある。
「××、○△×!」
(……図太いとか、危機感がないとか言われていそう)
やはり、悪口は伝わるものだった。
見れば、ウルフィアももう一人の男性も呆れ顔をしていた。
その顔のまま、男性が近づいてくる。
「サーバス」
男性は自分を指さしながら、そう言った。それが彼の名前なのだろう。
「サーバスさん?」
「サーバス」
やはり敬称はいらないらしい。
年上の男性を呼び捨てすることに躊躇いながらも暖は口を開く。
「サーバス」
笑って頷いてくれた。
それから三人は再び話し合いをはじめてしまう。 相変わらず何を言っているかはわからないが、その中から一つの言葉が繰り返されるのを聞き取れるようになった。
――――アルディア――――
同じ単語が、三者三様に語られる。
ディアナは、嫌そうに。
ウルフィアは、固い口調で。
サーバスは、遠慮がちに。
(アルディアって、何だろう?)
暖は頭を捻る。何となく人の名前のような気がするのだが、この三人からこれ程バラバラな印象で呼ばれる人物に興味が湧いた。
(人だとしたら、どんな人?)
やがて、サーバスがおずおずと暖の前に立った。
「××、アルディア××」
何かはわからないが促される。
そのまま腕を引かれ、連行された。
暖を促しながら、ディアナやウルフィアも追い立てる。サーバスの勢いはすごかった。
(何だか早く厄介払いしたい雰囲気がするのは気のせいじゃないわよね?)
あれよあれよという間に建物から出され、近くの別の建物に案内される。
白い建物で、かなり大きく、屋内は清潔だった。
どこもかしこもピカピカで、ゴミはもちろん、ホコリひとつない。
(病院? それとも、サナトリウム?)
キレイだけれど、どこか寂しい静かな建物。屋内にいる人はまばらで、その誰もが、暖たちに驚いていた。
奥まった一室の前まで、ずんずん進んだサーバスが、立ち止まる。
コンコンとノックをすれば、きちんとした身なりの老紳士が、ドアを開けた。
その紳士とサーバスが話し合って 紳士が奥に引っ込んでいく。
しばらく待って 出てきた紳士に招き入れられて、そのまた奥の部屋に入った。
そこは、白い上品な部屋だった。
白い壁に白い天井。純白な家具と絨毯。カーテンも白く、窓から入る風にふわりと揺れている。
中央に、白い大きなベットがあった。布団も枕も当然白い。
そこに、……白い妖精が、上体を起こして座っていた。
頭がどうかしたのかと心配しないでほしい!
本当に、そこにいるのは、妖精にしか見えないような人物なのだ。
キラキラ輝く白銀の長いストレートの髪。
透き通るような白い肌。
整い過ぎるほどに整った、……顔。
その美しさは、こちらを向いた角度から胸がまっ平らだということがわからなかったならば、完全に女性だと思ったほどだった。
窓から入る陽光を浴びて、全身から光を発しているみたいな人間離れした美しさ。
(顔、小さい)
そこにいたのは、ほっそりとした完璧無比なイケメンだった。
「アルディア○○」
サーバスが何かを言って、その場に膝をつく。
ディアナも嫌そうに腰を折って、頭を下げた。
ウルフィアなどは、部屋に入った瞬間に片膝をついて頭を下げたきり動いていない。
暖は、キョロキョロしてしまう。
自分も頭を下げた方が良いのかもしれないが ……わからなかった。
アルディアと呼ばれただろう男性が、暖を見る。
吸い込まれるような紫の瞳だ。
(…………キレイ)
思わず魅入ってしまった暖の視線の先で、女神のように美しい顔が、……大きくしかめられた。
「何だ、ソイツは?」
思いっきり嫌そうに言われてしまう。
「えっ? 言葉がわかる!?」
言われた内容より、驚きが大きい。
暖は、ポカンと口を開けた。