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美味しそうな子豚ちゃん?

そんなこんなのやり取りの後、暖は、ダンケルから物凄く大事にされて魔界入りを果たす。


「チョッ! チョット! ダンケル」


「黙っていろ!」


今現在、暖がいる場所は、複雑怪奇に入り組んだ魔王城の中だ。窓がなく照明器具もないのに不思議と明るい廊下を、ダンケルにお姫様抱っこで運ばれている。

自分で歩けると言っているのに、ダンケルは聞いてくれなかった。

なんと、スウェンに降ろされてから、ずっとこの体勢で移動してきたのだ。


「お前が転んで衝撃を受けて、防御魔法が発動したらどうするつもりだ?」


いくらなんでもそれはないだろう? とは思うのだが、暖も絶対大丈夫という自信はない。

結果、強く断れずに抱き上げられている。



しかし、そんな二人が注目されないわけはなかった。


「殿下、お戻りだったのですか?」


目ざとくダンケルを見つけた鎧をつけた騎士が近づいてくる。

筋骨隆々とした騎士の「殿下」呼びを聞き、そういえばダンケルは魔族の王子だったのだと、今更ながらに暖は思い出した。


「寄るな!」


その騎士を、ダンケルは一言で退ける。

命令された騎士は、その場で「ハッ」と畏まり、頭を下げ硬直した。

見慣れぬダンケルの威厳のある姿に、暖は目を丸くする。とても、モップを抱えて竜のウロコ磨きをしていた彼と同一人物とは思えない。


廊下は長く遠く、次から次へと魔族は現れてきた。


「殿下、そちらの令嬢は?」

「見るな!」


「なんと! 人間ではありませんか?」

「触れるな!」


「一体全体、どうして人間の娘など?」

「ええいっ! うるさい! 死にたくなかったら側に寄るな!」


近づいてくる魔族たちを蹴散らし、必死で暖を隠すダンケル。

彼にしてみれば、城の同族たちが暖の防御魔法の被害に遭わないように心配しての態度なのだろうが、残念ながら他の者の目にはそんな風には映らない。


(絶対、誤解されているわよね)


暖は、こっそりため息をついた。

誰が見たってダンケルの態度は抱いている女性を守るためとしか見えないだろう。

王子から掌中の玉のように大切にされる人間の娘に、魔族の関心は高まっていく。


それでも、王子であるダンケルを引き留められる者はいず、なんとかダンケルの私室だという豪華絢爛な部屋にたどり着いたのだが。

そこに、


「ダンケル! 人間の花嫁を連れ帰ったと聞いたが本当か!?」


ダンケルによく似た角を持つ、青い髪の青年魔族が飛び込んできた。


「バカ! 止めろ! そんなことを言うんじゃない! ……今、背中にとんでもない悪寒が走ったぞ。普通の魔族なら即死レベルの呪いだ。畜生、あのエルフの仕業だな」


魔界の中のことは外の世界にわからないはずなのに、悪寒がしたと叫び出すダンケル。

もしもそれが本当だとしたら、いったい、リオールたちの力はどれだけ強いのだろう。


「気ノセイ、違ウ?」


暖の言葉に、ダンケルは首を横に振った。


「いや、間違いない。……俺は、よくあそこから無事に帰って来られたものだ」


桁外れな力の持ち主ばかりだった村の住人を思い出したのか、ダンケルはホッとしたように大きなため息をつく。


「は? いったい何の話だ? ……花嫁でないのなら、その人間は極上の食料なのか?」


ダンケルと暖の会話の意味がわからなかったのだろう、青い髪の青年魔族は首を捻ると今度は舌舐めずりしながら暖を見つめてくる。


「止めろ! 本気で俺を殺す気なのか!?」


体をブルブル震えさせながら、ダンケルは怒鳴り返した。

青年魔族は、ますます不思議そうな顔をする。


「じゃあ、いったいそいつはなんなんだ?」


「……彼女は、父に会わせるために連れてきたんだ」


再三の問いかけに、渋々ダンケルは答える。


「やっばり花嫁じゃないか!」


青年魔族は、ポン! と両手を打ち合わせた。独身の男が、父に会わせるために女性を連れて来たと言うのなら、相手は恋人と相場は決まっている。普通、誰でもそう思うだろう。


「違うと言っているだろう!」


しかし、ハアハアと息を荒げながら、ダンケルは否定した。


「え~?」


不服そうにしながら、青年魔族は口を尖らせる。

その表情から彼が絶対納得していないのは、まるわかりだ。


「本当に?」


疑わしそうに言って、暖の顔を覗き込んできた。

バチン! と音を立てそうな勢いで、暖と青年魔族の目と目が合う。


(うわっ! スゴイ綺麗な赤い目)


一瞬見惚れた暖なのだが、


「ウォッ! やっぱり食料じゃないか! なんて美味(うま)そうなんだ!」


青年魔族の方は、暖を一目見た途端に、なんとそう叫んだ。


(美味そう?)


首を傾げる暖の目の前で、次の瞬間、青年魔族が「うっ」と唸って蹲る。

その顔色はみるみる内に青ざめて、蒼白になった。


「バカ! お前、今本気でこいつを食べようと思っただろう! 直ぐに止めろ! 死ぬぞ!」


焦ったダンケルが、青年魔族を怒鳴りつける。


「な、何で、……こんなっ?」


「良いから、言う通りにしろ! 命令だ!」


ダンケルの命令に、青年魔族は、必死の表情で頷いた。


「俺は、あの人間を食べない、食べない、食べない……」


念仏のように「食べない」を唱え続ける魔族。


「くそっ! あの吸血鬼の仕業だな」


ダンケルが忌々しく呟いた。

突然の出来事に、暖は、びっくりしたが、どうやら彼女に邪な思いで触れる者を干からびさせるラミアーの術が、触れる前から発動したようだ。



「性欲だけじゃなく食欲もダメなのか? ……本当に本気でやり過ぎだろう!」



ダンケルは思いっきり叫んだ。

先ほどから何度も叫んだ彼の声は、悲しいくらいかすれている。


暖も流石にダンケルが可哀想になってきた。

とはいえ、彼女にできることはない。心配しながら見守っていれば、青年魔族はなんとか立ち上がる。

彼の視線は、あからさまに暖から逸らされた。


「うっ、なんて拷問なんだ。……こんなに美味そうな人間を目の前に、俺が食欲を抑えなければならないなんて」


フラフラしながら額を押さえ、嘆く魔族。


「……ハッ! そうか、これは、ダンケル、お前の罠だな! 魔王の後継者争いのライバルである俺を抹殺するために、こんな美味な罠を仕掛けたんだろう!?」


終いにはそんなことを言い出した。


「誰がライバルだ!」


かすれた声でダンケルが怒鳴りつける。


「え? 俺だけど」


「そんなはずがあるか! 魔王の嗣子は、この俺で決定している。末子のお前に出る幕など何もない」


バカにしたようにダンケルは、鼻を鳴らした。

その様子を見れば、彼がこの魔族を本気で相手にしていないのが、よくわかる。


「末子?」


暖の質問に、ダンケルは嫌そうに頷いた。


「このバカは、俺の弟だ。――――四六時中腹を減らしている餓鬼で、後継者争いの敵にもならなかったから、生き延びている」


ダンケルの言葉に、青年魔族は「……酷いなぁ」と、あまりそう思ってもいなさそうな軽い調子でぼやいた。


「弟?」


暖は、びっくりして青年魔族に目を向ける。


「そうだよ。俺はダンケルの弟だ。俺って彼にそっくりだろう?」


自分とダンケルの顔を指さしながら聞いてくる魔族だが、どこをそう見ても、全くそうは見えない。確かに角の形だけは似ているが、他はダンケルとは似ても似つかない軟派男に見えた。


ブンブンと首を横にふれば、「酷いなぁ」と言いながら、彼は性懲りもなく、暖を覗き込んでくる。


「あぁ、やっぱり美味そうだ……ッて! 痛テテ! た、食べない、食べないって!」


魔族は、またまたラミアーの術をくらい、頭を押さえ蹲った。

なんとかやり過ごすと、大きなため息をつく。


「……いったいこの反応はどうなっているんだい?」


不思議そうに、ジロジロ見てくる視線から、暖は顔を背け、体を反らせた。


「本当に懲りない奴だな、見るな!」


そんな暖をダンケルは弟から隠すように抱え込んでくる。

思ったより厚い胸板や長くてガッシリした腕に、すっぽり包まれた。


「そんなに大切にしているのに、花嫁じゃないのかい?」


不思議そうな魔族の声が耳に聞こえて、暖は急に恥ずかしくなる。


(まるで小さな女の子が抱っこされているみたいな態勢よね?)


思わず顔を隠したくなり、ダンケルの胸に頭を擦りつけてしまう。

ダンケルの体は、ピクッと震えた。

途端、青年魔族がプッと吹き出す。


「ハハ、ダンケルのそんな顔、はじめて見た。……まぁ、イイや。俺はブラット。よろしくね」


「うるさい! お前とよろしくする理由はない!」


なんだか焦ったみたいなダンケルの声が聞こえて、ブラットはケラケラと笑った。


いったいダンケルはどんな顔をしたのだろう?

ものすごく気になるが、しっかり抱きかかえられている暖は顔を上げることができない。


「ダンケルのこんな様子が見られただけでも、今日はイイ日だったな。こんなに美味しそうな”子豚ちゃん”にも会えたし――――ッテ! イタタ……」


再び『美味しそう』と考えたブラットが、またまた頭痛を起こした。


本当に、心底懲りない男だった。

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