若気の至り
「今、魔界に入れるのは、魔物とその契約者だけじゃ。あのクソ魔王は、魔力だけは強いからの」
ディアナの言葉を聞いた暖は、以前も魔女が魔王を「クソ魔王」と呼んでいたことを思い出す。
「ディアナ、魔王、知ッテル?」
はたして、暖の問いかけに、ディアナは嫌々ながら頷いた。
「昔、一騎討ちをしたことがあっての。あ奴は魔力だけは強かったから、倒すのに三日三晩かかった」
忌々しそうに舌打ちする老婆。
「倒したぁ?」
「勝ッタノ?」
ダンケルと暖の驚愕の叫びが重なった。
いくら力の強い魔女とはいっても、相手は魔王なのである。普通は勝てないものではないのだろうか?
信じられない二人に、ディアナは「まあな」と頷く。
「あの頃はわしも若かったからの。武闘派魔女として売り出しておった。ついつい熱が入っての。完璧に息の根は止められなかったのじゃが……うむ。若気のいたりじゃ」
ちょっぴり恥ずかしそうに頬を染めるディアナ。
老魔女の武闘派仕様を想像して、暖とダンケルは、顔を青くした。
「それ以上詳しく聞かない方が良いですよ。話が長くなりますからね。ちなみに、それがディアナが世界を壊しかけた最初の事件です」
リオールがこっそりと耳打ちしてくれる。
「よくよく考えてみれば、あの時の魔力の暴走も不可抗力といえるの。全ては、あのクソ魔王のせいじゃ。……うむ、わしは悪くない」
なにやら自分で納得し、頷くディアナ。
このままでは、ディアナの長い思い出話がはじまってしまうと思ったのだろう、リオールが話の方向修正をかけてくる。
「それより、ディアナ。今のこの状況でも、あなたはウララを魔界にやるつもりなのですか?」
エルフの問いかけに、ディアナはあっさり頷いた。
「ウルフィアを取り戻すためじゃ。致し方ないじゃろう」
暖は、必死に首を横に振る。
「治癒魔法ナンカ、使エナイ! ソレニ、アルディア、怒ラレル!」
「アルディアは、わしに相談しろと言ったじゃろう?」
暖が、アルディアの名を出せば、ディアナはそう返して来る。
確かに、アルディアは、一人で判断せずにディアナに聞けと言っていた。
しかし――――
「デモ、ソレハ、私ニ、外、出ルナッテ事デ」
決して、ディアナが良いと言ったら出ていいという事ではないだろう。
「この際、アルディアの意思は関係ない。要はお前がどう思っておるかじゃ。このまま安全なこの村で、いつ終わるともわからぬ戦が終わるのを待っておるか? それとも多少の危険はあっても魔界に行き、魔族を助けて戦を収めるか?」
ディアナはそう言って、静かに暖を見つめてきた。
――――ズルいと、暖は思う。
そんなことを言われたら、暖は、行動を起こしたくなる。
そう、本当は暖だって、戦争を終わらせるために何かをしたかった。
何でもいいから、自分の出来る何かを。
ただ守られて安全な場所にいるのは、……嫌だった。
(でも、ここは異世界で、私が勝手に動いたりしたら、みんなに迷惑をかけちゃうから……)
そう思って、暖は我慢しているのだ。
なのに、そんな風に聞かれたら――――
「……私、魔界、行ッテイイノ? 治癒魔法、使エナイ。何モ出来ナイ。……ソレデモ?」
ディアナは、ニンマリと笑った。
「行っていいかどうかではない。お前が行きたいかどうかじゃ」
「迷惑、ナイ?」
もしも、暖が魔界に行き、魔族に捕まり、人質になったとしたら――――
アルディアは、悪口雑言言いながら、それでも暖を助けるために無理をするだろう。
他のみんなだって、暖を助けるためならどんなムチャでもしてくれるに違いない。
(みんな、優しいもの)
身勝手に見えるディアナでさえ、実は暖を大切にしてくれているのはわかっていた。
(私のために、危険に遭って欲しくない!)
本当に、そう思うのに――――
「ウジウジ考えておらんで、さっさと結論を出せ!」
ディアナが、イライラと急かす。
「………………行キタイ」
ついに暖は、小さな声でそう言った。
「行ッテモ、何モデキナイ、ケド……モシ、戦争、終ワル可能性アルナラ……行ッテ、出来ルコトシタイ! タダ、待ッテイル、……嫌!」
我慢していた正直な思いが、暖の口をつく。
ディアナは、満足そうに頷いた。
「よう言った! ……聞いたか? ウララは、間違いなく『行きたい』と言ったぞ。ならば、わしらは全力でウララのバックアップをする! いいか? あくまでバックアップじゃ! これは、わしの暴走では、断じてない! いいな!」
物凄く嬉しそうにバックアップを強調するディアナ。
暖は、なんだか自分が罠にはまったような気がした。
ダンケルも不安を感じたのだろう。
「魔界に連れて行けるのは、ウララだけだぞ!」
焦って叫び出す。
ディアナは、フンと、鼻で笑った。
「その通りじゃ。――――しかし、ウララは、竜の加護持ちじゃ。竜は、己れの竜玉の持ち主が危機に陥った時、全てを排して契約者の元に駆けつける! 例え、そこがどこであろうともな」
聞いたダンケルは、「あっ!」と叫ぶ。
ギオルは、長い首を振り大きく頷いた。
わかっていたのだろう、リオールとラミアーも薄く笑う。
「竜族は、古代より魔族以外のあらゆる種族と親交がある。多くの種族が、竜が助けを求める時、その声に応えると、盟約を交わしておるのじゃ」
続くディアナの言葉に、ダンケルの顔は、みるみる青ざめていく。
「そうか! その手があったか! ――――ドワーフは、竜の友だ!」
ネモが勢い込んで叫ぶ。
「エルフは、竜と最も親交の深い種族です」
リオールの笑みは、相変わらず美しい。
「吸血鬼もよ」
ラミアーはクスクスと楽しそうに含み笑いをする。
「勿論、わしら魔法使いも竜とは友好的な関係にある。依頼があれば応えよう」
物凄く悪い笑みを浮かべて、ダンケルを見るディアナ。
ギオルは、みんなに「よろしく頼む」と、言った。
「――――と、いうことじゃ。ウララ、心置きなく魔界に行って、危機に陥って来い! ギオルに乗って、わしらが直ぐに駆けつけてやる!」
ディアナが宣言する。
(え? え? ちょっと、待って!)
暖は、心の中で狼狽えた。
(ってことは、私が魔界に行って、危険なめに遭うことは、確定事項なの?)
とんでもない! と、思う。
「……エット、私、ヤッパリ魔界ハ」
「大丈夫ですよ。ウララ。魔界に行ってもウララに危険などありません。私が、行く前に防御魔法を最大威力で何重にもかけて差し上げますから。しかも”自動報復魔法”付きで。――ウララを攻撃する愚か者は、塵さえ残さず消滅させてやります」
言っている内容に関わらず、リオールの笑みは、本当に美しい。
「やり過ぎだろう!」
ダンケルは叫んだ。
「備えあれば憂いなし。足りないくらいですよ」
あっさりとリオールは返す。
「そうだな。我もウララの危機に自動で”破壊砲”を放つ加護を付けておこう。瞬時に駆けつける予定だが、万にひとつもウララが傷つけられる可能性は潰したいからな」
ギオルまで、そんなことを言い出した。
「だったら私は、ウララに邪な思いで触れた者に対し、自動的に生気を吸いとる魔法をかけておくわぁ。あっという間に干からびさせてみせるわよ」
クスクスとラミアーが笑う。
「ふむ。誰の術が一番早く魔族を倒すか楽しみだな」
と、ギオル。
「負けませんよ」
リオールが、胸を張る。
「あら、私に勝てるつもりでいるのぉ?」
ラミアーは、自信たっぷりだ。
無駄に張り合う三人の怖すぎる会話に、暖の顔はひきつった。
このままでは自分は、歩く最終兵器になるのではないだろうか?
「ダンケル、本当ニ、私、魔界、連レテ行ク?」
思わずダンケルに確認してしまう。
聞かれた魔族の顔も、思いっきりひきつっていた。
「ちょっと、考えさせてくれ……」
頭をおさえて唸りはじめるダンケル。
無理もないと、暖は思った