饒舌な小人
そこは、ディアナの家のテーブルの上だ。
「へ? え? ……あ! ああぁぁぁっ!」
思わぬ場所で小人と遭遇し、暖は叫んだ。
「うるさい!」
しかし、間髪入れず怒鳴られてしまい、暖は口をパクンと閉じる。信じられないように目をゴシゴシとこすった。
しかし、どんなにこすっても、テーブルの上の小人は消えない。
腰に手を当ててふんぞり返っている小人は、プリプリ怒っていた。
「静かにしろ! やっとの思いで、この家に潜り込んだのに、見つかってしまうだろう!」
ひとしきり暖を怒りつけた後で、「ドウシテココニイルノ?」と聞く彼女に、小人は、村中で一番結界の強い場所にあえて忍び込んだのだと話してくれる。
灯台もと暗し。流石のディアナも、自分の家に小人が居るとは思ってもみないだろう。
「その代わり、忍び込むのに、随分苦労したがな」
忌々し気に話す小人は、最初に暖が見た時よりも酷く傷ついている。あちこち血だらけで、どこかにぶつけたのか青あざもできていた。
「早く世話をさせようと、お前を待っていたのに、いったいどこで油を売っていたんだ!」
身勝手な理由で腹を立て、喚き散らす小人。どうやら体は傷だらけでも、口は元気なようだった。
そんな小人が不思議で、暖は聞いてみる。
「デモ、私ガ、コノ家、来ル、ワカラナイ、デショウ?」
ずっとウルフィアの家に、こもりきりだった小人。
暖は、自分がどこに暮らしているかを小人に話した覚えはない。
どうして彼は、この家に暖が来ると思ったのだろう?
「そんなもの、一番厳重な結界のある家が、お前の住みかに決まっている」
こともなげに、小人はそう答えた。
暖の疑問を、バカにするみたいに鼻で笑う。
「お前のような”能力”の持ち主を、この村の住人が守らぬはずがないからな」
「……能力?」
小人の言葉に、暖は首を傾げた。いったい、何を言っているのか、さっぱりわからない。
(私には、特別な能力なんかないのに)
なのに小人は、「そうだ」と頷いた。
「――――確信は持てなかったが、お前が”癒しの力”を持っている可能性は、充分ある。お前自身に自覚はないようだが。……しかし、だからこそ、あの王子は戦の前線に出てきたのだろう」
暖は、目を見開いた!
「王子!?」
王子というのは、アルディアのことだろうか。
思わず暖は、身を乗り出す。
「王子ッテ、アルディア? アルディア、会ッタ? ドコデ!? ……アルディア、元気!?」
一足飛びにテーブルに近づき、小人に迫る暖。
「うるさい! さっさと俺を治療しろ!」
小人は、たちまち不機嫌になって命令してきた。
「俺を元気にしてくれたら、王子の情報を教えてやってもいい」
小人の交換条件に、暖は躊躇う。
そう言えば、この小人は魔物なのだと、今さらながらに思い出した。
「小人サン、魔物、ナノ、……本当?」
恐る恐る、暖は確認する。
小人は呆れたみたいに、ため息をついた。
「ようやくその確認か? ……エルフも魔女も、そう言っていただろう?」
「ソウダケド! デモ、小人サン、全然慌テテナイシ、態度、変ワラナイ!」
正体がばれても、暖に対する態度が全く変わらない小人。
今まで暖が見聞きした情報からすれば、魔物は、人間とは敵対している種族だ。それは即ち、人間と友好関係にある全ての種族の敵のわけで――――
なのに、平然として暖と対峙している小人が不思議だった。
小人はニヤリと笑う。
「お前は、お人好しだからな」
そう言った。
「……俺が、魔物だとわかったくらいで、お前は俺を切り捨てられないだろう?」
自信満々に言う魔物。
――――確かに、その通りだった。
一度助けて世話を焼いた小人を、暖がそう簡単に見捨てられるはずもない。
しかし、こうもはっきり断言されては、彼女も複雑だった。
「お前を見ていてよくわかったことがある。お前は、底抜けの阿呆だ」
しかも、このセリフ。
流石の暖も切れそうになった。ジトッと小人を睨み付ける。
彼女の視線など気にもせずに、小人は言葉を続けた。
「自分の能力を自覚なしに垂れ流し、出会った相手に警戒心なしに好意を振りまく。……相手を魅了し、大切に守られながらもいっこうに気づかず、従って傲ることもなく謙虚に振る舞う。……結果として、相手をますます自分に夢中にさせる」
(それって、どこのライトノベルのヒロインよ! ……そんなの、絶対、私じゃないでしょう!)
暖は、言葉にできず、心の中で大声で否定した。
こちらの世界の言葉でうまく話せないことが、こんなにもどかしかったことはない。
暖の心中も知らず、小人はなおも話し続ける。
「――――わかっている俺でさえ、こうなのだ。この村の住民どもがどうなのかは、考えるまでもない。……だが、だからこそ俺の命はお前の側にいる限り安心だ。さあ、さっさと俺の治療をしろ!」
どこまでも偉そうな小人だった。
底抜けの阿呆などと言われて、暖が面白いはずもない。しかし、悔しいと思いながらも、暖は小人の手当てをはじめた。
口は達者でも、こんなに傷つき弱っている小人を、彼女が放っておけるはずもない。
小人がした暖の分析は、残念なことに当たっているのであった。
顔をしかめながら手当をしてくる暖を、小人は楽しそうに見上げる。
「俺の治療が出来て嬉しいか?」
「嬉シイハズ、ナイ! 怪我ナンテ、絶対ダメ!」
聞いた途端、小人は大笑いした。
「まだ俺を心配するあたり、やっぱり本物の阿呆だな。……そんな阿呆には褒美をやろう」
上機嫌にそんなことを言ってくる。
「褒美?」
「俺の名は、ダンケルだ」
小人は、そう名乗った。