行方不明の小人
「ディアナ!」
鋭い声で、リオールが魔女の名を呼ぶ。
しかし、ここはリオールの家で、今いるのは暖とリオール本人だけだ。
ウルフィアがこの村からいなくなってから、以前にも増して出不精になったディアナは、自分の家から動かず、声など聞こえるはずもない。
なのに――――
『わかっておる。結界を強化した。蟻の子一匹逃げられん。……探せ!』
空中から、何故かディアナの声がした。
呆然とする暖。
声が聞こえたことも驚いたが、それより何より、彼女が驚いているのは、たった今いなくなった小人のことだった。
小人は、断末魔みたいな苦しい叫びをあげていた。
いったい小人に何が起こって、彼はどこに行ったのだろう?
「ウララ、今、あなたのポケットから出て行ったのは、何です?」
戸惑う暖に、リオールが質問してきた。
「エ? ……コ、小人サン、ダケド」
「あれは、間違いなく魔物の気配でした」
暖の「小人サン」という言葉に眉をひそめながら、リオールは断言する。
いつも優しいエルフの緊迫した声に、暖は絶句した。
……どうやら、暖が拾って匿っていた小人は、魔物だったらしい。
魔に属する者は、聖なる気に弱い。エルフであるリオールの家には、魔物を傷つける聖気が満ちているのだそうだ。魔物である小人は、その気に耐えられず逃げ出したのだと、リオールは説明してくれる。
信じられずに暖は、首を横に振った。
「ソンナ! ダッテ、アンナ、小サイ――――」
「小さくとも、魔物は魔物です」
リオールは、無情に告げる。淡々と言葉を続けた。
「元々小さい種族なのか。それとも、体を小さく変化させたのか? ……ディアナがこの村に張った結界は完璧です。それを越えて魔物は入り込みました。おそらく潜入するために、己れの姿形を根本から変えたのでしょう。……それにしても、ディアナの結界を無傷で越えられるはずもないでしょうから、そうとう傷ついたはずですが――――」
確かに、暖が小人を見つけた時、彼は傷だらけだった。
悄然と項垂れる暖を椅子に座らせ、リオールは彼女の目を覗き込む。
深い湖のような青い瞳に優しく促され、暖は、問われるままにポツリポツリと小人の事を話し出した。
「――――ホントニ、小サナ小人サンナノ」
「バカか!! なんで直ぐに、わしらに教えんのじゃ!」
しかし、途中で大きなしわがれ声で怒鳴られてしまう。
慌てて顔を上げて見れば、そこには、いつの間に現れたのか、魔女のディアナが杖をついて立っていた。
「ダッテ、小人サン、……ディアナニ、食ベラレルッテ怖ガルカラ」
「わしが、そんな不味いものを食べるはずあるまい!」
暖の言葉を聞いて、ますます怒り出すディアナ。
しかし、どうしてディアナは小人が不味いとわかるのだろう?
……疑惑の目を向ける暖を、なおも罵りながら、ディアナは杖を振り上げた。
「ともかく! リオールの家の聖気に触れた魔物は、酷く弱っておるはずじゃ。わしの結界を抜けられるはずはない。探せ! 村中、隅から隅まで探すのじゃ!」
叫ぶディアナの声が、開け放った窓の外からも聞こえる。
魔女の声は、魔法に乗って村中に響き渡っていたのだ。
途端、村のあちこちに大きな雄叫びが起こる。
「グオォォォッ!」と、竜の咆哮まで聞こえてきた。
目を丸くする暖の前で、いつも大人しいリオールが両手を組んでポキポキと指を鳴らす。
「当然です。ウララの優しさにつけこんで、彼女のポケットに潜り込むなんて、羨ましい事をした魔物を、私が許すはずがありません!」
リオールの言葉は、……暗い怨念に満ちていた。
彼の視線は、ウララの腰辺りにあるポケットを睨んでいて、「あんな場所に……」とブツブツ呟いている。
その姿には、鬼気迫るものがあり、暖はちょっぴり怖くなってしまう。
その後、村をあげての大捜索がはじまった。
なんとそこには、怠け者のラミアーまで駆り出されていた。
「本当に、厄介ごとに巻き込まれる娘ねぇ。……まぁ、退屈しないからいいけれどぉ」
妖艶に微笑む吸血鬼は、自分では動かずに、コウモリやネズミなどの暗闇を好む小動物を使い、暗がりを調べさせている。
最近ようやく足が少し動くようになってきたネモまで、足を引きずりながら、捜索に参加しようした。
暖は、ドワーフを力一杯止める。
「認めるのもシャクだが、俺がここまでになったのは、ウララのおかげだ。お前に害なす魔物は、俺が倒してやる!」
熱く決意を語るネモ。
気持ちはありがたいが、年よりの冷や水は止めて欲しいと暖は思う。
「倒ス必要、ナイ! 害サレテナイシ!」
頼むから、もう少し自重して欲しい。
他の皆にも「無理シナイデ」と暖は心から頼んだ。
リオールが言うからには、小人は間違いなく魔物なのだろう。しかし、ネモにも言ったように、暖は小人から何も被害を受けていないのだ。
「……世話ハ、サセラレタ、ケド、……悪イ事、シテナイ!」
必死に言ったのだが――――
「お前は、危機感が足りん!」
暖は、ディアナにプリプリと怒られてしまった。
「もういい! お前は家に帰って留守番でもしておれ! よいか、けっして出てくるでないぞ!」
しまいには、外出禁止まで言い渡されてしまい、疲れ果てて、暖は家に帰った。
「確かに、私じゃ何の役にも立たないけれど……」
それでも、一緒に探すくらいはしたかったと、暖は思う。
「小人さんの様子も心配だし――――」
あんな悲鳴をあげて逃げたのだ。今頃小人はどこかの草の影で、傷つき震えているかもしれない。
重い足取りで、暖はディアナの家に入り――――
「ただいまぁ」
誰もいないとわかっていながら、帰りの言葉を口にした。
その途端、
「遅い!」
無人のはずの家の中から、怒鳴り声が返って来る。
なんと! そこには、小人がいた。