逃げ出した小人
あの後、結局小人は意識を取り戻さず、暖は心配しながらもウルフィアの家を離れた。
翌日の早朝行って見れば、皿は空になり小人はグゥグゥ眠ってる。
見た目とは違い、案外図太い神経の小人だ。
「心配して損したわ」
ブツブツ言いながらも、暖は皿を洗い新たに食事を作った。そのまま様子を見たが、起きる気配のない小人にため息をつきつつ家を離れる。
次の日も、暖が見に行けば、皿は空で小人は眠っていた。また食事を作り、暖は帰る。
――――そんな日が数日続いた。
小人が起きているところは見ないが、皿が毎回空っぽになっているからには、彼は動けないわけではないのだろう。
「傷も治っているみたいだし」
少なくとも体の表面に目立つ傷はない。血色も良くなっていて、暖はホッと息を吐く。
「夜行性なのかしら?」
首を傾げながら、暖はその日も小人のための食事を作っていた。
そんな彼女に――――
「もっと、食べごたえのある肉とか魚が食べたい」
突如声をかけられて、暖は慌てて振り向いた。
「小人サン! 起キタノ!?」
「うるさい。怒鳴らなくとも聞こえる」
見れば、棚の上で小人が、あくびをしながら立ち上がっていた。
「ケガハ? 体調ハドウ? ドコモ痛クナイ」
矢継ぎ早な暖の質問に、小さな顔が不機嫌そうにしかめられる。
「体はすこぶる良好だ。あれだけの傷を負ったのに、この回復の早さは異常と思えるが、だからと言ってあり得ない程ではない。しかも、お前の力と確信も出来ないし……微妙なところだな」
ブツブツと小人は呟く。その様子はなんだか不満そうだ。
とはいえ、元気になったのならなによりだと暖は思う。
「良カッタ」
暖が、心からそう言えば、小人は驚いたような顔をした。
「どこまで、お人好しなんだ」
その後で、そう言って顔をしかめる。
「オ人好シ、違ウ。普通ヨ」
暖が否定すれば、小人はチッと舌打ちした。
「それより肉だ。もっと体力のつきそうな食い物を用意しろ」
偉そうに命令する小人。
暖は、考え込んだ。
「シチューデイイ?」
「何でも良いから早くしろ!」
この日から、小人は暖にいろいろと命令するようになった。
…………………
「今日は、この前食べたミートパイが食いたい」
「パイ? パイ ソンナ直グニ出来ナイ」
「チッ! 役立たずめ。だったらホットケーキにしろ! バターと蜂蜜たっぷりだぞ!」
「太ルンジャナイ?」
「俺が太るわけないだろう!」
ポンポンに膨れたお腹で、小人は怒鳴る。
あまりに説得力のない反論に、暖は呆れはてる。
小人をウルフィアの家に匿ってから一週間。
今日は、ハンバーグ。今日は、肉じゃが、明日は唐揚げ――――等々、小人はワガママ三昧に、毎日暖に食事を要求してくる。
(まあ、小人だからちょっぴりで良いし、余り物をディアナ達に回せるから良いけれど)
最近、料理が豪華になったとディアナは喜んでいる。
なんだか申し訳ないなと思ってしまう暖だ。
今日も今日とて、暖は小人に料理をしていたのだが――――
「食べたら、外へ出たい」
小人は、そう言った。
「ディアナニ、会ウ気、ナッタ?」
「魔女は嫌いだと、言っただろう!」
嫌いではなく、食べられると怖がっていたようだったが……
怖いものが嫌いなのは当たり前かと思った暖は、そこは突っ込まないことにする。
「誰にも見つからないように案内しろ」
「エ? ナンデ?」
「俺は、見つかれば殺される」
小人は、その外見に似合わぬ苦い笑みを浮かべながら、そう言った。
「ソンナコトナイ。ココノ皆、優シイ」
「俺は、お前のようなお気楽者じゃない。外にいる者は全員、敵だ」
小人の言葉に、暖はビックリした。
「ア、……デモ、ジャア、私ハ敵ジャナイノネ。良カッタ」
暖の言葉を聞いて、小人はガックリ項垂れた。
「どこでどう育ったら、お前みたいなお気楽人間が出来るんだ?」
失礼なと思いながらも、暖は「アハハ」と笑う。
まさか、異世界の日本ですとは、流石に言えない。
ともかく、外に行きたいという小人を手のひらに乗せて、家を出た。
扉を開けて一歩出た途端、暖の手からピョンと飛び出た小人は、彼女が着ているエプロンのポケットの中にスルリと入り込む。
「結界を張るから、絶対手を入れるな」
「ケ、結界?」
「迂闊に手を入れれば、指が切れるぞ」
「へ?……って!」
あまりのことに、暖は、真っ青になった。そんな物騒なものを、ポケットに張って欲しくない!
そんな暖にかまわず、小人はポケットの中に姿を消した。
「チョ、チョット!」
「大きな声を出すな。俺はいないものとして振る舞え」
そう命令したきり、小人はうんともすんとも言わなくなってしまう。
ポケットがほんの少し膨らんでいるような気がするが、それ以外に小人がいそうな気配はない。
(ど、どうしよう?)
迷う暖だが、ここでエプロンごと小人を置き去りに出来るようなら、そもそも彼女は小人を助けはしなかっただろう。
どこまでもお人好しな暖なのだ。
結局、ポケットを気にしつつ、暖は歩き出した。
「ウララ!」
しばらく行くと、そんな彼女に声がかかる。
「リオール」
そこにいたのは、珍しく外出していたエルフだった。
「会えて良かった。捜していたんですよ」
どうやらリオールは、暖に用があったようだ。
「私ヲ?」
「ええ。エルフの里からスラの実が届いたんです。以前食べた時にとても喜んでくれたでしょう」
スラの実というのは、地球でいう桃のような果実だ。甘くて柔らかで最高に美味しくて、暖は一口かじった途端に気に入った。
「ホント?」
「ウララに嘘はつきませんよ。さあ、私の家に行きましょう」
誘われて、つい頷きそうになる。
しかし、その瞬間ポケットの中で、何かが動いた。――――いや、何かではなく間違いなく小人だろう。
どうやら小人は、リオールの家に行きたくないようだ。
(え? でも、行かなきゃスラの実が食べられないわ)
暖の頭の中で、小人とスラの実が天秤にかかる。……天秤は、呆気なくスラの実に傾いた。
小人には、ずっとポケットの何にいてもらえばいいことだ。
「リオール、スラノ実、ソンナニ沢山アルノ?」
「ええ。ウララが食べきれないほどに」
「ジャア、煮込ンデ、ジャムヤジュース、作リタイ!」
「それは楽しみですね。煮込むのは時間がかかりそうだ。……その間、ずっとウララを独り占め出来る」
丁度リオールが話したタイミングで、小人が抗議するようにポケットの中で暴れた。それに気を取られた暖は、リオールの言葉を聞きとれない。
「エ? リオール、何カ言ッタ?」
「いえ、何も。楽しみだと言っただけですよ」
リオールが嬉しそうに微笑めば、暖はその笑顔にみとれてしまう。
いそいそとリオール と一緒に、彼の家に向かった。
その間も、ポケットは時々暴れるが、かまわず歩く。
(スラの実は、本当に美味しいもの。リオールからもらって、後で食べさせてあげれば小人さんの機嫌も治るわよね)
気軽にそう思った暖は、近づくに連れポケットの動きがだんだん小さくなるのに気づかなかった。
リオールの家に着いて、暖は中に入ろうとする。
その途端――――
「うぎゃぁぁぁっ!!」
ものすごい悲鳴と同時に、暖のポケットが引き千切られた!
小人が飛び出し、あっという間に姿を消す。
「え?」
呆然とする、暖。
「魔の気配だ!」
リオールが鋭く叫んだ。