エルフとドワーフ
一方ラミアーから逃げ出した暖は、リオールの元に来ていた。
「リオール、オハヨウ 」
「おはようウララ。そんなに急いでどうしたのですか?」
暖の顔を見て嬉しそうに笑うリオール。いつも自殺を止めてくれるウルフィアがいなくなり、どうなることかと心配したエルフだが、今のところ彼は首を吊っていない。
「せっかく邪魔者がいなくなって、千載一遇の機会なのに、自殺なんかしていられるはずがないでしょう?」
邪魔者って何? とか、いったい何の機会なのか? とか、気になることはいくつかあるが、なんにしろリオールが自殺を企てないことは良いことなので、暖は深く追及しなかった。
「リオール、死ナナイ。私、嬉シイ」
「私も嬉しいですよ」
リオールは、ニッコリ笑った。
上機嫌で、暖にお茶を淹れてくれる。
「これは、昨日エルフの里から届いた茶葉なんです。この香りは他のお茶では出せないものですよ」
大きく息を吸い、満足そうに話すリオール。
しかし、暖はお茶より”エルフの里から”という言葉の方が気になった。
「リオール、戦争ノ、知ラセ、アッタ?」
暖が聞けば、たちまちリオールは不機嫌になる。
「そんなこと、ウララは気にしなくていいんですよ」
「デモ!」
「でもも何もありません。戦争は遠くで、この辺は関係ないのですから。戦争なんて、したい奴らが勝手にすればいいんです」
リオールは、とりつくしまもなかった。
「デモ、ウルフィア、トカ ……」
「ウルフィアは、殺しても死にません」
きっぱり言い切るリオール。何故か、納得できるから不思議だ。
「そんなことよりウララ、新作のケーキを作ってみたんですよ。この茶葉を入れたのでとても香りが良くなって、我ながら上出来です」
ケーキの美味しさを力説し、暖にすすめてくるリオール。
そこに口をはさめる隙はない。
暖は、仕方なく聞いて、内心がっかりしながら肩を落とした。
「さぁ、食べてみてください」
差し出されたのは、とっても美味しそうなケーキだ。
しかし、暖はそれに、手を伸ばす元気が出ない。
それでも、リオールに「さぁさぁ」と促されて1つ手に取った。
ジッと見てくるリオールの前で、パクリと口にする。
お茶の優しい香りが口の中に広がる絶妙な甘さのケーキだ。
流石、リオールが力説するだけあって、とっても美味しい。
この美味しさなら、好き嫌いの多いアルディアでも食べるかもしれないくらいのケーキだった。
(モチロン、アレルギーの食材が入っていないか、確認してからだけど)
そう考えて、暖は急に心配になる。
今頃アルディアは、どうしているのだろう? まさか進軍先で、食べ物に文句をつけてはいないだろうが、それならそれで、食べられないものまで無理をして食べていたら ……
(アレルギー反応は、下手をしたら死んでしまうのに)
暖の脳内に、苦しみながら倒れるアルディアの姿が浮かんだ。
途端に暖は青くなる。首をプルプルと横に振った。
(だ、大丈夫。サーバスもウルフィアもいるんだし)
しかし、思い出したサーバスは、いかにも頼りなく突き出した両手を自分には無理ですと必死で振り、ウルフィアは興味がないとばかりに剣の手入れをしていた。
…… そういえば、そういう人達だったと暖は思い出す。
今この瞬間にも、アルディアは死んでいるかも知れない。
その死因が戦死ではなくアレルギーによるショック死かと思うあたりが多少ズレているが、それでも暖は心から心配した。
突然、涙がポロポロこぼれてくる。
アルディアが戦争に行ってから、少し情緒不安定な暖だった。
「え? ウ、ウララ、どうしたんですか!? ケーキが口に合わなかったんですか?」
リオールは、慌てる。
「チ、違 ……」
暖は、必死に違うと首を横に振るが、言葉は紡げなかった。
「ウララ ……」
「ゴ、ゴメンナサイ。リオール」
やっとのことで、暖は謝罪の言葉を告げた。自作のケーキを食べた相手が急に泣き出せば、リオールだって面白くないはずだ。
「ゴメ ……」
暖は、勢いよく頭を下げる。
リオールは、…… 大きくため息をついた。
やがて、
「王子は、無事ですよ」
そう言った。
「エ?」
「まったく、流れ魔法にでも当たって死んでくれないかと願っているんですけれどね。残念なことに王子はピンピンしています」
リオールは、本当に残念そうだった。
暖は、パアッと表情を明るくする。
その暖を見て、リオールは表情を曇らせた。
「だから、あのクソ王子は嫌いなんです」
ブツブツと呟く。
「エ? リオール、何カ言ッタ?」
「いいえ、なんにも。さあウララ、ケーキを食べてください」
「ハイ!」
先ほどとは一転、元気よくケーキを口に運ぶ暖。
幸せそうな姿に、まあいいかと思うリオールだった。
その後、リオールの家を出た暖は、次の訪問先であるネモの家を訪れる。
「キ、キャアアア!」
ネモは、車いすから落ちて、床に転がっていた。
「ネモ! ネモガ、死ン ――――」
「でない! いちいち騒ぐな! 小娘!」
ネモに怒鳴りつけられ、暖は、ホッとする。
慌ててネモを助け起こした。
「大丈夫? ドウシタノ?」
「口惜しい。戦が、それも魔族が絡む戦が始まっているというのに、俺はこんなところで動くこともままならず這いつくばっている。こんな惨めなことはない!」
ギリギリと歯軋りしながらネモは唸る。
暖は、ビックリした。
「ダッテ、ネモ病気」
「病なんぞ関係ない! 戦時に戦場に立てずに誰が戦士か!」
「誰?」
暖は、首を傾げる。
「少クトモ、ネモハ違ウヨネ?」
ネモは、ガ~ンとショックを受けたように目を見開く。
「…… 戦士でない俺など、生きる価値もない」
やがて、そう言った。
暖は、ますます驚く。
「エ? ジャア私モ、生キル価値ナイ?」
ガックリと肩を落とす暖。
「お前は、そもそも戦士ではないだろうが!」
「ダカラ、生キル価値ナイ、デショウ?」
「お前と俺を一緒にするな!」
息を切らせてネモは怒る。
暖は、考え込んだ。
―――― 生きる価値観は、人それぞれに違う。
ましてやネモはドワーフだ。彼の価値観は暖とは、まるで違うものなのだろう。
そもそも暖は戦うこと自体想像することもできない。
(姉妹ゲンカはしたけど)
それだってせいぜい口ゲンカで手をあげたことは全くない。
戦争は、敵との殺しあいだ。自分の目的のために力でもって相手を捩じ伏せる。
その為には死すら厭わない。
目的が何であれ暖には考えられないものだった。
ネモと自分が、この件でわかりあえることはないだろう。
ならば ……
「ダッタラ、今ハ何ヨリ、マッサージ、ヨネ!」
暖は、そう言うと、さっさとネモをベッドに追いやる。
「おい!?」
「私、一生懸命マッサージ、スル! ネモ、早ク良クナッテ、クダサイ」
「良くなる?」
「ハイ!」
元気よく頷くと、暖はジッとネモを見る。
「…… 私、戦イ嫌イ、デス。誰モ戦ワナイ、一番、ト思ウ。本当ハ、ネモモ、戦ワナイ、イイケド。デモ”戦ワナイ”ト”戦エナイ”ハ、違ウ。ネモ、今、戦エナイ、悲シイ。ダッタラ、ネモ、良クナルヨウ、オ手伝イスル!」
そして良くなってから、戦いに行かないで欲しいと伝えよう。
――――あくまで自分の希望として。
そう暖は考える。
とはいえ、ネモが治る見込みはあまりないだろうとも思った。
(でも、ネモはドワーフだし)
この世界は自分の常識とは違う世界だ。
(ギオルだって、すごく元気になったもの)
だからネモも治ると信じて、暖はマッサージをする。幸いにして、足の感覚はあるみたいなので、治る可能性は皆無ではないだろうと、日本の高度先進医療を知る暖は思う。
少しでも良くなって欲しかった。
ネモは、暖を複雑な表情で見つめている。
ドワーフや竜のいる異世界であろうとも、便利な治癒魔法などなく、むしろ地球の方が余程医療は進んでいて、暖が関わった者達が劇的な回復を見せていることに注目が集まっていることなど、知るよしもない暖だった。
この時の暖は、戦いが我が身に振りかかるなど、思ってもいなかったのだ。
一週間ぶりです。
なのに、申し訳ありません!
不測の事態が起こり、この後、またまた投稿できない日々が続きそうです(涙)
せめて、一週間に一回のペースは守りたいと思いますが……
そのうち良い知らせもしたいと思います。
すみません。どうぞ気長にお待ちいただけますようお願いします!