素直じゃない王子とお人好しな娘
一方、暖はギオルに言われた通り、ディアナの元に走った。
なのに ――――
「どこへ行っておった! 早く王子の元に行かんか!」
顔を見せるなり、暖はディアナに怒鳴りつけられる。
「え?」
「早く行け!」
暖は、慌てて飛び出した。
「いったい、どうなっているのぉ!?」
彼女の疑問に答えてくれる者は、いない。
そうして息を切らせてアルディアのところに行ったのに ――――
「何しに来た?」
いつも通りの不機嫌顔を、暖はアルディアに向けられた。
「ディ、ディアナが、行けって」
「また言葉が日本語に戻っているぞ。…… 私は、お前に用などない」
――――いや、いつも通りではなかった。
いつも以上に、アルディアは不機嫌だ。
暖は、目を白黒させる。
その場にはウルフィアやサーバスもいて、アルディアに何かを言いたそうにしているのだが、王子に睨み付けられ口を出す事が出来ないでいる。
それでも、暖には、何となくアルディアの不機嫌の原因がわかった。
先ほど聞いた、スゥェンの話 ――――
「魔族、報セ、アルディアノ所ニモ、来タ?」
アルディアは、ギクリと体を震わせた。
「何で! お前っ ――――」
怒鳴ろうとして、アルディアは、途中で言葉を止めた。
眉間にしわを寄せ。
「お前には、関係ない」
顔を反らせ、素っ気なく話す。
その横顔は、全てを拒絶しているようだった。
ウルフィアとサーバスが、また何かを言おうとして、アルディアに睨み付けられ、黙る。
暖は …… それはそうだろうと、思った。
国の一大事。戦争なんて事が、暖に関係のあるはずがない。
彼女はこの国に生まれたわけでもなんでもない異世界の人間で、ただの居候でしかないのだ。
それは、暖が一番よくわかっている。
「―――― うん。そうよね」
だから、暖はそう言った。
アルディアは、びっくりした顔で、暖を見てくる。
暖は、ニコリと笑った。
「魔族がどうしようが、私には関係ないわ。…… でも、アルディアの健康状態は、気になるの。 …… アルディア、ひょっとして、魔族と戦いが起こったせいで、お城に帰ったりするの?」
暖がそう聞けば、アルディアは、ますます驚いたように口をポカンと開けた。
返事がないということは、彼は城へ帰るということなのだろう。
(アルディア、最近元気になったものね)
魔族との戦いなんて一大事だ。きっと、国を挙げての戦いになるだろう。
とはいえ、病気のアルディアが戦いで勲をあげられるとはとても思えない。
しかし、王族なんて戦争の旗印のお飾りみたいなものだと、暖は何かの本で読んだことがあった。
大きな戦いであればあるだけ、旗印はたくさんいる。
(親征とか言うんだっけ? 王様とか偉い人が直接進軍することで兵の士気をあげるのよね)
暖は、思わずため息をもらした。
病気で役立たずの王子とはいえ、王子は王子だ。いや、役立たずと思われていればこそ、アルディアには真っ先に白羽の矢が立つのだと思われた。
(戦争なんて危険なものに、行って欲しくない)
そう、暖は思う。
しかし、それはあくまで暖個人の感傷だ。
国と国との戦争に、一個人、しかもその国の国民でもない者の思いが考慮されるはずもない。
だから、――――
暖は、顔を上げた。
「アルディア! 薬、毎日必ズ飲ム! 食ベチャダメ食べ物一覧表作ル、持ッテ行ッテ! 急ニ走ッタリ怒鳴ッタリ、ダメ! 後、ソレカラ ……」
暖は、アルディアに注意しなければならないと思うものを、端からペラペラと話し出した。
後で通じなかったと言われないため、日本語ではなく、こちらの言葉で、たどたどしくも延々と話す。
アルディアもウルフィアもサーバスも、そんな暖に呆気にとられた。
「ソレカラ、ソレカラ ……」
暖の言葉は、止まらない。
「おい! ちょっと待て!」
流石にアルディアが止めた。
「お前、なんだそれは!?」
「アルディア、気ヲツケル事! 遠クデ発作起キテモ、私、行ケナイカラ」
暖は、大真面目だった。
食べ物に気を使い、せっかくここまで元気になったアルディアが、遠くで発作を起こし、死にでもしたら絶対イヤだ。
「アルディア、スグ、無理スル! 自分ノ体、大事! 命、大事! …… 死ナナイデ!」
気づけば、暖はポロポロと泣いていた。