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旧友

その知らせは、一羽のフクロウの形で、最初にディアナの元へもたらされた。

ほぼ同時に、リオールの元へも遠方よりの風が吹き、ネモへは大地の振動が響く。

ラミアーの元にもコウモリが飛来し、ウルフィアとサーバスは王都からの伝令を急ぎアルディアへと取り次ぐ。


その時、暖は丁度ギオルの所に居た。

ポカポカ陽気の明るい日差しの中で、いつも通りギオルのウロコをゴシゴシと磨いていた暖は、突如陰った視界に慌てて空を仰ぐ。

そのままポカンと口を開けた。

空のほとんどが、黒い巨体で塞がれている。

呆然とした暖の体を、いつにない俊敏な動きで、ギオルが自分の翼の下に引き入れた。


「ギ、ギオル?」


「じっとしていろ」


ギオルに庇われた途端、周囲にものすごい風が吹き荒れる。翼の下でさえ強く感じる強風は、外に出ればあっという間に吹き飛ばされるだろう事が容易に予測できる勢いだ。

直後、ドシン! と大きな音が響き、大地がグラグラと揺れる。


「ギオル!」


「スゥェン! このお調子者!」


ギオルの翼にすっぽり覆われた暖の耳に、大きな声が聞こえた。


「やれ良かった! まだ俺が誰かわかるんだな」


「お前のような、そこつ者など知らん!」


「たった今、俺の名を呼んだだろう!」


「聞き間違いだ」


「ギオル!」


「まったく …… 気をつけろ! わしの契約者が傷ついたらどうしてくれる!」


大音声での怒鳴り合いに、暖の頭はクラクラとした。


「そうそう、それだ! あのギオルが、遂に竜玉を預ける相手を見つけたと、竜の里では大騒ぎだったのだが、…… 本当だったのだな! いったいどんな美竜だ? それともエルフか? なんでも、此処には、とんでもない美人のエルフがいると聞いたが?」


この村に居るエルフはリオールだけである。

美人のエルフ? と暖は頭を捻る。


「紹介してくれ!」


「断る」


「そんな! 俺とお前の仲だろう? ギオル、スゥェン、ヒーラと言えば、泣く神も黙ると言われた天下無敵の竜戦士だったじゃないか!」


スゥェン、ヒーラというのはギオルの昔話でよく出てきた名前だ。

暖も時々間違えられたのだが …… まさか竜とは思ってもみなかった。

暖は、ギオルの翼の下からそっと顔をのぞかせる。

目に映ったのは、堂々とした体格の巨大な竜だった。


(どうして、この竜と私を間違えるの?)


いくらなんでも有り得ないだろう。

認知症といえど、ボケ過ぎだと、暖は思う。


「…… ヒーラの翼は、もう堕ちた。そんな名の竜戦士など、もうどこにもいない」


ギオルの呟きは、低く悲しい響きを帯びている。


「ヒーラの死も思い出したんだな。…… 本当に、認知症が治ったのか? いったいどんな奇跡が起きたんだ?」


スゥェンは、信じられないようにギオルを見ていた。


「お前のことは、ずっと忘れていたかったがな」


「ギオル!」


「―――― 久しぶりだな。我が友よ」


「ギオル!」


感激に体を震わせたスゥェンが、一直線にギオルに飛びついてきた。

巨体をものともせずに、ギオルは暖を翼に抱えたまま飛びついてきたスゥェンを軽く避ける。

急に止まれなかったスゥェンは、ズザザザッ! と大地を揺るがし地面と仲良くなった。

もうもうと土煙が上がる。


「気をつけろと言っただろう。ウララにかすり傷一つつけてみろ、百回殺してやるぞ」


ギオルはそう言って牙をむき出した。


「それが、数百年来の友に対する仕打ちか?」


「友より契約者が第一だ。竜なら常識だろう?」


「ああそうだとも! わかっちゃいたがな!」


スゥェンは忌々しそうに怒鳴った。

竜二頭の漫才のようなやり取りをずっと聞いているのも楽しいのだが、そろそろ顔を出しても良いだろうかと暖は思う。


「ギオル?」


翼の下から、ひょっこりと顔を出して、声をかけた。

途端、目の前にスゥェンという竜のドアップが迫る。


「ッ!」


「近づき過ぎだ!」


ギオルの尻尾が、スゥェンを容赦なくはね飛ばした。


「グゥォッ! …… 俺を殺す気か!?」


飛ばされながらも直ぐに復活したスゥェンが怒鳴る。


「殺しても死なないくせに、図々しい」


ギオルは、心底忌々しそうにそう言った。

暖は、思わず吹き出してしまう。


「プフ …… 凄イ、仲良シ」


「違う!」


「そうだろう?」


ギオルは即座に否定し、スゥェンは勢い良く頷いた。

暖は、もう一度笑い声をあげる。

そんな彼女を、スゥェンが、大きな丸い目を見開いて、凝視した。


「ひょっ、ひょっとして! に、人間か!?」


驚愕して叫ぶ。


「ア、ハイ」


人間以外の何に見えるのだろう?

暖の答えを聞いたスゥェンは、目を三角に吊り上げた。

ものすごい勢いで、ギオルに迫る。


「ギオル! 貴様、何を考えている! よりによって、お前の契約者が人間だと! …… 貴様、命を無駄に捨てるつもりなのか!?」


命を無駄に捨てるとは、聞き捨てならない言葉だった。

暖はびっくりしてギオルを見上げる。

ギオルは呆れたようにスゥェンを見ていた。


「そんな訳があるか。わしは、わしが生きるためにウララに竜玉を預けたんだ。 …… もっともあの時は、そんな事はわからずに無意識だったがな」


思い出しているのかギオルの目は遠い。

確かに、暖に竜玉をくれた時のギオルに、そんな判断力があったとは思えない。


(尻尾で弾き飛ばされたんだものね)


まかり間違えれば死ぬところだった暖だ。

あの時のギオルと今のギオルは、本当にまるで違う。別人ならぬ別竜のようだとさえ思う。


(しっかりしてきて良かったわ)


単純に暖はギオルの回復を喜んだ。それが、自分のせいだと思われているなどとは考えてもみない。


「ウララと会う前のわしがどんな状態だったか。…… スゥェン、お前は良く知っているだろう? 竜の里に置いておけず、稀代の魔女ディアナの結界があるこの場所にわしを押し込めたのは、他ならぬお前たち竜の仲間だからな」


スゥェンが、辛そうに顔を背ける。

ギオルは、フッと笑った。


「今更、それをどうこう言うつもりはない。お前たちの判断は正しいと、わしは思う。それ以外の方法はなかっただろう。それにそのおかげで、わしはウララに会えた。ウララに竜玉を預けられた幸運は、何にもかえがたい」


ギオルは、本当に満足そうに、そう言った。


「―――― 竜玉を預け契約した竜は、その相手と生死を共にするのだぞ! 他の竜や寿命の長いエルフならまだしも、人間のような一瞬の内に老いて死んでしまう者と契約する事のどこが幸せだ!?」


そんなギオルにスゥェンが怒鳴った。

話を聞いた暖も、びっくりする。

という事は、暖と契約したギオルは、ずいぶん寿命を縮めてしまったのではないだろうか?


「竜と人間の区別もつかず長く生き続けるよりも、竜玉を預けた相手と、短くとも満ち足りて生きる方を、わしは選ぶ。もっともこれはわしの自分勝手な考えだ。それをわかって欲しいとは言わない」


きっぱりとギオルは言い切った。

何か言いたげに口を開いたスゥェンは、しかし何も言わずに黙って口を閉じる。


そんな二頭の竜を見上げた暖は、思いきって声をかけた。


「ア、アノ? …… 竜玉ッテ、返品不可デスカ?」


ギオルとスゥェンは、キョトンとした。


「返品?」


「まさかっ! 全ての種族の垂涎のまとである竜玉を?」


いやいや、別に暖は欲しくて竜玉をもらったわけではない。

返せるものなら返したいと、心から思う。

しかし、暖の言葉を聞いたギオルは、ものすごく情けなさそうな顔をした。

可能不可能も何も、竜玉を返された竜など、いまだかつていないだろう。

暖は、慌てて両手を左右に振った。


「ア、ア、違ウ! 今スグ返ス、ジャナクッテ、私ガ、死ヌ前ニ!」


暖が死ぬ前に、竜玉を返してしまえば、ギオルは長生きできるのではないかと暖は思う。本当は、直ぐにでも返したいが、あんまりギオルの顔が情けなくて言い出せなかった。

せめて、自分が死ぬ直前には返して、ギオルの寿命が自分のせいで縮まるような事態は避けたいと思う。


「そんな例は今までないが …… そうだな、そうできれば、ギオルは生き残れる!」


スゥェンは、嬉しそうにそう言った。

反対にギオルは渋い表情だ。


「竜玉を預けた唯一無二の契約者が死した後も、わしに生きろと言うのか ……」


「当タリ前! 生キラレルノニ死ヌ、絶対ダメ!」


暖は、大声でギオルを叱りつけた。

ギオルは、しょぼんと長い尻尾を垂れる。

スゥェンは、そんな暖とギオルの様子にびっくりして目をみはった。


「ギオル、長生キシテ。ソノ方ガ、私、嬉シイ」


「ウララ ……」


暖は、項垂れたギオルの頭に手を伸ばす。

ギオルの大きな頭が、暖の方に差し出され、ゴツゴツとした頬を力一杯撫でてやる。

ソッと撫でたくらいでは、ギオルには感じられないだろう。


「お前が、竜であれば良かったのに――――」


それは嫌だなと、暖は笑みをひきつらせた。

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