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魔女と女騎士

どことも知れぬ場所に、どこにでもありそうな広い空地がある。

近くに人家は見えるものの何もないその場所に、二人の老婦人が立っていた。

いや、老婦人という表現があっているのかどうかは、遠目にはよくわからない。

二人の内の一人は、黒く長いローブに身を隠しているし、もう一人は、なんと甲冑に身を包んでいる。

その出で立ちは、どこのコスプレイヤーかと思うような怪しい姿である。

ただ、いかに着ているもので体型は隠れても、年齢は、その姿勢や何気ない動きに現れるものだ。二人の年齢――――特に、黒いローブを着ている者の年齢が高いことは、なんとなく察せられる。

そして予想に違わず、近くで見れば、しわの寄ったその顔から、二人が間違いなく老婦人であることが確認できた。


そんな二人の前の空地には、大きな穴が穿たれていた。

深さは1メートル程で、広さは一部屋程もあるだろうか。底や脇が岩盤でできた丈夫そうな穴は、たった今作られたような人工物だ。

しかも不思議な事に、ひびひとつないその穴の底から、こんこんと水が湧き出ていた。

もっとも、その水から湯気が上がっているところを見れば、それは水ではなくお湯なのだろう。

無色透明などこか甘い匂いのするお湯は、最初はコポコポと湧き出、徐々に勢いを増し、最後には渦を巻いて流れ込んできた。

増えるお湯が、見る見る穴に満ちてくる。


「ホォッホォッホォッ! 見たか、ワシの魔法の妙技。まだまだ若いもんには負けはせん! 異世界から召還した、これが噂の温泉というものじゃ」


黒いローブ姿の老婆が、偉そうにふんぞり返る。


「フム。確かにスゴイな。世界各地の戦場を渡り歩いた私でも、こんなに沢山の量の温かい水は、はじめて見る。これが本当に我らの病に効くというのかな? ディアナ?」


「そのとおりじゃ、ウルフィア。これはワシが古今東西の文献を調べ、やっと探り当てたものなのじゃ。なんでも遥か北の蛮族がこの温泉とやらで、ありとあらゆる万病を治しているらしい。ワシは偉大な魔女じゃからな、この世界のみならず、あらゆる世界を探って我らの病に一番効く温泉を召喚したのじゃ。このワシに不可能はない!」


鼻高々に自慢するディアナの様子に、ウルフィアは苦笑する。

確かに、この魔女ディアナの魔法はスゴい。齢80歳で、これだけの魔力を瞬時に操れる精神力には、手放しで感嘆するしかないだろう。


(…… だが、これ程の魔力が有ってさえ、病と老いはいかんともし難いのだから、世の(ことわり)というものは、我々老人に厳しいな)


今年65歳。引退した女騎士ウルフィアは、しみじみとそう思った。


彼女らの住むこの世界は、剣と魔法の世界である。

魔法使いがいて、騎士がいる。

いくつかある人間の国は全て王政で、王と貴族が国を治めていた。

人間以外にも、エルフやドワーフなどの人外の生き物や竜までいるファンタジーな世界である。


もっとも、実際にこの世界で生きる彼女たちは、決して自分たちの世界をファンタジーなどと思いはしないだろうが……


そしてこのファンタジーな世界で一番大きな力は、当然のことながら魔法だった。火や水、風などを自由に操り、人々の生活エネルギーであると同時に、有事の際には大きな戦力にもなる魔法。

しかし、その魔法の中には、治癒魔法が……無かった。

当然若返ったり寿命を延ばしたりというような魔法もない。万能に見える魔法の力も、医療の分野に限っては常識外の力を発揮することはないのだ。医師や薬師はいるが、彼らが行うのはごく普通の治療や投薬だ。


そんな世界で、生きてきた彼女たち。

年老いた魔女ディアナは、もう長く関節炎を患っている。

ウルフィアも持病の腰痛が、年齢と共に悪化して、ここ数年は、酷い時には動くことも出来なくなるような有り様だった。


彼女たちは、自分たちの病状をなんとかしたいと、強く望み……その中で、ディアナが行き着いた方法が、温泉療法だったのだ。

大地に穴を穿ち、そこにあらゆる世界の中で自分たちの病に最良の温泉を召還する前代未聞の魔法。

若かりし頃、その魔法の力の前に一国の王でさえもひれ伏させたというディアナの力を持ってすれば、それは決して不可能なことではなかった。

事実、目当ての温泉の召喚を成功させ、ディアナは鼻高々だ。

ウルフィアも心から称賛する。



しかし、流れ入るお湯に目を奪われていたウルフィアの顔が、微妙にかげった。


「……ディアナ。召還したのは、本当にお湯だけか?」


「当たり前の事を聞くな。ワシはそう言ったであろう」


「うむ。ではディアナ、あれは何だ?」


ウルフィアの質問に、何のことかと、ディアナは訝しそうに彼女の指し示す先を見る。


「は?」


ポカンとした。


「私の目には、あれは人間に見えるのだが」


お湯の中に、プカプカと黒い髪をした若い女性が浮かんでいた。


「な、何でワシの温泉にあんな”モノ”が浮かんでおるのじゃ!?」


ディアナが怒鳴る。


「フム。土左衛門かな?」


動じぬウルフィアは、歴戦の騎士だ。今更死体の一つや二つどうということもない。

とんでもないと、ディアナは怒った。


「ワシの温泉にケチが付く! さっさと拾わんか!」


何で私がと、思わぬでもなかったが、まさかディアナに拾わせるわけにもいかないかと、ウルフィアは腰を庇いながらも温泉に入り死体を拾う。


「おや?」


素っ裸の死体を引っ張り上げながら、ふと違和感を感じた。 おもむろにあまり大きくない胸に耳を当てる。


「ディアナ、この死体生きておるぞ」


ウルフィアの耳に、はっきりと心臓の鼓動が聞こえた。

ディアナの顔が、嫌そうに歪む。


「もう暫く …… 死ぬまで捨てておけ!」


そう怒鳴り返された。

まさかそうもいくまいと、ウルフィアは死体――――元へ、気絶している女性を抱えてディアナの元に戻る。彼女の体は、びっくりするくらい軽かった。


「フム。この軽さは子供かな?」


そう思わざるを得ないほど華奢な体だ。

ウルフィアは、嫌そうなディアナの足元に女性の体を横たえた。

とりあえず気道を確保するため顎を上に上げる。

無理に水を吐かせる事は、かえって嘔吐物を喉に詰まらせる事があるから危険なのだ。

口元に耳を寄せれば、女性はしっかりと呼吸していた。胸の上下も規則正しい。

さほど心配いらないと、何度も死線をくぐり抜けてきたウルフィアは判断した。


「ディアナ、あなたのローブを貸してくれ」


「何でワシが……」


とブツブツ言いながらも、ディアナは黒いローブを脱いでこちらに寄越してきた。

それをウルフィアは、女の体にグルグル巻きで巻きつける。


「全くとんだ厄介者が一緒に付いて来てしまったものじゃ。ワシの一世一代の魔法が台無しじゃ」


ローブを脱ぎ寒そうに体を震わせたディアナが不満をこぼす。


「この少女が、あなたの召喚魔法に巻き込まれてここにいるという事実は、認められるのだな?」


ウルフィアが確認すれば、ディアナはフンと鼻を鳴らした。


「何もないところに今までいなかった者を呼び寄せるような大がかりな魔法を使える者はワシ以外におらぬからな」


大威張りで話すディアナ。

ここは威張れないところだろうと、ウルフィアは頭を抱えた。


「では、当然彼女の面倒は、あなたが見るのだろう?」


「何でそうなる? 身元不明の不審人物の保護など役人の仕事であろう」


「この村の役人が、その責任を負うと思うか?」


ウルフィアは、この長閑な村の役場にいるたった一人の役人を思い出していた。

悪い人間ではないが、どうにもやる気というものが見えない事なかれ主義の男。

ディアナも同じ人物を思い出したのだろう、しかめられていた顔を、なお酷くしかめた。

そのまま何か悪態をつこうとして口を開く――――


しかし、その口は言葉を発せずに閉じられた。

ローブで、す巻きになっていた女性が、突如ウゥ~ッと呻いたのだ。

ウルフィアは、落ち着いてその場から一歩下がる。

次の瞬間、狙いすましたように、ウルフィアの下がったその場所に、気絶していた女性は、ゲェ~ッと飲んでいた水を吐き出した。


「グッ…ゲホ、ゲホ…ッ!」


逃げ損ねたディアナの足元に吐き出した水がはねた。

ものすごい表情でディアナはウルフィアを睨みつける。

しかし、文句を言おうとして開いた口は、また言葉を発せずに閉じられた。


「××、○△×!」


倒れていた女性が起き上がり叫んだのだ。


「なんじゃ何と言ったんじゃ?」


「言葉が通じないのだろう」


沈着冷静にウルフィアは事実を指摘する。

どこからきたともわからぬ者と言葉が通じる方が不思議だった。


「なんと厄介な奴なんじゃ。」


ディアナが天を仰ぐ。


――――全くもって、その通りだった。


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