魔女と王子
「待て! 別の奴だと!? それはいったい誰だ?」
内心、舌打ちをしながらアルディアは聞く。
サーバスの企みが見えるような気がして眉間にシワを寄せた。
「まだ、会っていないからわからないわ。なんでもウルフィアの知り合いだそうなんだけど……」
暖の返事を聞いたアルディアは、今度は隠さず大きな舌打ちをした。
「会うのは禁止する。そいつはドワーフの狂戦士だ」
「ドワーフ!?」
エルフ、吸血鬼に続くファンタジーな存在に、暖は思わず身を乗り出す。
興味津々な暖の様子に、アルディアは表情を険しくする。
「狂戦士だと言っただろう! 怪我をして半身不随になっているが、そいつがやろうと思えばお前など直ぐに殺されるぞ!」
大声で怒鳴りつけた。
――――ウルフィアの知り合いで、暖の世話がいる者と言えば、十中八九アルディアが思っている者で間違いないだろう。
よりによって、なんて凶悪な相手をサーバスは選ぶのかと、アルディアは怒る。
もちろん、サーバスの意図は容易く察せられた。
半身不随のドワーフを暖が癒せば、暖の力は確かなものと確認出来るのだ。
しかし ……
(危険過ぎる)
何よりそのドワーフは人間嫌いだった。
ウルフィアだけは、かつて死闘を演じた相手として認めてはいるが、他の人間は近づくだけでも威嚇しまくっている。
「そいつが、この村で大人しく世話をされているのは、ただ一点ウルフィアがそう望むからだけだ。そうでなければ、そいつは暴れまくったあげく、とっくの昔にここを飛び出し、のたれ死んでいる」
苦々しくアルディアは呟く。
「奴が死んだりしたら、私の夢見が悪い」そう言ってウルフィアはドワーフを連れて来た。
やむを得ず彼を受け入れたアルディアだ。
――――何故なら、この村は、種族の違いを越えてそんな存在を受け入れると約束された地だったから。
どこにも行き場のない廃棄処分同然の存在を、唯一受け入れる場所であるこの村。
そのためにここは、人間のみならずいろいろな種族からの援助金で運営されていた。
もちろん、その中にはドワーフからの援助もある。
この村は、外の者たちが見たくない、かつての仲間の落ちぶれた姿を隠す場所でもあった。
(だから、私もここにいる)
王族でありながら、当たり前の日常さえも満足に送れない病人である自分を自嘲しながら、アルディアは思う。
一方、暗い思考に陥りそうなアルディアとは反対に、暖はますますやる気に満ちていった。
「そんな! だったら、尚更私はウルフィアのお手伝いをしなきゃでしょう! 最近調子が良さそうだけど、彼女には腰痛があるんですよ。…… 私が手伝わないでどうするんです!」
日本でも、介護をする人の腰痛は、大きな問題になっていた。
それを思い出した暖に、アルディアの説得は逆効果だ。
「危険だと言っているだろう!」
「大丈夫です。ウルフィアと一緒に行きますから。彼女と一緒なら心配ないでしょう?」
暖はきっぱりとそう言った。
既に彼女の中で、ドワーフの世話をするのは決定事項なのだろう。
そうではなく、暖がドワーフに近づく事そのものを止めたいと、アルディアは思っていた。
とはいえ、暖に癒しの力があるかも知れない事。…… そして、それが公になれば、どんな危険が降りかかるかわからない事を、教えるわけにはいかない。
(自分に癒しの力があることがわかれば、こいつはますます張り切りそうだ)
アルディアは頭を抱える。
「ともかく、ドワーフに近づく事は禁止する!」
「えぇ~? アルディア横暴!」
「うるさい! ともかくダメなものはダメだ!」
とりつく島もなく、アルディアは宣言する。
これ以上話して興奮されて、また発作でも起こされたらまずいとでも思ったのか、暖は黙りこんだ。
「わかったのか?」
「ハイハイ」
「返事は一回だ!」
まるでお父さんのような王子さまだった。
――――――――――
そんなこんなのやり取りの後、何故かアルディアのもとに、ディアナが怒鳴りこんできた。
「王子! お前という奴は、いったい何時からウララの父親になったのだ!?」
額を押さえるアルディア。
「あんな破天荒娘の父親なんかゴメンだ」
「ならば、何故ウララの行動にいちいち口出しをする?」
美しい顔を嫌そうにしかめながらアルディアはディアナを睨む。
当然、ディアナは、そんな顔に怯むことなどなかった。
「返答次第では、今すぐ永眠の魔法をかけてやるぞ!」
杖を振り上げるディアナ。
そのスムーズな体の動きに、彼女の関節痛の目覚ましい快復ぶりを見て、アルディアはますます頭を抱える。
こうなったディアナが、アルディアの口先だけの誤魔化しに丸め込まれるはずはなかった。
観念した王子は、深いため息をこらえながら、ディアナに自分の懸念を伝える。
暖が治癒の力を持っているかもしれないこと。
その力が知られたら、暖に危険が及ぶだろうことを、話した。
聞いたディアナは――――
「なんだ。そんなつまらん事を悩んで、ウララの行動を制限したのか」
思いっきり呆れたようにそう言った。
「…… だから、あなたに話すのは嫌だったんだ」
アルディアは、大きく顔をしかめる。
ディアナは、「阿呆じゃな」と笑った。
「何のために、ギオルが竜玉を授けたのだと思っておる?」
「竜玉 ……」
「あれを授けられたウララに、そんじょそこらの者が害をなせるはずがないじゃろう。それぐらいわからんのか?」
確かに、その通りだった。
「お前の心配は遅きに過ぎる。ウララを大切に思う者は既に対策を考えておるぞ」
したり顔で、ディアナは説明する。
「―――― まあリオールの花冠は、流石に重すぎるからギオルが止められてOKじゃったが …… そうそう、ラミアーが寝惚けた振りをしてウララに噛みつこうとするのも、まあ問題じゃな。わしが目を光らせておる間はそんなことはさせないが」
話を聞いてアルディアは、ますます頭を抱えた。
いつの間にそんな事態になっていたのだろう?
「ウララを守ろうとする者は多い。ウルフィアがウララをドワーフに会わせようとするのも、ドワーフのためというよりもウララのためじゃ。万が一、どこかの国との戦になれば、あのドワーフの戦闘力を遊ばせておく手はないからな」
ニッとディアナは笑う。
「戦――――」
アルディアは、呆気にとられた。
「あの娘を守ろうとするなら、それくらいの覚悟はいるという事じゃ。王子よ、お前もよく考えて覚悟を決めるがいい。…… 戦う相手がこの国とならぬ保証はないからな」
ディアナの言葉は重かった。
「私は ……」
返事の出来ないアルディア。
「――――という事で、ウララにドワーフの面倒を見させるからな」
その隙に、ディアナは一方的に宣言する。
たった今までの重い空気はどこに行ったのか?
あっけらかんと笑った。
「やれ良かった。なんと言っても、あのドワーフは頑固者でな。ウルフィアもほとほと困っていたのじゃ。能天気なウララならなんとかするじゃろう。…… ウルフィアは、わしの貴重な茶飲み友達じゃからな。このままでは、ゆっくり茶を飲み、世間話を楽しむこともできなくなるところじゃった」
――――本音駄々漏れな言葉だった
「しのごの言いながら、結局は面倒な相手をウララに任せたいだけなのか!?」
アルディアは怒鳴る。
当たり前じゃろうとディアナは胸を張った。
「いい若いもんがおるのに、何でわしら年寄りが苦労せんとならん。使える者は使うのが、わしの主義じゃ。しかも一石二鳥を狙えるのに、ためらう必要はないじゃろう?」
悪びれもしないディアナ。
アルディアは、がっくり項垂れる。
「良いか! 既に、これは決定事項じゃからな!」
人生経験の差なのか、はたまた単にディアナの性格がずうずうしいだけなのか? (絶対後者だろうとアルディアは確信する) どうあがいても、アルディアに勝ち目はなさそうだった。
こうして、暖がドワーフの世話をすることは決まったのであった。