露天風呂で混浴
その後リオールを椅子に腰かけさせ、くまの出来た顔に流れる涙を拭いてあげながら暖は考える。
(本当に、私は何もできないの?)
何とかしてあげたいと考えて、…… ハッ! と思いついた。
「リオール、待ッテテ!」
突如叫び、暖は走り出す。
「ウララ?」
ビックリしたリオールが呆然と見送る内に、彼の家から飛び出した。
走って走って、暖が向かう先は、自分が住んでいるディアナの家だ。
途中ですれ違ったサーバスが、驚いて振り返り、微かに眉をひそめたけれど、それにも気づかなかった。
息を切らして、ディアナの家のドアを開ける。
「ディアナ! オ願イ、アル!」
大声で、叫んだ。
――――――――――
そして、その日の晩。
暖が急にいなくなった事で、いつもの負のスパイラルに落ちて、モンモンと悩むリオールの元に、ようやく暖は帰って来た。
「ウララ!」
駆け寄るリオール。
「ええぃ! うっとうしぃ! 側へ来るでない!」
信じられない言葉を聞いて、リオールは愕然とした。
しかし、次の瞬間、―――― 暖の後から、ひょっこりディアナが顔を出す。
「相変わらず辛気臭い顔をしおって。不幸がうつるであろう。そこから一歩も近づくでないぞ!」
杖で威嚇しながら、いつも通りの毒舌を吐き散らすディアナ。
「ディアナ、酷イ言葉ダメ」
慌てて暖がディアナをたしなめた。
魔女はフンと鼻を鳴らし、ソッポを向く。
「そもそも、何でわしがこんなウジウジした奴のために、こんなところまで来なければならんのじゃ。わしは老人なのだぞ。年寄りはもう寝る時間じゃろう」
都合のいい時だけは、直ぐに老人になるディアナだった。
「約束シタ。特別マッサージ十回分!」
十本の指をバッと広げ目の前に突きつける暖の言葉に、ディアナはムゥと黙り込む。
特別マッサージとは、いつものマッサージより念入りで時間のかかるマッサージのことだ。ディアナは、このマッサージが特にお気に入りで、何度もして欲しいと頼まれるのだが、あまりに時間がかかるので、暖は断ることが多い。
今回、暖はディアナに ”お願い” をきいてもらう代わりに特別マッサージを十回すると約束したのだった。
不承不承黙り込むディアナの様子を見た暖は、魔女とリオール二人の手を取り、グイグイと引っ張る。
向かった先は、リオールの家の庭先だった。
うつ病で引きこもり気味のエルフの庭は、手入れが行き届かず荒れている。
(本当は、リオールと畑でも作ろうと思っていたんだけど ……)
それより、今問題なのは、彼の不眠の方だった。
「オ願イ! ディアナ!」
暖はディアナに向かって手を合わせる。
「仕方ないのぉ」
渋々ディアナは、荒れ果てた庭先に立ち、杖を振った。
たちまちボコリと穴が開き、その穴を含む形で魔法陣が形成される。
目には見えないけれど、確かに何かの力が溢れる感覚がして …… 次の瞬間! 暖たちの前には、穴の中に満々とお湯が満たされたお風呂が現れた。
「ヤッタ! 露天風呂!」
暖は小躍りして喜ぶ。
「流石ディアナ!」
「フン! わしの手にかかれば、この程度の事、朝飯前じゃ」
ディアナは偉そうにふんぞり返った。
「…… ウ、ウララこれは?」
リオールはものすごく驚いている。
「オ風呂! ディアナニ、疲労回復ニ効クオ湯ヲ召還シテモラッタ! オ風呂! リラックス! リオール、良ク眠レル!」
興奮ぎみに話す暖。
目の前に大好きな露天風呂が現れるのを見た暖のテンションは、マックスだ。
(リオールが入った後でいいから、私も入れてもらえないかしら?)
よだれを垂らさんばかりに、暖は露天風呂をガン見している。
一方、リオールは呆然としていた。
突如自分の庭に露天風呂が現れれば、当たり前の反応だろう。
「これは …… 異世界のモノですよね? ディアナ、確か貴女は二度と異世界から何かを召喚してはいけないと、サーバスに厳命されたのではなかったですか?」
リオールに質問されたディアナの顔は、嫌そうにしかめられた。
暖は、ビックリする。
「エッ、本当? ダメ? ……何デ?」
何も知らなかった暖だ。なにしろ言葉が通じなかったのだから、知らないのも無理はない。
当然、承知していてやったディアナは、むすっと頬をふくらませた。
「この程度の小さな温泉、召喚の内に入らん。今回は、決して余計な ”モノ” を召喚せんように魔法陣を書き換えたのじゃぞ。終われば全て消去するから証拠も残らん。ガタガタ面倒な事を言うな!」
うるさく言うなら今すぐ全部を消してしまうぞと、ディアナは杖を振り上げる。
「ダメ! ソンナ勿体ナイ!」
暖は慌てて止めた。
大好きな露天風呂なのだ。消されたら泣いてしまう自信がある。
「リオール、モウ召喚シテシマッタモノ。オ願イ、入ッテミテ」
暖の願いに、リオールは複雑そうな顔をした。
暖が自分のために温泉を召喚してくれたことは素直に嬉しいが、それでも禁じられた魔法を使ったことを承知できないといった心情なのだろう。
渋るリオール。
(確かに、アルディアやサーバスに知られたら、滅茶苦茶怒られるのかもしれないわ)
召喚したのはディアナだが、入った時点でリオールも同罪になるだろう。
躊躇うエルフの心情を暖は慮る。
考えて――――
「ソウダ! 一緒ニ入リマショウ」
名案とばかりに、暖はそう言った。
リオールは、ギクリとする。
「ウ、ウララ?」
焦って聞き返した。
「大丈夫。少シ狭イ、デモ、温マル目的ダカラ。ディアナノ、オ湯、イツモ、不思議ト冷メナイ!」
ニコニコ笑う暖。
彼女の言葉は、ディアナが、今回以外にもこっそり温泉召喚をしていると暴露したも同然だった。
しかし、リオールにとって気になるところは、そこではない。
「い、一緒にお風呂に? 私と、ウララが?」
それを人は混浴という。
温泉が大好きな暖。うら若き乙女のはずなのに、彼女の温泉愛は、混浴ごときに尻込みするようなモノではなかった。
(そんなことで遠慮していたら、入られる温泉にも入られなくなっちゃうわ!)
だいたい混浴というものは、入った者勝ちなのである。先に女性がいれば、普通男性は遠慮してくれる。
たとえ、そうでなかったとしても、バスタオルで体を隠せれば十分だと暖は思う。
(海やプールのビキニより、露出度は低いわよね)
目指せ温泉全国制覇! が、暖の目標だった。目標達成のためには、混浴なんか、へのカッパだ。
まあ、その目標は、思わぬ異世界トリップで、叶わぬ夢になってしまったが ………… つまり、暖的には、リオールとの混浴は全然オッケーなのだった。
「ディアナモ、一緒、ドウ?」
「わしは謹み深い淑女じゃ。いくら年寄りエルフとはいえ、一緒に風呂などごめんこうむる」
「ソウ?」
そうか、リオールは若く見えるけどお年寄りなのよねと思った暖は、尚更気が楽になる。
呆然としているリオールをグイグイと引っ張って風呂の準備をさせた。
暖の風呂の用意は、既に万全だ。
(リオールの後に入ろうと思っていたし)
浮き浮きと暖は支度をした。
そして――――
「リオール、背中、流ソウカ?」
「いっ、いい!」
露天風呂の隅に縮こまるリオールと、真ん中でのびのび手足を伸ばす暖の姿が、月明かりに浮かび上がる。
その晩リオールが、気絶するように眠れたのは、温泉効果とは別物かもしれなかった。