吸血鬼VS魔女
結局、ラミアーに押しきられ、彼女の食事を作る羽目になった暖。
食事の世話をするとなれば、一緒に住むのが一番だ。そう話が落ち着いたため、暖はラミアーを暖とディアナの住む家に連れて来た。
「なあに? このボロ家。こんなところに私を住まわせるつもりなの?」
ラミアーは不機嫌そうに唇を尖らせる。
当然、ディアナは烈火のごとく怒った。
しかも、その怒りは、何故か暖に向かう。
「お前はバカか! 吸血鬼など、不老不死の化け物なのだぞ! 貧血だろうが不治の病だろうが、こいつらが弱ったり、ましてや死ぬわけがない。こんな化け物など、放っておいてかまわなかったのだ!」
「へ?」
暖は、ビックリして呆けた。
そんな話は、聞いてない。
「お言葉ね。私が、具合が悪いのは本当なのよ」
ラミアーは、ムッと顔をしかめる。
「生きるのに飽いたからじゃろうが! 血を吸う気が失せたのも、こんな所に黙って押し込まれるのも、全てお前が棺桶に片足突っ込んでいるからじゃ! この死に損ないめ!」
「あら、吸血鬼に棺桶なんて、あなたもうまい事言うわね」
ラミアーは、コロコロと笑った。
「流石ディアナ。世界最強の魔女にして、この ”危険物廃棄場” の番人だわ。…… もっとも、番人自身が自分を閉じ込めているところは、お笑いだけど」
ディアナは、剣呑な目付きでラミアーを睨む。
杖を大きく振りかぶった。
「キャア」と、わざとらしい悲鳴を上げ、ラミアーは暖の後に隠れる
「ボ、暴力反対!」
慌てて暖はディアナを手で押し止める。
「退け! その死にぞこないの吸血鬼に、わしが引導を渡してやる!」
「まあ! ほんの少し前だったら喜んでお引き受けするとっても魅力的なお誘いだけど …… 今は、お断りするわ。新しいオモチャを見つけたから」
そう言ってラミアーは、暖の腕を掴んだ。
「このちっぽけな人間が、私をどうやって治してくれるのか、私は興味津々なの。…… そうね、むこう百年くらいはこの子と遊ぶから、私を殺すのはそれからにしてくれる?」
いや、どうやったって百年も暖がラミアーに付き合えるはずがない。
暖は、絶対無理だと首を横に振った。
ディアナも呆れたようにため息をつく。
「好きにせい。全く吸血鬼の気まぐれには付き合いきれん。そのくせ後始末だけはこちらに丸投げにしおって ……」
不満そうにディアナはこぼした。
それでもラミアーが一緒に暮らす事を了承してくれる。
「ただし、わしは何もせんからな!」
高らかに宣言する魔女。
元々何もしてないだろうとは、言えない暖だった。
――――――――――――――
「スゴイ! リオール、オイシソウ!」
目の前で焼き上がるクッキーを、暖は手放しで誉める。
「そんな。大したものじゃないよ」
謙遜しながらも、リオールは嬉しそうだ。
成り行きでラミアーの食生活改善を目指すことになってしまった暖。
しかし、ラミアーの偏食は筋金入りで、暖が体に良いからと勧めるような食事には、見向きもしないのだ。
困った暖は、以前クッキーを作ってくれたリオールに、相談しに来ている。
実は、薬学にも知識のあるエルフは、暖の要望に従って、貧血に効く木の実を使ったクッキーを焼いてくれた。
「吸血鬼の面倒なんか見る必要はないと思いますけれど。他ならぬウララのお願いですからね」
「アリガトウ、リオール」
暖は、心の底から感謝した。
ギュッとリオールの手を握る。
至近距離で顔を覗きこんで ………… ハッとした。
リオールは、何故か青白い顔を真っ赤にしているのだが、その目の下には、黒々とした ”くま” が、くっきりとできていたのだ。
「リオール、酷イ顔」
こんなに濃い ”くま” は、テストで三日間徹夜した後の鏡の中の自分以外見たことがない。
暖に酷い顔と言われたリオールは、ガ~ン! とショックを受けたみたいにふらつく。
「ウ、ウララ……」
「リオール、眠レテル?」
グイッと、暖が顔を近づけ、問いかければ、ハッ! としたようにリオールは離れた。
「あ、……あの」
「何日、眠レテナイノ?」
離された距離をあっという間に詰めて、暖は問い詰める。
「えっと、…… その、………… と、十日間」
リオールの返事に、暖は目を丸くした。
十日間も眠らなければ死んでしまうのではないだろうか?
「あ、あ、でも! 気にしなくてもいいんですよ。エルフにとって十日くらい寝ないのは、別になんともないことなんです。こう見えてエルフは頑丈です。体に異常はありません」
”くま” のできた顔で、弱々しく笑うリオール。
だが、体が大丈夫だからと言って、心が平気とは限らなかった。
第一、眠らないのと眠れないのは、―――― 全然違う。
暖は、問答無用でリオールに迫った。
「ウ、ウララ?」
離れようとするリオールの手をグッと掴む。そのまま引き寄せ、力いっぱいしがみついた。
「ウララ!?」
「オ願イ。チョットコノママデ」
背の高いリオールの体に、セミがとまるように抱きつく暖。
本当は、抱き締めてあげたいと思ったのだが、体格差からどうにもならなかった。
動くに動けず、リオールは、体を固めている。
触れあった箇所が温く ………… やがて、強ばっていたリオールの体から力が抜けた。
おずおずと、エルフの手が暖の背中に回る。
「……ウララ、あなたは本当に何も聞きませんね」
呟くようにリオールは、そう言った。
確かに、暖は今までリオールに対し、うつ病の原因を聞いたことがない。
「言葉、ワカラナカッタカラ」
聞くに聞けなかったのだと、正直に暖は答えた。
リオールの顔が、ポカンとなる。
でも、それが真実だった。
――――何故眠れないのか?
――――どうして、リオールはこんな状態になっているのか?
――――死にたがりのエルフの過去に何があったのか?
暖だって知りたくない訳ではない。
自分を飾ろうとは思わなかった。
それでも――――
「聞イテ欲シケレバ、何時デモ聞クヨ。慰メイルナラ、全力デ慰メル。…… デモ、話シタクナケレバ、話サナクテイイ。ドンナリオールデモ、側ニイルカラ」
それしかできない暖だった。
「私、リオール、会エテ良カッタ。リオールモ同ジダト、嬉シイ」
心からそう言った。
リオールの顔が、クシャリと歪む。
「もちろん! もちろんです。ウララ。…… あなたに会えて良かった。……ありがとう」
リオールのキレイな瞳からホロホロと涙がこぼれる。
本当に泣き虫なエルフだった。