吸血鬼の美女
持つ者に、幸運と竜の加護を与えると言われる伝説の竜玉を得た暖。
しかし、彼女の日常は、全く変わらなかった。
(特にラッキーになったっていう感じもしないし?)
ディアナやウルフィアにマッサージをし、アルディアに言葉を習いながら、ギオルのウロコを磨き、リオールの話を聞く日々。
暖の日常は、今まで通り続いている。
(あ、でも、ギオルの調子は良さそうよね)
そう、暖に特に変わったことはないが、彼女に竜玉を渡してくれたギオルの方は、最近すこぶる調子が良さそうだった。
竜玉によってできた暖とのつながりが、認知症の竜の精神面に良い影響を与えているのかもしれない。
(食事をしたことを忘れることも少なくなったし、私以外の人の名前も、前ほど間違えなくなったわよね)
もっとも、時々とんちんかんなことを言う症状は治っていないが――――
(ディアナのことを、“破壊の魔女” だの “世界を三度滅ぼしかけた暗黒神” だなんて言うんだもの)
笑い話として、暖がディアナに伝えれば、老いた魔女は、真っ赤になって怒った。
「三度などと、言いがかりもはなはだしい! わしが滅ぼそうとしたのは二度だけで、後の一度は不幸な偶然が重なっただけじゃ。断じて、わしのせいではない!」
――――うん。ディアナの言葉は聞かなかったことにしよう。
固く胸に誓う暖だった。
そんな毎日を繰り返していた暖に、新たなこの村の住人が引き合わされたのは、竜玉を得てから一カ月後のことだった。
「本当に、どうしてこんなにダルいのか、わからないのよね」
気だるげに、そう話す絶世の美女が、暖の目の前にいる。
彼女は最近この地に療養に来たのだと言った。
一見どこも悪くなさそうなのに、体がダルく、何もやる気が起きないのだと。
いつまで経っても症状が良くならないため、彼女は王子であるアルディアに相談した。
そして、相談を受けたアルディアが、暖を呼びつけたのだ。
……絶対、面倒になったから押しつけたのだろうと、暖は確信する。
「めまいはするし、立ちくらみは起こるし――――」
美女は、自分の症状を切々と訴える。
聞いた暖は、一つの病気を思い出した。
(……貧血?)
貧血という病気を知らない人は、現代日本にはいないだろう。
赤血球が減り血液が少なくなってしまうことで起こる病気で、めまいがしたり、立ちくらみがしたりして、耳鳴りや息切れなども主症状として現れる。
顔色が悪くなり、食欲もなく、本来なんともない運動でも疲れやすくなる病気である。
目の前の美女の訴える症状は、ことごとく貧血の症状にあてはまった。
そう思った暖が、アルディアに伝えれば、ワガママな王子は「あとは任せた」の一言で、暖と美女を自分の個室から追い出す。
「――――随分小さい子どもなのね? 本当にあなたでわかるの?」
別室に二人きりになった途端、美女は不満たっぷりに暖を睨んだ。
「私、コレデモ成人女性!」
暖も、憤然として言い返す。
「成人? まあ、見た目で判断できないのはわかるけど …… でも、あなた生娘でしょう?」
生娘とは、つまりは処女だということである。
美女の言葉に、暖は真っ赤になって、口をパクパクと開閉させた。
いったいどうしてわかるのだろう?
「やっぱり」と、美女は頷く。
軽く睨む暖に、嫣然と微笑み返してきた。
「私に誤魔化そうとしても無駄よ。私は ”吸血鬼” ですもの。相手が処女かそうでないかを判断するのはお手のものなのよ」
暖は、ポカンと口を開けた。
頭の中で、黒いコウモリがパタパタと回っている。
フフッと微笑んだ美女は、自分の名は「ラミアー」だと名乗った。
吸血鬼とは言っても、人の生き血を栄養分として接種できるだけの長生きな種族で、伝説などとは違い、日光もニンニクもまったく平気なのだと。
しかし、暖がポカンとした理由は、決して吸血鬼という存在に驚いたからばかりではなかった。
魔女がいて、竜がいて、エルフまでいるこの世界。
吸血鬼でも狼男でもなんでも来いと、暖的には思っている。
暖が、驚いたのは ……
(吸血鬼なのに、貧血なの!?)
その一点だけである。
それは吸血鬼として、ダメダメなのではないだろうか?
「ラミアー、血、吸ウノ?」
「あなた、私の話を聞いていた? 栄養分の一つとして摂取可能なだけだと言ったでしょう? 誰が、好き好んで他人の首なんか噛みたいものですか! …… 臭いし、絶対嫌よ!」
美人吸血鬼は、目をつり上げて怒る。
それでは貧血になるのも仕方ないかもしれなかった。
念のため、暖はラミアーに、他の好き嫌いも聞いてみる。
抜群のプロポーションが自慢の彼女は、出るところは出ているのにウエストが細い。その細さから予想した通り、彼女はかなりダイエットを頑張っていた。
「基本朝食は食べないわね。パンや甘い果実も出来るだけ減らしているわ。あと肉や卵も嫌いよ」
それで、どうやって血の代わりに必要な栄養素をとれるのだろう?
貧血以外でもいろいろ問題の有りそうなラミアーだ。
よく見れば、顔色が悪いだけではなく、肌荒れも酷い。
暖に向かって怒鳴っただけで息を切らした美女は、ぐったりと椅子にもたれかかった。
「ダイエット、ダメ」
暖の言葉に、ラミアーはギロリと睨みつけてくる。
もう怒鳴る元気もないようだ。
「あなたみたいなお子様に言われたくないわ。吸血鬼にとって美しく在ることは、生きていく上での最優先課題なのよ」
それは、他人の血を吸うために必要なことなのではないだろうか?
相手を魅了し近づいて血を吸う吸血鬼。
血を吸わないラミアーには、そこまでして美しく在ることは必要ないことだと思われる。
(こういうのを本末転倒って言うの? それとも、目標を追って目的を忘れる?)
なんにせよ、ラミアーに過度のダイエットは、不要というよりも、してはならないことだった。
「…… コノママダト、オ肌、モット、荒レルヨ」
暖の言葉に、ラミアーはギクリとする。
やはり、肌荒れは女性にとって気になる事なのだ。
「良カッタラ、オ肌スベスベ、教エヨウカ?」
「教えなさい!」
間髪入れず、ラミアーは叫ぶ。ズイッと、暖に近づいて来た。
暖は、ニコリと笑う。
「マズ、朝ゴ飯抜キ、ダメ! 好キ嫌イモ、バツ!」
両手の人さし指を立てて、バッテンに交差させて見せる暖。
ラミアーはムッと顔をしかめた。
「血は吸わないわよ」
暖は慌ててコクコクと頷いた。血を吸われるのは暖だって嫌だ。
「バランス良ク食ベル、大切。トマト、蜂蜜 ――――」
暖は、肌荒れに良さそうな食べ物を次々とあげる。
次いで、貧血の治療も必要だろうと思った暖は、貧血に良さそうな食べ物も続けてあげた。
「レバー、アサリ ―――― アト、ビタミンCイルカラ、レモンジュース!」
ラミアーは、……思いっきり顔をしかめた。
「それをみんな食事でとるの? そんな面倒なこと、私できないわ」
ツンとあごを上げ、断言するラミアー。
「デモ、ソレジャ治ラナイ」
この世界に便利なサプリメントがあるとは思えない。血を吸えないのなら、食事療法以外ないだろう。
途方に暮れる暖を、ラミアーは覗きこんできた。
「あなたが、私の食事を作りなさい」
絶世の美女は、高飛車にそう言った。




