カノジョがカレを好きなワケ
第二回創造小説投稿作品です。
テーマ「三人以上による恋愛」
「えーっ! 好きな人? ほんとに?」
夕日の差し込む教室に、あたしの声が響く。
「ちょっと、果穂ちゃん、声が大きいって」
あたしの前の席に座っている天城小春が慌てて顔の前で両手をぱたぱたさせるのを見て、今更ながら口をつぐむ。
いくら放課後だと言っても、まだ部活をやってるとこもある。
誰に聞かれるかわかんないもんね、失敗失敗。
「それにしてもびっくりしたわよ、てっきり小春ってばそういうのに興味が無いんだと思ってた」
「そんなこと無いよ、私だって少しくらいは……」
照れてるのか、俯いて声が尻すぼみになっていく。
そんな所も女の子らしくて可愛いなあと思う。あたしにはちょっと真似できそうもない。
天城小春とは中学の時に知り合ってから、高校二年の今まで親友として仲良くやっている。
背が小さくて可愛い感じの小春には、ファンも多かったみたいだけど、付き合ってるとか気になってるとか、そんな話をついぞ聞いたことが無かった。
てっきり好きだの嫌いだのという話は興味が無いのかと思ってたら、いきなりこの相談。
そりゃあ大きな声だって出る。
「それでそれで? 小春のハートを射止めたラッキーボーイのお名前は?」
「もう、茶化さないでよ~。誰にも内緒だよ? えっとね……龍田義仁くん」
「ええ! それってあの隣のクラスの?」
「だから果穂ちゃん声が大きいって」
あたしの頭の中に、いま名前の挙がった彼の顔が浮かぶ。
直接話したことがあるわけではないが、実は彼はちょっとした有名人なのだ。
顔はお世辞にも良いとは言い難く、それに輪をかけて身だしなみに無頓着な所がある。
まあここまでは、百歩譲って個性の範囲と言えなくも無い。
彼を有名人たらしめてる部分は、むしろ見た目より中身だ。
自他ともに認める特撮オタクで、相手構わずその手の話題を語り倒すだけならまだしも、将来は自分で映画を撮るんだと息巻いてるらしい。
さすがにこれがストライクゾーンの娘は居ないわけで、今まで女の子と話してるのすら見た事が無いともっぱらの噂である。
「まあ、蓼食う虫も……って言うし、人の好みにケチを付ける気は無いけど、それにしても意外だわ」
「果穂ちゃんひどいよ、義仁くんだって別に悪い人じゃないと思うし」
一生懸命フォローしようとする小春。
しかし、言っては悪いが一体どこが良いんだろう?
少なくても、あたしの好みには合わない自信がある。
「で、小春としては、どうしたいの? できることなら力になるわよ」
「うん……えっと……できれば、仲良くお話とかしたいし……お友達になりたいなって」
うん、そうだよね、わかってる。
あたしなら教室に乗り込んで行って、よろしく! の一言で済む話も、引っ込み思案な小春にとっては大冒険だ。
まさに清水の舞台から飛び降りるってやつなんだろう。
「そうねえ、いっそ二人で遊びにでも行ってみれば仲良くなるのなんて簡単なんだろうけど……」
「えー! そんな、無理だよ……何話して良いかわかんないよ」
「うん、そう言うと思った」
そういえば、隣のクラスといえば、あたしの幼馴染こと腐れ縁の豊畑清也が居たわ。
二人きりじゃなければ、少しは楽しくやれるかも。
「じゃあ、あたしも清也つれて行くから四人でっていうのはどう? 確か義仁くん友達だって言ってたし、あいつに誘わせるわよ」
「うん……それなら大丈夫かな?」
「おっけー決まり! 予定はこっちで決めておくから、小春は可愛い服でも見繕っておいてね」
「うん……ありがとう」
小春は、吹っ切れたように、にっこりと笑った。
さあ、忙しくなるぞ~。
……………………
「……とまあ、そういうわけなのよ」
『なぁるほどな』
その夜、あたしは自分の部屋で携帯片手にベッドに寝転がっていた。
電話で話している相手は、件の豊畑清也である。
割と遠慮なく色んな話ができる相手ではあるが、じゃあ付き合ってるのかと聞かれると、微妙なところだなと思う。
『つまりあれだ、俺が義仁のやつを誘い出してダブルデートに持ち込めば良いんだな?』
「あくまで主役は小春だからね、勘違いしないでよ」
『わかってるって』
調子が良いというか、ちょっと軽いというか、どうも信用が置けない。
「ちゃんと義仁くんの好みとか行きたい場所とか、それとなくリサーチしておいてね」
『了解了解、それにしても驚いたなあ、あの小春ちゃんが義仁をねえ……二人で歩いてたりしたら他の男子に刺されるんじゃね~か? 義仁のやつ』
「なにそれ、物騒な話ね」
『いやマジだって、そんだけ小春ちゃん人気だってこと』
小っちゃくて遠慮がちで、いわゆる女の子を絵に描いたような娘なだけあって、さすがの人気と言おうか。
「あんたも狙ってるクチ?」
『うんにゃ、俺はパス。付き合うなら、もっと気兼ねしない相手が良い』
「ふーん」
『それに、お姫様を守るナイトなんてガラじゃないって』
「ちゃんと自分のことわかってるのね、えらいえらい」
『そりゃどーも』
実は、あたしと清也は公言してないけど、一応付き合ってるということになってる。
なってるんだけど、なんか距離が近すぎて恋人って言うより、仲間とかの方がしっくり来る間柄だ。
でも、わざわざ気兼ねしない相手が良いなんて言って来るところを見るに、意識はしてくれてるみたいだけど。
『それじゃあ日時はそっちで決めてくれ、俺は義仁にそれとなく話振っておくから』
「え? う、うん、よろしくね。その話は小春に相談してみて、また電話するから」
『よろしく頼むわ、じゃな』
清也はそれだけ言い残すと、あっさりと電話を切る。あたしは枕元に携帯を放り投げた。
そのままベッドに寝転がって、しばし、ぼーっと考える。
このままで良いのかなぁとか思うこともあるんだけど、やっぱり居心地良いのよね、この距離感。
おっといけない、今はそれより小春と義仁くんの方が大事なんだった。
あたしは、放り投げた携帯電話をもういちど手に取ると、小春に電話をかけた。
……………………
そんなこんなで、色々相談しつつ当日の日曜日。
あたしと小春は待ち合わせ場所に並んで立っていた。
小春は緊張してるのか、両手も口元もきゅっと閉じて、固い表情をしている。
「おっそいなあ、まだ来ないのかなぁ」
「果穂ちゃん、そんなに慌てないでゆっくり待ちましょ?」
左手の腕時計を見ながらイライラするあたしを小春が宥める。
「だいたい女の子が先に来てるのに、男が遅刻ってどうなのよ」
「果穂ちゃん、まだ待ち合わせ時間まで十五分あるよ」
「男たるもの、デートには一時間以上前に来て万全の態勢で女の子をお迎えするものなのよ」
「それは横暴だよ」
「そんなことないよ、社会の常識ってやつよ」
いやごめんなさい、さすがに横暴かもしれないです。
でも小春が少しでもリラックスしてくれたなら良いな。
「お~い、おまたせ~」
手を上げながら向こうから清也が歩いてくる。
ちゃんと後ろには義仁くんもついてきてるな、よしよし。
……それにしても、なんであいつらはのんびり歩いてるのかな?
「いやぁ、悪い悪い、待った?」
「当たり前でしょ! なにちんたら歩いてるのよ」
「いきなりだな、ちゃんと待ち合わせには間に合ってるだろ」
「それでもよ! 先に来てるのがわかったら、少しは焦りなさいよ」
会って早々、いつものノリで言い合いをする、あたしと清也。
おっとっと、小春と義仁くんが、ちょっと引き気味になっちゃってる。
「わかったわかった、次から気をつけるよ。それよりまずは紹介が先だろ?」
「それもそうね」
まったく、話を逸らすのだけは天才級なんだから。
でも確かにこんな所で言い合いしてても始まらないわね。
「じゃあまずは俺から、豊畑清也。果穂とは家が近いんで、仲良く付き合っとります」
「僕は龍田義仁です。よ、よろしく」
ちょっと、いきなりそんなことを暴露されたら、こっちが驚くわよ。
でも義仁くん、こういうのに慣れてないみたいで、戸惑ってるのがバレバレだし、小春と義仁くんの緊張ほぐそうと言う彼なりのジョークなのかも。
ともあれ、今度はこっちの番ね。
「狭山果穂よ。清也とは、そうね……お付き合いって言うより、どつき合いって感じね」
「私、天城小春って言います。あの……今日は来てくれてありがとう」
小春はいつものペースだ。
さっきまでの張り詰めた雰囲気が無くなってる。よかったよかった。
「さて、それじゃあ今日はどこで遊ぶ?」
あたしたちが今いるのは、郊外型のショッピングモールの入り口だ。
無駄に派手な看板が立ってて、待ち合わせ場所に最適だったのだ。
色んなテナントが入ってて、ショッピングから軽食、ボウリングにカラオケ、ゲーセンにスポーツ施設と、遊びに関してはまさになんでもござれという感じだ。
今日は一日ここで遊ぼうというのは事前に相談が済んでいる。
午後から小春がどうしても見たいっていう映画を見るんだけど、それ以外は特に予定は決まっていない。
あたしも清也も、細々としたスケジュールを決めるの苦手なんだ。
「そうねえ、この辺りをぶらぶら見て回って、それからボウリングでもどう?」
「いいねえ、ちょっと身体動かすと昼飯が旨くなるからな、義仁も小春ちゃんもそれで良いかな?」
我ながら無難だと思ったけど、そこは清也が素早くフォローを入れてくれる。
義仁くんも小春も特に異存は無かったみたいだったので、午前中は四人で遊びまわった。
それにしても、あんまり運動とか得意そうじゃないのに、義仁くんが清也よりボウリングが上手いのは驚いたなあ。
大げさに悔しがる清也の顔が、なかなかの見ものだった。
もちろん義仁くんと小春を自然にペアになるように動いたのは言うまでもない。
最初は二人とも黙ってついてくるだけだったけど、意外にも小春の方から頑張って話しかけてたおかげで、今はそこそこ話せてるみたいだ。なかなかいい感じね。
そんなこんなで、皆で軽くお昼ごはんを食べた後、あたしたちは小春のリクエストでミニシアターに来ていた。
なんか、あの娘これだけは妙に力入ってたんだよね、よっぽど観たかったのかな?
「おっ! 思ったより混んでないな。どこにしようかな」
清也が遠くを見るみたいに片手をかざしてきょろきょろと席を見渡す。
席はあんまり多くないんだけど、お客さんがぽつぽつしか居ないから、どこでも観やすい席が取れそうだ。
「じゃああんまり前過ぎても観にくいだろうから、あの辺かな」
清也が先頭に立って、真ん中へんに空席を四つ確保する。
「映画館と言えば痴漢が危ないからな、俺と義仁で女の子二人を挟んで座るか」
「あら、清也にしては紳士じゃない。どういう風の吹き回し?」
「そりゃあ、小春ちゃんに何かあったら大変だし、当たり前だろ」
「なに、あたしはどうでも良いわけ?」
「もちろん心配してますよ、お嬢様」
「言ってなさい」
あたしがそっぽを向いて空席の一つに座ると、小春が静かにその隣に座る。
「じゃあ俺はこっち」
あたしの隣に当然のように清也が座る。
当然、小春の隣は義仁くんだ。
作戦成功、あたしと清也は見えないように、にんまりと笑いあう。
やがて館内が暗くなり、映画が始まった。
「……なあ」
「……なに?」
清也が困惑したような表情を見せてる。まあ理由はわからなくも無いけど。
「もうちょっと、なんというか雰囲気のある映画は無かったのか?」
「仕方ないでしょ、小春がどうしてもこれが良いって言ったんだから」
「そか、義仁はこういうの得意だろうけど、小春ちゃんの趣味って変わってんなあ」
スクリーンの中では、自衛隊っぽい戦車や戦闘機を相手にティラノサウルスみたいな大きな怪獣が所狭しと暴れている。
……まあ、清也の疑問もわからなくも無い。というか、むしろあたしが知りたい。
それでも隣では、義仁くんがさっきまでの無口と打って変わっての饒舌さで映画の解説してるし、小春もそれで大いに盛り上がってる。
これはこれで、問題無い……のかな?
……………………
「いっやー! 遊んだ遊んだ」
清也が大きく伸びをする。
いつの間にか太陽はすっかり傾き、辺りは夕日の茜色に染まっていた。
映画からこっち、義仁くんと小春も随分リラックスして話ができるようになったみたい。
「さ、それじゃあ、そろそろ帰ろっか」
あたしが言うと、皆がそれぞれ頷く。
「おっとそうだ、忘れてたぜ」
清也が義仁くんに近づくと、いきなり首に腕を回し、何か二言三言話してる。
義仁くん、驚いたような困ったような顔してるわね。
「そんじゃ頼んだぜ、ちゃんとエスコートしてやれよ」
清也が義仁くんの肩をぽんぽんと叩いて離れる。
「さ、それじゃあ俺たちも帰ろうぜ」
「え? あ? ちょっと」
急に手を引かれて抗議の目を向けるあたしに、清也がウインクを送ってきた。
ああ、なるほど、そういうことね。
意外だったけど、今日一日で結構打ち解けてたみたいだし、大丈夫かな?
あたしたちは、連れ立ってその場を後にする。
「こっちこっち」
「え? なに?」
しばらく歩いたところで、清也が足を止めた。
そのまま来た道を戻ると、建物の影から、そおっと二人の様子を伺う。
「ずいぶん強引だなと思ったけど、やっぱり心配なのね?」
「ああ、あいつはこういうのに積極的じゃ無いから、このくらいやらないとダメなんだ。かと言って、そのまま置いてくるほど無責任にもできなくてな」
なかなか、良いとこあるじゃない。
あたしは、清也と並んで残してきた二人の様子を伺った。
最初はちょっと戸惑ってたみたいだけど、義仁くんが何か声をかけて二人で並んで歩き出す。
これなら安心ね。
「うん、大丈夫そうだな」
「そうね、あたしたちも帰りましょっか」
「だな」
あたしは、改めて清也と並んで歩き出す。
なんか、やり遂げたような満足感。
これを機会に、二人が仲良くなってくれると良いな。
そんなことを考えながら、あたしは家に帰った。
……………………
次の日、教室で小春を見かけたあたしは、真っ先に声をかけてみた。
「おっはよー、小春」
「あ……果穂ちゃん、おはよう」
「ね、ね、昨日あれからどうだった? ちゃんと送ってもらったの?」
「え? うん……大丈夫だったよ。 あ……私、委員会の仕事いかなきゃ、それじゃ」
小春は、そそくさと教室から出て行ってしまった。
忙しかったのかな? それともこんなとこで聞かれたくなかったのかな?
なんかテンション低かったような。
なんとなく引っかかりを感じたあたしは、気軽に話題に出せなくなってしまった。
そうこうしてるうちに、昼休み。
何かあったのなら心配だし相談にも乗りたいと思っていたあたしは、お弁当の名目で小春を連れ出した。
場所は中庭。
大半の人が教室で食べるので、普段からこの時間は人が少ない。
二人で並んでお弁当を食べてる最中、タイミングを見計らって、あたしはおもむろに話を切り出した。
「昨日、あのあと何かあったの?」
「え?」
小春が驚いて、こっちを向く。
「余計なことだったらごめんね、小春なんか元気無さそうだったから」
「な……何もないよ。お家の近くまで送ってもらって、さよならしておしまい」
「嘘」
あたしは、小春の目を真っ直ぐ見つめる。
小春が息を呑む音が聞こえたような気がした。
「小春は何か隠し事してる、態度で丸わかりよ?」
「……ごめんなさい」
「あたしは小春を責めようとしてるんじゃ無いの、なにか困ってるなら力になりたいなって」
あたしを見返していた小春の両目から滴が流れる。
「え? ごめん、言い方きつかったね」
「違うの、そうじゃないの」
小春は、顔を伏せたままふるふると横に振る。
あたしは突然のことに、おろおろと見守るしかできなかった。
「ごめんね、びっくりさせちゃった」
「それは良いの、あたしも悪かったし。それより何があったの? 良かったら話してみてくれない」
「うん……あのね」
真っ赤に晴らした目で、小春はぽつぽつと話を始めた。
あたしたちが、あの場を離れた後、義仁くんは小春を家の近くまできちんと送り届けたらしい。
そこまでは良かったんだけど、最後に別れ際にこっぴどくフラれたというのだ。
曰く、
『迷惑なので、もうこんな事はやめてほしい』
だそうだ。
「なにそれ! ひどいじゃない!」
話を聞いたあたしは、まさに怒り心頭って感じだった。
仮にフルとしても、もう少し言い方ってもんがあるだろう。
「違うの。私、義人くんに酷いことしたんじゃないかって」
「そんなことないよ!」
「それで、ごめんなさいしたかったんだけど、また冷たくされるのが怖くて……」
「小春は全然悪くないよ、昨日だって一生懸命頑張ってたよ、悪いのは全部あいつの方!」
「違うの! 聞いて!」
小春の勢いに、あたしは思わず息を呑む。
そして、小春は全てを話してくれた。
……………………
昼休みで賑やかだった教室は、あたしが乱暴に開けた扉の音で、一気に静まり返った。
教室に居た、一人を除く全員の視線がこちらを向く。
こちらを見ない一人は、当の龍田義仁だ。
何か落ち込んでるのか、悩んでるのか、頭を抱えて机に突っ伏している。
あたしは、多数の視線を意にも介さず、つかつかと義仁くんの机に歩いていく。
「ちょっといい?」
義仁くんは、緩慢な動作で顔を上げた。
「なんだ果穂さんか、きみも僕を笑いに来たの?」
「なんの話よ」
義仁くんは、自嘲気味の笑みを浮かべた。
どうも嫌味な感じで、見ていて腹が立つこと、この上ない。
「どうせ、果穂さんもみんなグルなんだろう? 皆で寄ってたかって僕をからかってるんだろう?」
「一体なにを言ってるの?」
「だから! ぜんぶ清也のシナリオなんだろって言ってるんだよ!」
なんなの、こいつ。言ってる事が、わけわかんないわ。
「ちょっと来なさいよ」
「なんだよ、まだ足りないのかよ」
「いいから! ほら!」
あたしは義仁くんを強引に立たせると、半ば引きずるように教室の外へと連れ出す。
「あんたねえ! 自分が何言ってるのか、わかってんの!」
階段下の人気の無いところまで義仁くんを引きずっていくと、あたしはいきなり怒鳴りつける。
「もちろんだよ。モテない僕をからかうのに、わざわざあんな可愛い娘まで用意して、みんなで笑いものにしようとしたんだろ」
「で、首謀者が清也だと」
「そうさ、あいつはちょっと恰好良いからって、僕のことを見下して……」
「ばっかじゃないの?」
あたしは冷めた目で言い放つ。
この人の事は良く知らないけど、こんな男らしくないやつだとは思わなかった。
あんまり情けなくて、怒りも冷めちゃった。
「なんで、あたしたちがそんな面倒なことするのよ。あんたはそんな凄いやつなの? 自意識過剰もいい加減にして」
「だって、そうじゃなきゃ、女の子が僕に近寄って来るなんて、そんなことあるわけない」
「努力もしないくせに情けないったらありゃしない。あんたに小春なんて勿体ないわよ」
「え?」
義仁くんが驚いたように顔を上げる。
ようやくわかったか、この甲斐性なしめ。
「騙されてたんじゃ……ないのか?」
「それどころか、あんたに酷いこと言われて、悪いことしちゃったんじゃないかって、小春泣いてたわよ」
「そんな、だって僕はてっきり……」
「なんで騙されたなんて思ったのよ」
義仁くんが、がっくりと肩を落とす。
「僕は見た目も良く無いし、特技だってない。今まで女の子にモテたとこなんて一度も無いんだ。それが急にあんな娘が近寄ってきたら驚くじゃないか。しかも僕の話を楽しそうに聞いてくれる。かわいいなって思うにつれてどんどん不安になって、きっと騙されてるに違いないって」
あたしは深いため息を吐いた。
これが疑心暗鬼ってやつなんだろう。
「じゃあ理由があれば納得できるかしら? 昨日あたしたちが観た映画、シリーズものよね? 一作目の脚本、誰だか知ってる?」
「そりゃあ大好きなシリーズだしもちろん知ってるよ、たしか天城……」
ようやく思い当ったようだ、義仁くんの顔が劇的に変化する。
「あんた、あれは凄い、あんな映画を作るんだって、あっちこっちで言いまわってるでしょ。たまたま見かけて、自分の父親が褒められてるみたいで凄く嬉しかったんだって」
「そうか、それであんな楽しそうに」
「でも、昨日遊んでるうちに、義仁くんが本当に好きなのか、それとも父親を褒めてくれる人が好きなだけだったのか、わからなくなっちゃったんだって」
義仁くんは、黙ってあたしの話を聞いている。
「それで、結果的にだけど義仁くんをただ振り回してただけなんじゃないかって、迷惑かけたって泣いてたの、それを……」
「そんなことは無い!」
不意に、あたしの話を遮って、義仁くんが大きな声を上げた。
顔には、はっきりと後悔の色が浮かんでいる。
「そんなことは無い、酷いのは僕のほうだ。勝手に期待して、勝手に舞い上がって、勝手に勘違いして……」
義仁くんの目は、さっきまでの下を向いてばかりいた情け無いものじゃなくて、やる気と決心が満ちていた。
なんだ、ちゃんとできるんじゃないの。
「僕、あの娘に謝らなきゃ。許してもらえるかわからないけど、このままじゃだめだ」
「なら中庭に居るわよ、悪いと思ったなら本気で謝ってあげて」
「ありがとう! 精一杯やってくるよ!」
義仁くんは、ひとつ礼をすると中庭に向かって走り出した。
どうなるかはわからないけど、後は二人が決めることだと思う。
本音で話し合えば、きっとわだかまりも解ける。
他人を理解するには、そうしないといけないから。
あたしはそう思った。
……………………
数日後。
「ふうん、そんなことがあったんだ」
「もう大変だったのよ、あんたはちっとも協力してくれなかったけど」
「たまたま教室に居なかっただけじゃねえか、しつこいなぁ」
放課後、あたしと清也はそんなことを話しながら、校門を出る。
「で、あの二人、結局どうなったの?」
「ん? 知らないのか?」
「うん、小春、あの後どうなったのか、全然はなしてくれなくて」
「そか、あれ見な」
清也が指さす先、そこには仲良く並んで帰る義仁くんと小春の姿があった。
「義仁のやつ、小春ちゃんの前で泣いて土下座したんだってよ」
「なにそれ、かっこわるい」
「だよなぁ、でもそれが義仁の精一杯の誠意ってやつだったんだろ。ちゃんと小春ちゃんに伝わったみたいだし良かったんじゃね?」
「そうね、あたしたちも苦労した甲斐があったってもんね」
「だな」
そんな事を話しているうちに、遠ざかって行く二人は角を曲がって姿が見えなくなった。
「さて、じゃあすっきりしたところで、どっかでお茶して帰ろっか。あんたのオゴリで」
「さりげなく酷いこと言ってんぞ、果穂」
「じゃあお店まで、かけっこで勝負! 負けたらオゴリね、よーいどん!」
「ちょっと待て、きたねえぞ!」
少しだけ前に進んでみよう。
風を切って走りながら、あたしはそんな事を思っていた。
自分の気持ちと、清也と、両方に本音で向き合ってみよう。
小春と義仁くんからもらった勇気で、精一杯やるんだ。
そう決心したあたしの心は、晴れた日の空のように澄み渡っていた。